第17話

テーブルに戻ると信一と山崎さんは仲よさそうに話していた。

山崎さんは美香子の席へ移動して信一と対面になっていた。

美香子に気づくと、「おかえり〜」と手を振って、また信一の方に向き直る。

迷った挙句、美香子は山崎さんが座っていた椅子に座った。

きっとまた祐奈に怒られるんだろうなあ、とさらに気分は重くなる。


信一と山崎さんは、美香子をそっちのけで話を続ける。いや、ずっと山崎さんの独壇場だった。信一は美香子の方をチラチラと気にかけながらも話を途切れさせられずに困っていることが見て取れた。

美香子の方から話に入ることも考えてはみたが、耳をそばだてて聞く限り山崎さんの仕事のことや趣味の車のことなど、入ったところで聞き役に回るだけだと察し、黙ってモヒートを飲み続けた。おかげで、もうすぐドリンクが無くなりそうだった。


「本田さん、何か頼みますか?」


信一が美香子の前に移動してメニューを広げる。ようやく逃れられたと安堵している表情だった。


「えっと・・・・」


美香子は選ぶふりをしてメニューを見つめた。

何か選ばなきゃ、と思っているのに未知のメニューを選ぶのが怖かった。

早く、早く、と気持ちばかりが焦っていく。


「僕は、スクリュードライバーとか飲みやすくて好きですよ」


顔を上げると信一が優しく微笑んでいた。

隣から山崎さんが「俺はオレンジ系ならやっぱ王道のカシスオレンジがいいと思うっすよ」と言ってきた。

きっと、悪い人間ではないのだろう。


「じゃ、じゃあ、スクリュードライバーをお願いします」


早く喉を潤わせたかった。冬なのに、外は寒いのに、お酒に酔ってきたせいで体が火照ってきて、首元にじんわりと汗をかいていた。


ドリンクと次の料理が運ばれてきたタイミングで祐奈が戻ってきた。

時間をかけて化粧直しをしてきたようで、顔に華やかさが戻っていた。

山崎さんが信一に執拗に話しかけるのを見て、美香子に目配せをしてきた。


男性に自分から話を振るなんて、いつぶりかわからない。

まともに会話をしたのだって、井口さん(信一も?)が久しぶりだった。


「あ、あの山崎さん」


山崎さんが信一から美香子に視線を移した。


「何ですか?」


きちんと顔を見ると、ダックスフンドのようなかわいい顔をしていた。


「お、おおお休みの日は何をしているんですか」


声が震えた。

こんな無難な話題しか思い浮かばなかった。


「休みの日ですかー?山登ったり、ドライブしたりしてますよ。本田さんは?」


「え、えっと、わたしは、映画をよく見ます・・・」


「あ、マジっすか?何かオススメの映画とかありますか?俺、映画も結構好きなんですよ」


「わたしは、恋愛の映画ばかり見ています」


「恋愛かあ。女子っすね〜」


山崎さんのコミュニケーション能力の塊のような性格のおかげで、何とか会話らしい会話が成立してきた。井口さんとは全く別のタイプだが、話のリードに慣れているようだ。

ホット安心しながら、ドリンクを飲むついでに向かい側を見た。

信一と祐奈が楽しそうに話をしているのが目に入ってきた。

二人ともグラスがワインに変わっていた。

映画のワンシーンのように絵になる光景だった。

胸がざわざわと騒がしい。


「本田さんもワイン飲みたいんですか?頼みますか?」


美香子の視線がワインにクギ付けになったと勘違いした山崎さんが、ワインのメニューを手渡してきた。


「い、いえ。わたし、ワインは苦手なので」


「俺もです!一緒ですねー。祐奈のやつ、俺がワイン嫌いなの知っててこの店選んだんですよ?ひどくないですか?」


メニューを投げるようにテーブルに置いて山崎さんが祐奈を冗談で睨んだ。

美香子は苦笑いをするしかなかった。

だから、と山崎さんは続けた。


「俺と二人で抜け出しませんか?」


漫画の中の合コンでよく見るセリフ。

好きな人だったら、きっと最高に嬉しい言葉。

山崎さんのことはどちらかというとまだ苦手よりだ。


でも、美香子は「はい」と返事をしていた。

脳を通らず、するりと口から出ていた。

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