第18話

「ちょっとどこ行くの?」と言う祐奈の言葉を背中に、美香子は山崎さんと店を出た。

山崎さんがテーブルにお札を置いて、コートとカバンを手に颯爽と出口へ向かった。

あまりに一瞬のことで、美香子は追いかけるのに必死だった。


「本田さん、祐奈に頼まれたんでしょ?すみませんね、迷惑かけちゃって」


美香子は、いえ、と首を振った。

山崎さんは、手に持っていたコートを羽織って。


「本田さん、JRですか?」


「あ、そうです」


「なら、同じですね。行きましょう」


山崎さんが歩き出した。

美香子は慌ててついていく。てっきり次のお店に行くのかと思っていたから拍子抜けだった。

自分が魅力のない女だと改めて思い知らされる。



駅に着くと、山崎さんは「俺、こっちなんで」とあっさりと帰ろうとした。

美香子は、「あ、あの!」と財布からお金を出した。

流れるように山崎がお金を出したため、まだ自分の分を払えていなかった。


山崎さんが、はは、と吹き出した。

美香子は、何か変なことをしたかな、と不安になった。


「本田さん、いい子ですね。この状況で金払ってきた女の子は初めてですよ」


山崎さんは、ポケットに手を入れたままお金を受け取ろうとはぜず、戸惑う美香子を目の前に話を続けた。


「そんないい子の本田さんに俺から助言です。篠宮さんはストレートですよ。あんないい男、祐奈に紹介しちゃダメですよ」


「えっと・・・」


話が読めず、美香子はお金を差し出す体制のまま固まってしまった。


「祐奈が連れてくる男って、紳士的で対応がスマートで、穏やかな年上ばっかなんですよね。俺もそう人タイプで、もしそっちだったら奪うことにしてるんです」


山崎さんは、一呼吸置いて言った。

そして、今日一番の、優しそうな顔をして笑った。


「俺、男にしか興味ないんですよね」


山崎さんは踵を返し、呆然と立ち尽くす美香子を置いて行ってしまった。

お札を握った手を力なく下ろした。

わかってはいたけど、美香子は祐奈に使われただけだった。



休日は家にこもってひたすら映画に没頭すると決めていた。

でも、いつもならキュンキュンするはずのシーンに今日は全然高揚できなかった。

信一と祐奈のツーショットが頭をチラついて、ドキドキするシーンで胸が苦しくなった。


信一のことを気になってきている。

恋愛かどうかはわからない。井口さんのときのように気持ちが高まって踊り出したいくらいウキウキするような感情ではなかった。


わからなければ蓋をするまでの話だ。

美香子は信一に対する気持ちを考えるのをやめ、恋愛以外の映画を見ることにした。


あ、そういえば・・


美香子は昨日思い出した記憶を辿る。

マッチ売りの少女のように幼くて弱りきった女の子の声。


最近見た映画じゃないことは確かだった。

五年前に有料動画サービスに入会し、今まで見た映画はすべてリストとして残っている。


ここで、美香子は明代と過ごした夜を思い出した。

あの日も記憶にないワンシーンが脳裏に浮かんだ。

女の子が男の子を突き飛ばすシーンだった。


美香子の頭に非現実的な考えがよぎった。

まさか、そんなはずはない、と思いながらも打ち消すことができない。


スマホに手を伸ばした。

確認してスッキリしてしまいたい。

着信履歴をスクロールしている最中に着信があった。

今、まさに探していた番号が画面に表示されていた。


美香子はためらいながら通話ボタンを押した。


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