第7話

朝食の用意をしている間に、電話の着信音が鳴った。

サンドウィッチのパンを広げて、今からマヨネーズを薄くぬるところだった。


ルルルルル・・・・・・・


だれ?こんな朝早くから・・


時計を見ると、7時前だった。

画面に出ているのは登録していない番号だった。


出るのを一瞬ためらって、決心したように通話ボタンを押した。

スピーカーにして恐る恐る声を出した。


「はい?もしもし・・・」


返ってきたのは、美香子の数十倍はテンションが上がった声だった。


「美香子、おはよう。昨日は一緒に帰れなくてごめんね」


思わず手に持っていたマヨネーズのチューブを強く握ってしまった。

マヨネーズの白い塊がサンドウィッチ用のパンの上にドボっと出た。


信一だった。

うっとうしいほど高いテンションなのに、やっぱり声はいい。

電話越しだと鼓膜に直接響いている感覚があって、ゾワゾワした。


「な、なんで私の番号を知っているんですか?」


「冷たいなあ。僕を誰だと思っているんだい?美香子のことなら、昨日じっくり調べさせてもらったよ。電話番号も、住んでいる場所もね」


「信じられません。職権乱用です!」


そのとき、美香子の頭にある考えがよぎった。

右手のナイフをそっとパンの上に置き、代わりにスマホを持って窓に近づいた。

カーテンの間から外を覗くと、案の定、そこには信一が立っていた。


「ありえません。プライバシーの侵害です。総務部長としての自覚はあるんですか?」


「もちろん、あるよ。きみの運命の人だって自覚もね」


頭が痛かった。なんとか信一をどこかへ追いやりたいが、これ以上構っている時間はなかった。

時計は7時5分を過ぎたところだった。急いで朝食の用意をしなければならない。


「とにかく、もう切ります。一刻も早くその場から去ってください」


美香子は指が痛くなるほど強く通話終了ボタンを押した。

作りかけのサンドウィッチを急いで完成させ、一日餌を与えてもらえなかった犬のように無我夢中で貪りついた。無い時間を埋めるように、邪念を捨てるように。



玄関を出ると、信一が「おはよう」と手を振ってきた。


「どこかに行ってくださいって言いましたよね?」


美香子は信一を振り切るように早歩きで駅の方に歩き出した。

後ろから慌てて信一がついてきて、あっという間に横に並ばれた。


「つれないこと言わないでよ。美香子と少しでも一緒にいたくて迎えにきたんだから。向こうに車を止めているんだ。さあ、こっちへ」


信一が美香子の袖を掴んだ。

美香子は咄嗟に振りほどいた。


「何するんですか。やめてください。私はあなたの車には乗らないし、迷惑ですので一人で行ってください」


信一は驚いた表情をした後、寂しそうに笑った。


「あなたは昔から何も変わっていないんですね」


「はあ?」


美香子は不審な目を向けた。

相当精神的なダメージを負わせてしまったんだろうか。


「この間すれ違ったとき、すぐにわかりましたよ。あなたが沙織だってこと。こんなに変わってしまっていましたが。あなたも本当は覚えているんですよね?」


沙織って誰?元から頭はおかしいと思っていたけど、本格的に脳みそがやられてしまったの?病院に連れて行くべき??


美香子は話についていけず、唖然とするしかなかった。

さすがに信一も美香子の不審そうな様子に気づいて話をやめた。

そして、愕然とした顔に哀しそうな表情も浮かべて呟いた。



「本当に何も覚えていないのですか?」

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