第33話
美香子が研究に参加して一ヶ月が過ぎた。
信一と過ごす時間が増えて、美香子が前世と思われる記憶を取り戻すことも増えた。
この一ヶ月でわかったことは、沙織はお金持ちの家に生まれたお嬢様で、周りが一目置くほど美しい容姿をしているということだった。
いつかのパーティーの記憶が頭の中を流れ、みんながこちらを見て賞賛の声を浴びせてくることで判明した。
それだけではなかった。
度々、坊主頭の男の子を夢に見るようになった。
小汚くて見るからに貧乏そうな家柄の子供で、いつもヘラヘラ笑っていた。
あくまで夢の中だから、こちらから話しかけることはできない。男の子が出てくるのは起きる前の少しの時間だけだ。
これが沙織の記憶かもわからない。
でも、その坊主頭の男の子を見た日の朝は、目が覚めるとどこか懐かしい気持ちになっていた。
『美香子さん、すみません。今日も帰りが遅くなるので、会うことはできません』
目覚ましが鳴って目を覚ましスマホを見ると、信一からのメッセージが入っていた。
美香子は返信をせずに画面をオフにした。
三月に入って信一の仕事が忙しくなっていた。
人事部として、新入社員の受け入れ調整や四月の大きな人事異動や、とにかく大忙しの時期だというのは重々承知している。
ただ、毎日のように会っていただけに、1日でも時間が空くと数ヶ月会っていないほど長い時間が感じられるほど恋しい気持ちになってしまう。
仕事が大事だというのはわかっているし、邪魔にはなりたくない。
でも、困らせるのをわかっている上でわがままを言いたい。
画面の向こう側で見ていた恋する女性の気持ちをようやく理解できた。
もう、信一と出会う前のひとりの生活には戻れなくなってしまっていた。
昼休み、いつものように明代とご飯を食べていると、明代が周囲を気にするようにそわそわし始めた。
いつだって冷静沈着な明代には珍しい不審な行動に、美香子は気になって訊いてみた。
「明代さん、今日すごくそわそわしているみたいだけど、何かあったの?」
明代は驚いたように肩を動かし、しかめ面をした。
「やっぱり、わかるわよね?・・・実は、今日の夢で、わたし矢野さんが殺される夢を見たの。今までこんな実際の人物が夢に出たことなんてなかったの。だから、動揺してしまって。・・・最近夢について調べていたから、なんだか夢の内容が本当に起こりそうで怖くなったのよ」
「先生には?進藤先生には知らせたの?」
「それが、まだなの」
明代の額に汗が滴る。
「朝から連絡しているのだけれど、先生に一向に連絡がつかないの。先生はよく明け方まで研究しているからきっとまだ寝ているんだわ」
美香子は時計を見た。時間は12時半だった。
夜更かしをしても朝9時までには起きるから、一体何時になれば起きるのか皆目見当がつかなかった。
「とにかく、落ち着きましょう。夢は夢なんだから。本当に起きるわけではないわ」
美香子の言葉に、明代は落ち着くどころか余計に動揺しだした。
体は小刻みに震え、目は恐怖の色で満ちていた。
「いいえ、絶対に起きるわ。・・・だって、以前にもこんなことがあった。初めて訪れた場所に既視感があったからあとで先生に尋ねたら、一年前に夢で見たことがある風景だったの。・・・きっとこれもいつか本当になるのよ」
明代の理性は完全に失われ、美香子の「大丈夫よ」の声は全く届かなかった。
美香子は、恐怖に怯える明代を抱いて、会社を出た。
タクシーに乗り込んで、病院へと向かった。
電話に出ないのなら、直接乗り込むしかない。
進藤先生に話を聞けば、明代の気も治るだろう、と考えていた。
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