第18話 落ちるアル



 あれから、落下しているにも関わらず、風を感じないことに気が付く。

「せあ!」バチッ

壁に当たる直前、何か透明なものにナイフが遮られる。

「これは、魔術障壁でしょうか?」

とりあえず、確認のために体の周りをナイフで探る。

「ふむ、この感触は壁ではなく。球状の魔術障壁で私が覆われているようですね。」

冷静に考えると、落下しているにも関わらず足がバタつくことはなくずっと落ちた時の体勢ですね。

ということは、このトラップはやはり私を傷つけるのではなく、

どこかに運ぶのが目的なのでしょうか?


その後もなぜ私だけが落とされ、かつ運ばれているのか検討していると、

周囲に感じていた狭い壁が感じられなくなったことに気が付く。

懐から魔道具であるライターを取り出し、火をつける。

 手元の小さな灯りを頼りに、辺りを見回し何かないか探す。

けれど、照らし出した範囲では何も確認できない。

やはり、どこか広い場所に出たようですね。

 いつまで、この状態なのでしょうか。落下し始めてからもう1分は確実に過ぎています。

いくら、落下速度が緩められているとしてもどこまで行くのでしょうか。

そう思い、ふと足元を見下ろす。そこには、さっき確認できなかった範囲だったのだろう。

多くの建造物らしき影が見え始めていた。

 建物の間を滑り降りるように下り、ようやく地面らしきものが見え始める。

そこで、この状態が解除されるものと予想し、地面に立つ心構えをする。

案の定、地面に球の一部が触れるとまるで何もなかったかのように消える。

 踏みしめた地面に違和感と、どこか遠くで感じた感触に既視感を覚える。

まさかと思いしゃがみ込み、ライターを近づけながら手で確認する。

白色に近い何か綺麗に整形し固めなおしたのではないだろうかと思うほど均一な地面に、

一瞬アスファルトかと思い触れたが、これは過去の記憶と照合しても似ていたがそれよりも上の別ものだとわかる。近くにある建造物を観察すると、ほとんど廃墟同然といえる崩壊具合、

それに魔法があるこの世界にアスファルトがあること自体おかしいことだと考え、

今は生きてお嬢様の元に帰ることを最優先にすると決め歩きだす。

この道路らしき所を心もとない小さな灯りで照らしながら、道に沿って進む。

ここが、古代文明の街だとしても道路ならどこかに通じるはずだと考えひたすら歩くことを決心する。だがその矢先、暗闇にいきなり発光しだした物体を見つける。

 恐る恐る近づくと、【おしてください】と書かれたボタンが点滅している。その点滅は、消えかけているがゆえのものでしょう。点滅の仕方が不規則なようですからね。

試しに押してみるも何も変化はなかった。

何か起こる事を期待したが、何も起きないことに落胆しつつ、再び歩きはじめる。

 それからしばらく経ち、暗闇の中を進むにつれてその暗闇に目がなれてきたのを感じる。

魔力の節約のために、ライターは消してある。それなのに先ほどよりも辺りが見やすくなっている。色は認識できていないが白黒で大体の形がわかる気がします。

 けれど、立ち並ぶ建造物と道は見えても、道が続く先を見通せるわけではないようです。

どこまでも続いているような感覚に囚われ、一度休憩を挟むことにする。

近くの建物の壁に寄り掛かるように座り込む。

「こんなことになるなら色々と装備を整えたのですが……」

ふと自分が何を身に着けているのか再確認しようと思い、服に仕込んである多くの隠しポケットを探る。ふむ。仕込みナイフが3本に、ハンカチが6枚、携帯食料としてクッキー数枚、

この状況では、あまり脱出に役立つものがありませんね。

「ですが、セントさんのスパルタ特訓を生き抜き、サーシャさんの無茶ぶりに耐え、

 あのお嬢様のわがままをこなしてきたこの身体があるんです!」

自分にできるよう言い聞かせ、歩き出す。

それに、昔は暗闇を歩きまわることを仕事にしていたのだし案外大丈夫だと信じる。


それから、時折ライターの灯りで懐中時計を確認し時間がどれくらい過ぎたか確かめる。

そのたびにライターで消費している魔力が多いのか、疲労感が増していく。もしくは、何も進歩しないこの時間を時計で見て知ってしまっているからかもしれません。

もうすでに落ちてから、1日が過ぎようとしています。

「はあ、この生涯もまた何も成すことが出来ずに終わるのでしょうか……」

そう口に出したとき、何か強大な存在の放つプレッシャーに体が硬直する。

かろうじて見える道の先、建物がなく横に道が伸びている角から何かがあらわれる。

 その何かは、赤い双眸を闇に浮かべていた……



アルお前がこんなとこで死ぬやつじゃないのはわかっているが、心がはやく助けろって

叫んでるからよ!

