第17話 セーゲル領で唯一のダンジョン
3月20日 早朝
昨晩の料理を自ら作ることが出来ないか考えつつ身だしなみを整え、寝るときにベットに居なかったセントさんが居るのを見て、朝食の時間だと起こす。
「セントさん、お酒くさいですよ。体拭きました?」
「いや、それよりも眠いからもう少し眠らせてくれ。」
「駄目ですよ。タオルなど借りてきますから、寝ないでくださいよ。」
そう言い残し、メイドさんを探しに行く。
まったく、サーシャさんといい、セントさんといい朝に弱い人が多いですね。
昨日と同じ位置に座り、朝食を食べている。
セーゲル男爵がおもむろに尋ねる。
「ルース嬢、今日は街の視察に行かれるんでしたよね?
案内として、こいつらを連れて行ってください。」
そう言い、ディーンとセラを指さす。
「では、早速街を案内します。何かご要望があれば、そちらから優先的に行きますが?」
「いえ、特にないわ。そもそも来たことがないからあなたに任せるわ。」
「そうでしたね、申し訳ありません。では―」
「うちの領が、発展する原動力になっているダンジョンなどいかがですか?ルースお嬢様?」
ディーンの言葉を遮るように、セラが喋り出す。
「あら、それは楽しそうね。アルやセントもいるから行ってみましょう。」
その言葉にアルは顔を青ざめ、セントは楽しそうに笑った。
街を出て、すぐ近くにそびえる山に沿って歩く。
「あと少し歩いたら、ダンジョンの入口に着きますよ!」
満面の笑みでセラが話す。
「セラさん、あなたとても楽しそうね?ダンジョンに何かあるのかしら?」
「いえ、憧れのセント様の戦い方を間近で見れるからです!」
「そ、そう。セントのことをそうな風に思っていたのね。」若干引き気味に言葉を吐く。
「俺なんかにファンがいたのか。だがすまんが、今日の戦闘はすべて、アルに任せるからよ。」
「そ、そんな、セント様の華麗な槍捌きが見れないなんて。」ガクッ
「ちょっと待ってください。セントさん、私だけなんてお嬢様の身に何かあったら
どうするんですか!」
「いざとなったらちゃんと守ってやるから安心しな。」
「そういうことなら、いざという時にはお任せしますからね。」
そう言い、たどり着いたダンジョンに入る。
???
帝国と王国の国境に茂る森
夜のとばりが辺りを支配している中、移動する人影。
時折、月に光を反射させる眼鏡と、ぼさぼさの髪が宙を舞う。
さて、この国で入る初のダンジョンですね~研究心がうずきますね。
地図を開き、セーゲル男爵領の位置を確かめる。
木から木へ移り飛びながら、正しい方向だと目印の山を見つけ確信を持つ。
地図をしまい、懐から書きかけの手紙を取り出す。
この報告書は、ダンジョンを探索してから出せばいいでしょう。
まあ、上司の方の恐ろしい形相が想像できますが、私にダンジョンより優先させるなんて
不可能ですからね~
はぁ、早くダンジョンに眠る古代文明の神秘に触れたいですね。ジュルリ。
ああ、ついヨダレがでてしまいました。
ふう。つい寝る間も惜しんで目指しちゃいましたよ。
ですが、夜も明けてしまいましたね。さすがにこの格好では、怪しまれます。
さっさといつもの探索者スタイルに着替えますか。
ダンジョン付近の木の上で、様子を伺いつつ装備を整える。
こんな朝なら、誰にも邪魔されずに探索できるでしょう。
むむ、街の方から、人の気配がしますね。これは、一度離れて観察せねば、ダンジョンに向かう者には、強者が多いですから注意しないといけません。不法侵入者ですからね私。
ふむ、どこかの貴族御一行でしょうか?
真ん中にいる少女が確か資料で見たことがありましたね。
…ローゼン何とかという貴族家だったかな?
