第24話

「いえ、私は・・・」


息が詰まって、うまく言葉を発せられなかった。

祐奈は美香子が手にぶら下げた紙袋をにらんだ。


「それ、さっき渡さなかったんですか?」


美香子はコクリと頷いた後、あれ、と思ってまた祐奈を見た。

祐奈は美香子の呆然とした顔を見て、ふん、と鼻で笑った。


「人の告白を黙って見てるなんて趣味悪いですね」


「えっ、なんで・・・・」


「私、本田さんがいるの気づいてました。あなたが篠宮さんのところへ行く前に私が行かなきゃって思って。・・・篠宮さんもあなたのことが好きなのもとっくに気づいてました。でも納得いかないじゃないですか。あなたがよくて私がダメな理由が全く思いつかなかった。だから、あなたよりも先に篠宮さんに気持ち伝えて私に振り向けばいいのにって思った。あなたよりもずっと若くてかわいい私の方が絶対にいいはずなのにって」


祐奈の目が赤くなっていくのがわかった。

力を込めて必死に涙を堪えていることも。

気づいたら、紙袋の取っ手を強く握りしめていた。

爪が手のひらに食い込んで痛い。

美香子にはなんの慰めの言葉もかけてあげられない。


「今、私のことかわいそうだとでも思っているんですか?バカにしないでください。あんな、私の良さをわからないような男、こっちから願い下げですから。本田さんくらいでちょうどいい・・・」


バカな男です、と言ったとき、一粒の涙が大きな瞳からこぼれ落ちた。

祐奈は慌てて指で拭うと、美香子の方は見ずに改札へと足早に行ってしまった。


強がっていたのは見え見えだった。初めて祐奈の人間臭い部分が見れて、こんな状況なのに、美香子は心の距離が縮まった気がしていた。



改めて手放そうとした紙袋をしっかりと握り直す。

これは、明日になっても一週間後でも、どれだけ時間が経ったとしても、信一に渡さなきゃならない。

それが美香子の義務だと感じていた。ここで逃げるわけにはいかない。


とにかく近いうちに会えるか連絡してみようとスマホを起動して、メッセージを開く。

まだ、電話番号しか知らない。


『こんばんは。突然ですが、近いうちにできれば二人でお会いしたいのですが・・・・』


文字を打っている途中で着信が入り操作を邪魔された。

番号を見て、緊張していた心がピークに達した。


どうしてこの人はいつも、こんなにタイミングがいいのだろう?


どこかで見られているのか、とあたりを見回しながら電話に出た。


『あ、美香子さん?突然すみません。・・大丈夫ですか?』


『えっと、何がでしょうか?』


『いえ、何もないのならいいんです。・・今日は美香子さんに連絡するのは自粛しようと思っていたのですが、あなたに呼ばれたような気がして、いてもたってもいられずご連絡しました。それでは、また明日』


『待ってください』


美香子は慌てて呼び止めた。

スマホを握る力が強くなる。


『私も、篠宮さんとお話ししたいと思っていたんです。・・あなたの感じたことは間違っていません』


普段なら絶対に言えないことが、今日は躊躇なく言葉にできた。


引き下がるな、私。


スマホをさらに強く握る。


『あの・・・今からお会いすることはできますか?』


篠宮さんが息を呑む気配がした。

周りのザワザワした音が遠くなった。篠宮さんの返事を待つまでのたった数十秒が何十分にも感じられた。


『もちろんです。僕が、あなたの家まで行きますので、待っていてください』


『あ、私いま会社の最寄駅にいるんです。だから、都合がいいところまで向かいます』


『わかりました。僕もいま近くにいますので、そこで待っていてください』


美香子の返事を待って、信一が電話を切った。

美香子は、駅のベンチに腰掛けた。

今から信一がここに来る、というだけで、心臓がドクドクと激しく脈打ってうるさい。


21時。駅はまだまだ多くの人で混雑していた。。

仕事終わりのサラリーマン、制服を着た学生、女子会帰りのグループ、そして、幸せそうな男女のカップル。

バレンタインデーだからか、妙にカップルが目につく。身長差カップル、美男美女カップル、年の差カップル、いろんな形の「愛」が溢れていた。


愛なんて、二次元や空想の中で補えばいいと思っていた。

現実に愛なんて必要ない。私に愛をくれる人なんているわけない。

男なんてみんなかわいくて守ってあげたくなるような女の子が好きなんだと諦めていた。

偽りの愛しか知らなかった。


今までの美香子なら、駅で目にするカップルに対して憎悪の念を抱いていた。

でも、今日は違う。

「愛」を感じられることがこんなにも穏やかな気持ちにしてくれるなんて知らなかった。

 


「すみません、お待たせしました」


荒い息遣いとともに信一の声が降ってきた。

美香子が顔を上げると、優しく笑った。


このまま心臓が壊れてしまうかと思った。

いや、このまま心臓が壊れてしまってもいいと思えた。


美香子は立ち上がると、腰をかがめてたっていた信一に抱きついた。

信一の体がこわばって、驚いているのが伝わってきた。

美香子の体もガチガチにこわばって、心臓の音は信一に聞こえているに違いない。それでも構わない。

こんなこと、普段なら絶対にできない。他人の目が気になるし、ブスがやると絵にもならないし、相手を不快な思いにするだけだと、理由をこじつけて自分を守ってきた。


信一の真っすぐで素直なところに感化されてしまったのかもしれない。


いまはただ、抱きしめた体から感じる体温を、服の上からでもわかる体つきを、少しでも長く味わっていたかった。


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