第4話
土日はよく眠れなかった。
美香子は何度も男性の顔を思い浮かべてしまっては、必死に忘れようとした。
それなのに、映画を見るのも座椅子を買えなかったこともどうでもよくなるくらい、男の存在が頭から離れなかった。
土曜日は、後ろからついてきていたら、と思うと怖くて、無駄に電車を乗り換えて遠回りをして家に帰った。
気が狂っている男だ、と思うのと同時になぜか頭のどこか奥の奥のずっと奥の方で引っかかってモヤモヤする。
いつか会ったことがある気がするが、あんなイケメン忘れるはずがないし会っていたら昨日のように何か強烈な一言を残しているはずだ。
まあ、もう会うことはないだろう。
美香子は心を落ち着けて会社に向かった。
仕事中もこのことを引きずるわけにはいかない。
幸いにも、土曜日のルートは美香子の生活圏からずっと外れているし、座椅子はまた別の店を探すつもりだ。
いつもの満員電車に揺られ会社に着き、見たことがある顔ぶれの中にいると、だんだん土曜日のことは夢だったんじゃないかと思えてきた。
非モテブサイク女の夢にしては、だいぶ痛いが、夢だと思うと消化できた。
始業を告げるチャイムが鳴った。いつもならそれまで騒がしかったフロアも静かになるのだが、まだざわざわと騒がしかった。
同じフロアには、美香子が所属する営業部の他に総務部と経理部がある。
営業部は入り口から見てフロアの右半分を占めており、左半分の手前側が経理部、奥の窓側に総務部がある。
どうやら、総務部のあたりがざわついているようだ。総務部の女性の甲高い声がここまで聞こえてきている。
営業のキラキラ女子群も例外ではなかった。
しきりに鏡で顔のチェックをして、「私たちも見に行かない?」と総務部の方へ小走りに向かっていった。
美香子は首をかしげながら予定表を見た。
総務部で何かイベントがあるわけでも、新しい人事があるとも聞いていない。
そもそも、10月になるときに大きな人事はあったばかりで、まだ10日も経っていないこの段階で新しい人が来るのは考え難かった。
どちらにしろ営業部には関係なさそうだし、いずれ分かることだろう。
そう思い直して美香子は給湯室へ向かった。
お湯の入れ替えや茶葉の補充、排水溝の掃除をするためだ。
三部門が一ヶ月ごとに交代で行っている。営業部では当番月の一週間ごとに担当を変えてまわしていた。
しかし、キラキラ女子たちがしたあとは、本当にしたの?と疑いたくなるほど汚くて、課長から営業部が担当の時は美香子がするように頼まれた。他の部門から苦情がきて困っていたらしい。
給湯室は入り口の左隣、経理部と営業部の間にある。
好奇心と興味と少しの下心で、給湯室に向かう途中、総務部の方をのぞいてみた。
思わず、視線を逸らした。
急いで給湯室に逃げ込んだ。
なんで?なんでなの???
間違いない。見間違えるはずがない。
窓の目の前にある席、通称「部長席」に女子社員に囲まれて立っていたのは、間違いなく土曜日に会った男だった。
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