第6話

フロアに戻ると、信一の姿は無く、美香子はホッと一息をついてデスクに着いた。


昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り終わって30分ほど経ってからゾロゾロと祐奈たちが戻ってきた。

午後の始業時間を過ぎているのに全く悪びれた様子も焦る様子もない。

部長はとっくに呆れて何も言わない。


あの後、信一と祐奈たちとの間でどんな会話があったのかわからない。

信一が変なことを言っていないか、気になってしょうがなかった。


「本田さん、請求書の作成をお願いしてもいいかな?」


声をかけられて顔を上げると、営業部のエース井口さんがいた。

40歳の若さで部長の次に権限を持つ役職についている。


美香子の勤める会社は電子部品の専門商社だ。

創立40年で、社員は100人程度の中小企業。

美香子がいる本社に勤めている社員は80人ほどで、ほかに九州、関西、中部に支社がある。

業界の中では扱う製品の幅が広いと、継続的な取引先が多い。


井口さんは、大手総合商社からの転職組だった。

入社して転職する10年の間の8年間を海外で過ごしていたと聞いた。

ベトナムやドイツに駐在していたらしい。英語が堪能で、仕事も有能なため出世が早かった。


しかも、美香子のような目立たない女子社員にも分け隔てなく接してくれる寛大さを持っていた。


「わかりました。いつまでに必要ですか?」


「急ぎで申し訳ないんだけど、明日の午前中までにお願いできるかな?」


「承知しました」


「よろしくね」


そう言って井口さんが資料を机に置いた。

一口サイズのチョコレートと一緒に。


美香子は顔が火照るのがわかった。

胸がきゅんと高鳴る。


分不相応なのは重々承知だ。

でも、この気持ちを抑えるにはどうしたらいいんだろう。

オードリーヘップバーンやジュリアロバーツのように美人だったら、身分違いの恋でもうまくいったのかもしれないのに。





終業時間になって信一がデスクに戻ってきた。

挨拶で疲れたのか、少し元気がないように見える。



そういえば、ヤツはどういう経緯で総務部長なんて役職にいきなり就くことができたんだろう?



信一の存在を恐れるあまり、初歩的な疑問が今更ながらに頭に浮かんだ。

そもそも信一の年齢すらも不明だ。美香子と同じ年代ほど若くも見えるが、部長になるくらいだから40歳近くもありえる。

噂が大好きだ祐奈たちはきっと知っているんだろう。

でも、こんなことを聞けるほど美香子は命知らずではない。



ま、興味なんてないけど。



井口さんから依頼された請求書まで作成をして、美香子はパソコンの電源を切った。


総務部を覗くと、信一は溜まった業務をこなしているようだった。

美香子は見つからない内に逃げるようにフロアを出た。

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