第22話

祐奈たちと離れ、明代とランチをするようになって半月ほどが過ぎた。明日はバレンタインデーで、デパートもショーウィンドウもカラフルに彩られ人々も街もクリスマス以来の浮き足立ちようだった。


はじめこそ、明代と一緒にいるとクスクスと笑ったり、「地味な女同士お似合いね」と、ここぞとばかりに言ってきていた祐奈たちも、今ではまるで空気のように美香子たちの存在を無視するようになっていた。


かわいそうな子たち、と思っていた。

できることなら何か復讐をしたい、とも。


どうにかして祐奈たちをギャフンと言わせる方法はないだろうか。

最近美香子の頭の中はそのことばかりが逡巡していた。



ランチタイムに、いつものように食堂で明代とお弁当を食べていた。美香子も弁当にはこだわる方だが、明代の弁当も凝っていた。栄養バランスがしっかりと考えられていることが一目でわかり、同じおかずが一週間で一度もお弁当に入っていることはなかった。

今のところ、明代に人間としても女性としても欠点を見いだすことができなかった。これだけ外見も中身も完璧な人だ。一体どうして世の男性が黙っているだろう。


美香子は興味津々に、でも新聞の一面の話をするようにさりげなく訊いた。


「高山さんは、明日バレンタインにどなたかにチョコをあげるんですか」


明代は、おかずを掴もうとしていた箸を止めて、美香子を見つめた。

思わずドキッとしてしまう。


「私は、毎年事務所の男性に配っていますよ。美香子さんもしているでしょう?」


「あ、はい。そうなんですけど、その、会社以外の男性には・・・」


そこで美香子は思い出した。

そういえば、年末、明代は井口に弄ばれていた美香子に注意をする際、自分も同じことをされた、と言っていた。


「あ、えっと、やっぱり何でもないです」


美香子は話を終わらせるように、口いっぱいにごはんを入れた。

明代が、クスクス、と笑った。


「いいのよ、気にしないで。あの件についてはもう決着がついているの。今は全く恋愛なんてしていないわ。・・・美香子さんはどうなの?」


「え?」


「篠宮さんのこと慕っているんでしょう?」


思わず、手に持っていた弁当箱を落としそうになった。


「高山さん、変なこと言わないでください。私はそういう気持ちはありませんので」


美香子は必死に否定をした。でも、この態度が肯定しているようなものだった。

明代は美香子の心を読み取ってか、それ以上は何も言わなかった。



バレンタインデーのチョコは一週間前から購入していた。

美香子の会社では、一箇所に箱を置いて自由に取るのではなく、男性社員のデスクに女性社員が配るのが習わしだった。

だから、個別になっていて浮かれた包装でない、明らかにその他大勢の一つとわかるような地味なチョコを用意している。


デパートのバレンタインフェア売り場でチョコを選ぶとき、本当は迷っていた。

信一に特別に渡そうと考えた。

会社で配る用のチョコは5分で決め終わったのに、信一に渡すかどうか決心するのに1時間もかかった。

売り場を何周も周り、宝石のようなチョコを何度も見て回り、結局買わずに帰った。

信一には、祐奈が素敵なチョコを渡すはずだ。

こうなるように協力したのは、紛れもなく美香子だった。


朝から、どの女子社員も配布用のチョコを片手に男性社員それぞれのデスクを訪問していた。

美香子もその流れに混ざってチョコをデスクに置いていった。

まずは営業部を回って、経理部へ行って、最後に総務部を訪れた。

総務部は社員一人と信一しか男性がいない。美香子のチョコはちょうど二つ残っていた。

男性社員のデスクにチョコを置いた後に、最後信一の席へ行った。

信一は席を外していた。デスクの上には色とりどりのチョコが並べられていた。

義理チョコではあるが、せめて特別感を出そうと少し大きめのチョコを置いたり、数を多め置いたりしていた。


美香子の手には、もうダークブラウンの包装の地味で小さなチョコが一つしか残っていない。誰があげたかわからない、その他大勢チョコの仲間入りをする。

それが何だか寂しくて悔しくて、なかなかデスクに置けないでいた。

その間に、信一が戻ってきた。


「本田さん?何か用でしたか?」


背後から声が聞こえた。

信一は美香子を回り込んでデスクを挟んだ向かい側へ移動した。

デスクの上のチョコに気づいて、「すごいですねえ」と感嘆の声を発した。


「あの、これは私からです」


美香子はデスクのチョコに比べたら貧相で目立たないチョコをデスクの端っこにちょこんと置いた。

別に安いチョコではない。でも、あの中に混ぜられるのが恥ずかしくて、そのまま逃げようとした。


信一は、元からデスクに置いてあったチョコよりも先に美香子が置いたチョコを、割れ物を扱うように両手で大事そうに抱えた。


「これ、僕にですか?!ありがとうございます!」


あたかも本命チョコをもらったとばかりに信一は喜んでいた。

美香子は違う意味で恥ずかしくなる。そのチョコは、ここにいる男性社員すべてに渡したものと同じだ。


「篠宮さん、それ義理チョコですよ」


つくづくかわいくないなあ、と思う。でも、ツンとした態度でいないと自分の感情を制御できなかった。

信一は、嬉しそうな表情を変えずに、わかってますよ、と言った。


「でも、あなたからいただくものは何だって嬉しいんです」


そうですか、と言った自分の声は相当冷たいものだった。

逃げるように自分のデスクに戻って、パソコンを操作するそぶりをした。

顔が熱い。赤くなっているのを俯いて必死に隠した。


出会ったばかりのときに聞いていたら気持ちが悪いと一蹴していたに違いない言葉。

しかし、今の美香子にとっては、ドキドキさせる威力を持つ言葉だった。


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