そう自ら起こした行動の意味を確かめつつ、階段を下り終わりひとつ下の階層につく。

そこには、上と違いモンスターが蔓延っている。

「どけよ。お前らに構う時間が無駄なんだよ。」

そう言いつつ、背負っていた槍を構え、走り出す。

ゴブリンやオーク、オーガなど人に近いタイプばかりなことに若干の違和感を覚えながら、

鎧袖一触の勢いで蹴散らし奥に進む。


踏破した階層が、20を超えたころ。

次の階層を目指して階段を降りるとさっきまでの迷路型のダンジョン内と違い、一本の道に出る。

「やっと、ボス部屋か。さすがにボスとは時間がかかるよな。一撃で決めに行くしかないな。」

そう言いつつ、道を進み広い空間に出る。

その空間には、見たことのないゴーレムがいる。その後ろに扉があるのを確認し、

この奥にアルがいることを願う。

「ゴーレムか?」

これまでのダンジョン攻略や、経験と照らし合わせてみるが、そのゴーレムは異質すぎる。

高い背の自分を優に超えるその体躯、ダンジョン内を照らす無機質な白い光を反射させるメタリックなボディ、そこからゴーレムだと判断した。

だが、これまで討伐してきたゴーレムと大きく違うことがある。

それは、人に限りなく近い細さだ。

「見たことのないタイプだが、ここを通りたいんでね。倒させてもらうぞ!」


ゴーレムに向けて一撃で終わらせるべく全力をだし、重い突きを繰り出す。

だが、その勢いに槍が砕ける。ゴーレムは微動だにせずそこに立っているまま。

何もなかったかのように立つゴーレムに一旦下がって警戒する。


キン

ゴーレムの内部から小さな音が発せられる。

【侵入者を検知、脅威度低、単体での排除可能と判断、行動開始】

何か言葉のようなものを発した瞬間ゴーレムが目の前に迫る。

 ゴーレムが何をしたのか己の体で知る。胸を突かれ、大穴が開いているようだ。

「ガハッ、こいつの動きは、ゴーレムを超えてやがる。俺も本気出すしかないな!」

ゴーレムの頭部を右手で殴り、左手で突き刺さった腕を抜き、飛び上がる。


【人型の急所を突くも、死亡せず、脅威度訂正、低から高へ、武装が必要、外装に装着品なし、

 現状での戦闘を継続、侵入者飛び上がる、落下地点を予測、待ち構える】


「この姿になるのは、15年ぶりだな。まあ、見たやつを潰せば問題ない。」

深紅の瞳で状況を確認しながら、漆黒の翼を羽ばたかせ、様子を伺うゴーレムに急降下する。

右手に深淵を思わせる黒い魔力が視認できるほど凝縮され、こぶしを覆う。

その手を振り下ろし、ゴーレムを床にたたきつける。


【機体損傷、行動不可、侵入者の特徴をアップし、……本部に対応をねが…う、システム維持不可、シャットダウンを実行、エラー、エラーえらーえr……… 】


ゴーレムが動かないのを見ながら、胸の穴が塞がった部分に触れる。

「やっぱ、この身体は死なないな。それよりも、服に開いた穴と付いた血どうしよ」

珍しく自信に溢れる顔に焦りが浮かぶ。うんうん唸り、解決方法が思い浮かぶ。

上半身の服を脱ぎ捨てればいいと。


ゴーレムが守護していた扉を開け、中を確認する。

そこには、一本道がありかなり長いことが、先が見えない通路で察してしまう。

このまま、飛んだ方が速いと判断し進む。



遠くに見える赤い双眸と目が合う。すると、私目掛けてその何かが高速で飛んでくる。

「やっと見つけた」という聞いたことのある声で発せられた言葉を聞きつつ、迫るプレッシャーの強さとこれまでの心労から、意識を手放す。

気が遠のく最中、「やべ、アルにこの姿……」と聞こえた気がした。



長い通路を抜け、すぐに曲がり角になっていたから、そのままの勢いで曲がる。

曲がった先にアルの姿を見つけ、

「やっと見つけた」と安堵し、近づく。

だが、今己の見た目がどうなっているのか忘れていたセントは、アルが倒れたのを見て気づく。

「やべ、アルにこの姿見られた!」

と、とりあえず気を失っているうちに外まで運ぼう。そうしよう。

ダンジョンの外の森に放置しておけば、ばれまい。



【識別コードT―00038より受信、データベースから、侵入者の対処法を検索、

 銀製装備に換装の必要あり、……銀素材の不足により、実行中止、素材の調達を申請、稼働中のロボットなし、新たな機体の起動を申請、管理者の承認が必要、………一定の操作が行われないためスリープモードに移行、】


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