第14話

人生で3回モテ期が訪れると言う。

1回目は、幼稚園生のときだった。まだ顔よりも一緒にいる子を好きになる時期。

美香子は、近所に住んでいた男の子2人とよく遊んでいた。

名前は、確かあきらくんとしょうたくん。顔はうろ覚えだが、3人で幼稚園でも帰りに公園でもおにごっこや砂遊びをしていた。


「ぼく、おおきくなったらみかこちゃんとけっこんする」

「ちがうよ、ぼくがするんだよ」


そう言っては、2人が取っ組み合いのけんかをして、幼稚園の先生やお母さんたちに止められていた。


結局、小学生になると男子はかわいい子を好きになり、しょうたくんともあきらくんとも疎遠になっていった。

あきらくんは小学生の間に転校し、しょうたくんは中学校までは一緒だったが、一言も会話をすることなく卒業した。

いま、どこで何をしているのか全く知らない。


2回目は、高校生のときだった。

自分がブスだと気づいて、似たように卑屈な子たちと友達になった。周りからは根暗でオタクだと認識され、きれいな顔の子たちには相手にもされなくなっていた。

高校3年生のとき、クラスでそこそこの顔の男子に呼び出され、ベタに体育館裏で告白された。

告白の返事を考えているときに、また別の卓球部の男子に告白された。

どっちも決してかっこよくない顔だった。

当時はすでに少女漫画や映画が大好きだった美香子は、初めての彼氏があんな顔かぁと気にしていた。決して自分も相手を選べる顔ではないのに、2回も告白されていい気になっていた。

悩んだ末に、卓球部の男の子と付き合うことにした。

付き合って初日に、キスを迫られた。

ドキドキ、よりも恐怖が勝った。

力一杯押し倒して、逃げた。男があんなに怖くて力が強いとは知らなかった。

家についてからずっと泣いていた。

後から、モテない男子たちが、高校最後の思い出として片っ端から非モテ女子たちに告白し、やれるところまでやりたい、という目的だったと知った。

友達と慰め合い、男なんて漫画や映画の中だけで十分だと、心を閉ざした。


そして、28歳。

3度目のモテ期がやってきたと思っていた。

しかも、今回は1人は二次元から飛び出してきたようなイケメン。1人は顔は平凡だが性格が映画のヒーローのように完璧だった。


ため息が漏れる。


井口さんとはこれから素敵なラブストーリーが始まるのだと確信していた。



年明け、井口さんは平然とした顔で「あけましておめでとう、本田さん」と言ってきた。


明代に聞いたことが本当かまだ疑っていた。

井口さんは指輪をしていない。


「あけましておめでとうございます。長期休暇はどこか行かれたんですか?」


井口さんは苦笑いをして、「実家に帰っていよ」と答えた。


「へえ、井口さんのご実家ってどこでしたっけ?」


「静岡だよ」


そこに、杉山さんが会話に入ってきた。


「あれ、年末は家族で毎年北海道だろ?」


「あ、ああ、今年はゆっくり実家で過ごしたんだ。あ、俺もうお客さんのところに行かなきゃだ、それじゃあ」


井口さんは慌ててフロアを出ていった。

すぐに携帯にメールが入った。


『さっきはバタバタしちゃってごめんね。今度お土産渡すね。あと、これからプライベートなことは2人で食事をするときに聞いてね』


明らかに怪しい。

もはや、クロよりのグレーだ。

それなのにまだ信じてしまっている自分がいて困ったものだった。



決定的に井口さんが既婚者だとわかったのは、祐奈たちとのランチでだった。


「この間、井口さんを街で見かけたんだけど、奥さんと腕組んで歩いててすっごく素敵だったぁ。私もあんな旦那さんが欲しいよ~」


「あー、井口さんのところは愛妻家だもんね。スマホの待受も子どもと写ってたよ」


いつもなら、恋愛の話のときは黙って聞いていた。

でも今回は口を挟まずにはいられなかった。


「え、井口さんって結婚しているの?」


「あれー、本田さん知らなかったんですかぁ?」


祐奈が目をパチクリさせる。

長いまつ毛が微かに揺れる。


「最近、本田さん井口さんと仲良かったですもんね。もしかして、狙ってました?」


「いや、そんなことないけど」


「そうですよね、本田さんに井口さんはハードル高いですもんね」


祐奈が冷ややかに笑う。

学生のときに何度も見たことがある笑顔。

心の中でバカにされている。


「ああ、でも本田さんには篠宮さんがいますもんね。でも最近話してないですよね?何かあったんですか?」


「なにもないわよ」


美香子は心がざわつくのを感じていた。

祐奈が顔の前で手を合わせる。


「じゃあ、私に篠宮さん紹介してくれませんか?」


「紹介って言っても、私は連絡先とか何も知らないし・・」


「いいんです。篠宮さんガード固いけど、本田さんが一緒なら飲み会にも来てくれると思うので。ね?セッティングはわたしがするので。井口さんに代わる良い男も連れていきます!」


厄介なことになった。

美香子は力なく肩を落とした。

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