鞄に手を入れ、資料を探す。
ああ、これこれ。我が帝国が調べ上げたレザルド王国の貴族の素性や、内情のレポート。
太い枝に座り込み、大量の紙が纏められた資料から、先ほどの娘を探す。
……帝国と接する領土を持ち、亜人共と繋がりを積極的に受け入れていた貴族。
現当主の家族構成は、妻、娘、娘には婚約者なし。現当主の妹は、既に死亡、
原因はモンスターによるものとされている……
ふむ。ルースグロアちゃんか、周りを囲っている戦力もかなりのもの。
かなり大事にされているようだね。
わざわざ、ダンジョンに行くなんて何か起こりそうではありませんか。
ですが、あの槍使いは、要注意人物に指定されていますから、出てくるまでこの森の中で過ごすしか選択肢がないようですね。
アルを先頭にダンジョンを進む一行。
並び順は、私を先頭に、ディーン様、セラ様がお嬢様を左右から挟み、
最後尾をセントさんとなっている。
ザッザッ……コツ
「あれ?ここから洞窟らしくない造りになっていますね。」
「もしかして、アルさんはダンジョンに潜るのは初めてですか?」
意外だという顔で、ディーンが質問をする。
「ええ、そうですね。私たちの中では、セントさんぐらいですよ。」
「おう、昔は大陸中のダンジョンを巡ったもんだ。」
昔を懐かしむセントさんを尻目に、数年前セントさんから教わった
ダンジョンの注意事項を思い出す。
ダンジョンは、どこも大体硬質な建材で作られている。
大きめの武器は取り回しが難しく、よっぽどの自身がないと
小さ目な武器にしておいたほうがいいでしたね。
よし、今日もこのナイフをメインで扱おう。お嬢様をお守りするためにも、
早くこの武器を使いこなせるようにならないといけませんからね。
「あ、そういえばディーン様、使用人の私にさんなどいりませんよ。」
「いえ、ローゼンハイツ家の執事を務める方はどの方も尊敬に値することを成しているので、
アルさんにも期待しているのですよ。」
「それでも、私の方が年下ですのでどうぞ、呼び捨てにしてください。」
「では、アル君と呼びます。」
「とりあえず、今はそれでいいですから、私の前に出ないでくださいよ。」
「わかりました、アル君。ですが、私も魔法で戦えますので、自分の身は守ります。」
そう言いながら、手のひらに魔力を集め、風を発生させる。
しばらく、ダンジョンの中を進み、入口から続く一本道がひとつの部屋に繋がる。
その部屋には、何かの棚が崩れたのであろう廃材が散らばっている。
部屋の奥には、地下へ続く階段があるだけのようですね。
「お嬢様、まだ先に進みますか?」
「先に行くに決まっているじゃない。まだ、何も見つかってないのだから。」
「そうですか。では、この部屋は無視して、先に行きますね。」
「ええ、その方がいいですよ。この部屋はくまなく調べてありますから。
そこの棚には、本がびっしり入っていましたけど、こちらで回収しましたからね。」
「その本は、どのようなことが書かれていたのですか?」
「かなり古い書物のようで、まだ翻訳作業は進んでいないのですよ。
ちなみに、セラがダンジョンに連れてくる前に私が考えていたのは、
保管してある本をお見せしようというプランでしたから。」
肩をすくめながら、まだ落ち込んでいるセラを見るディーンさん。
「そうだったのですか。」
そう言いながら、階段に足を踏み入れる。
だが、固い地面の感触を捉えることはなく、足は空をさまよい前傾姿勢のまま、
ぽっかりと空いた穴に吸い込まれてしまった。
真っ暗な空間を落下しているのを全身で感じる浮遊感で知り、
遠ざかるお嬢様の呼ぶ声から、自分が落とし穴に落ちたことを悟る。
セントさんが昔言っていたことを思い出す。
ダンジョンには、2種類の落とし穴がある。
ひとつは殺傷能力の高いトラップ型、もうひとつはダンジョン内の別の場所に
強制的に移動させられるもの。と大別できると言っていた。
私が落ち始めてから、かなり過ぎましたが、生きています。
ならば、まだ諦めるわけにはいきません。お嬢様を守るのが私の生涯の役目ですから。
「アル!」目の前で突如として消えた、かけがえのない存在に叫ぶ。
「セント、アルは生きているわよね?穴が瞬時に、まるでそこになかったように閉じるのは、
致死性のトラップではないと、昔言ったわよね!」
「ああ、そうだ。落ち着け嬢ちゃん。
アルを、そこらへんのトラップで死ぬような軟弱者に育ててないから安心しな。
それよりも、アルを探しに行こうとしている嬢ちゃんのほうが危険だぜ。」
そう言いつつ、セントの手が動くのを察知し、咄嗟に魔法を行使する。
だが、生み出した炎壁をものともせず、手刀が繰り出されるのを視界の端に捉えたのを最後に
意識を手放す。
ア…ル…わたしは………
「ディーン、セラ、嬢ちゃんを屋敷に連れ帰ってくれ。
俺は、このままアルを探しに行く。心配するな、俺にとってダンジョンは、遊び場だ。」
そう言い、二人が返事をする前に階段を飛ぶように降りる。
「とにかく父に早く知らせなければいけませんね。」
冷静に事態を把握しようと口にだして確認をするディーン。
「それにルースグロア様もはやく運ばないといけないじゃない!」
ルースを預けられたセラが焦りながら言う。
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