第16話
激しくなる痛みでこめかみを押さえながら、番号も見ずに電話に出た。
「はい?もしもし」
「あ、本田さん、今どこにいらっしゃいますか?」
信一の心配そうな声が耳に入ってきた。
「今、店の外で待ってます。篠宮さんこそどちらに?」
「何だ、そうだったんですね。もうみなさんお揃いですよ。中へ来てください」
もう帰ろうかと思っていた。
信一の優しい声がシチューのように冷えた体を温めた。
美香子は「OPEN」と札のかかった扉を両手で押した。
「いらっしゃいませ。ご予約のお客様ですか」
店内へ足を踏み入れた瞬間ウエイターが寄ってきた。
「えっと、矢野です」
「承知しました。少々お待ちください」
ウエイターは予約名簿を確認し、「どうぞこちらへ」と案内を始めた。
テーブルにつくと、ウエイターは「ごゆっくり」と小さく会釈をして去っていった。
「本田さん、遅かったですね。迷いました?」
「ううん。遅くなってごめんなさい」
美香子は席につこうとして、ぎょっとした。
四人席に同性が対角線上になるような席並びだった。
美香子は、信一の目の前、見知らぬ男の隣だった。
そっと椅子を引いて座る。
「どうも、初めまして」
見知らぬ男が美香子に向って頭を下げた。
黒髪短髪に黒縁の眼鏡をかけた、真面目そうな男性だった。年齢は美香子と同年代のように見える。
祐奈の知り合いだと言っていたから不安だったが、余計な心配だったようだ。
「初めまして。本田と申します」
「あ、山崎と言います。よろしくお願いします」
お互いに深く頭を下げた。
礼儀正しい人だな、というのが第一印象だった。
「ちょっと、二人だけ勝手に自己紹介始めないでよ~」
口をとがらせる祐奈に、山崎さんはさらっと言った。
「だって俺、男に興味ねえもん」
あ、やっぱり苦手かも。
「まあまあ、まずは飲み物でも頼みましょう。どれにしますか」
信一がメニュー表をおもむろに開いた。
見たことも聞いたこともない文字が羅列している。せめて写真をつけてほしい。
「俺、ペローニ」
「わたし、カシスウーロン」
みんなメニューをさらっと見ただけで、慣れた口調でオーダーする。
「本田さんはどうしますか?」
「えっと・・」美香子は信一の目から視線をそらした。「モヒートをください」
唯一知っているカクテル。先日明代におすすめされて飲んだから味がわかる。
信一は全員のオーダーを聞くと率先してウエイターに注文を伝えてくれた。
美香子に対する不可解な言動に目をつむれば、外見も中身も文句のつけようがなく全く落ち目がなくて、女性なら誰もが興味を持つほど完璧な男性であることは美香子だってわかっていた。
だから、以前会ったことがあれば、絶対に覚えているはずだった。
信一の話が本当なら前世で会っていたことになるが、オカルトは信じない主義だ。そんな嘘みたいな話あるわけない。
飲み物が運ばれてきて、乾杯をした後改めて自己紹介をすることになった。
山崎くんは祐奈の三つ年上、美香子の一つ下だった。祐奈の大学時代のサークルの先輩で、今でもたまに会う仲らしい。仕事は外資系の金融会社に勤めていてグローバルに活躍しているとのことだった。
「いやー、思ってたよりも仕事が忙しくて気付いたら20代後半に突入してたんですよね。だから、こうして祐奈にたまに女の子紹介してもらってるんですよ」
山崎くんはお酒を飲むと話が止まらないタイプのようで、一人でほとんど喋っていた。
あまり会話が得意ではない美香子にとっては好都合だったが、信一がその話に相槌を打つため祐奈にとっては迷惑だったようだ。露骨に不機嫌な顔をしていた。
美香子がお手洗いで席を外して戻るときにタイミングよく祐奈が化粧室に入ってきた。
「本田さん、もっと山崎さんの話に乗ってくださいよ。じゃなきゃ、わたし篠宮さんと二人で話せないじゃないですか〜」
「えっと、ご、ごめん」
「もー、しっかりしてくださいよ。この飲み会は篠宮さんとわたしのためのものなんですから」
祐奈はそう言い捨てると、化粧室の奥へ消えていった。
困ったなあ、と美香子は憂鬱な気分になった。山崎さんの相手役が自分に務まるとは到底思えなかった。
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