第37話

車は病院を出て大通りを抜け、高速へ入った。

その間、車内は誰も一言も発さず、静寂に満ちていた。


「いきなり連れ出してすまなかったね」


沈黙を破ったのは、太田先生だった。

美香子の方をちらっと見た。


「いえ」


美香子はかぶりを振った。

あそこにいたくなかったので、という言葉は飲み込んだ。

後部座席から明代の寝息が聞こえてきた。

座席に横たわったまま眠ってしまったようだ。

相当興奮状態にあったため、疲れてしまったのだろう。


「改めて聞いてもいいかな?」


進藤先生は静かな口調で、窺うように言った。


「はい、何でしょうか」


「きみたちは、進藤先生のどんな研究に協力しているのかな?」


美香子は言葉に詰まった。

本当は誰かに話したかった。言って気を楽にしたかった。

今日会ったばかりだが、太田先生は信用できる気がしていた。

ただ、根拠は何もない。悪者ほどいい人ぶって弱者の前に現れる。


美香子が何も応えられずにいると、太田先生は「すまない、質問を変えよう」と、こう続けた。


「進藤先生は、きみたちとの研究の結果をどの発表会で紹介すると言っていた?」


「どの・・・・・」


美香子は記憶を辿らなくてもわかった。

そんなこと聞いていない。

肯定も否定もせず黙っているのが答えだった。


「そうか。わかった」


太田先生は、すべてを察したように頷いた。

美香子はこのまま話が終わってしまうことに不安を覚えて訊いた。


「それが一体何に関係しているのでしょうか。研究成果を必ず発表する必要があるんですか?」


「僕たちは、それが仕事だ。研究成果を出せない医師や教授を病院や大学は雇い続けることはない。そして、それはこれから役に立つことであるはずだ」


「役に・・・」


美香子の脳内に進藤の姿が浮かぶ。

彼は最初に、確かに言った。

“過去を知ることで人類の発展に役立てたい”と。

それくらいなら答えてもいいのだろうか。

美香子が迷っていると、太田先生が口を開いた。


「きみにばかり答えを求めるのは不公平だから、僕も情報を提供しよう。今日、後部座席の彼女のように気がおかしくなった被験者を僕は以前にも見たことがある。進藤先生の研究室から出てくるのをさ」


「え?」


「一年ほど前だったと思う。先生の研究分野は脳だ。しかしその被験者の様子は、精神的に異常だった。どちらかというと心理学を専門とした僕の患者に思えた。だから、僕は気になって調べ始めた。その半年後だったかな。明らかに健常者だった人が、ある日異常者になった。よく進藤先生の研究室に出入りするのを見たことがあったから、顔を覚えていた。進藤先生が何かしらの実験を行うことで健常者を異常者に変貌させているんだとわかったんだ」


「そんなはずはありません。だって、わたしたちはただ先生に夢の話を提供しているだけで・・・」


美香子は、あ、と慌てて口元を押さえた。

しかし、時すでに遅し、だった。

太田先生が聞き逃すはずがなかった。


「夢?確認だが、夢とは、将来ではなく就寝中に見る夢かい?」


「・・・・はい」


「進藤先生は被験者から夢を聞いて一体何を知ろうとしているんだい?」


「それは・・・・・」


もうダメだと思った。

これ以上ここの密室にいたら、進藤先生を疑うことしかできなくなる。

美香子の心はすでに揺れ動いていた。

すべてを伝えるのは時間の問題だった。

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