第16話 セントの旧友
一度休憩を挟みつつ、本日の目的地であったセーゲル男爵領の街に到着した。
陽光はすでにオレンジ色になり、街をオレンジ一色に染め上げている。
そこは最近村から街へと規模が拡大された新しい街で、活気に溢れる街だが
正式な名称は決まっていない。
ここの領主は、15年前までローゼンハイツ家に仕える騎士だったが実家に帰り、
セーゲル家を継いだ方だそうです。
移動中にセントさんが戦友だと教えてくれました。
セーゲル男爵の屋敷前に馬車が停まると、
既にセーゲル男爵らしき方とその家族であろう方々がお出迎えに来てくれている。
セーゲル男爵は、セントさんと同年代で、騎士として鍛え上げた体は、
服の内側から主張している。顔は、年相応の年月を積み重ねてきたダンディな方に見える。
屋敷も男爵にしては、かなり裕福に見える。
領土の広さから、爵位は選定されているので、小領ながらここまで余裕があるセーゲル男爵はかなりのやり手だとわかる。
お嬢様が乗られている馬車の扉を開け、お嬢様に手を差し伸べる。
「お嬢様、セーゲル男爵のお屋敷に到着しました。
代表として、挨拶をお願いします。」
「ええ、わかったわ。」
「ルースグロア・ローゼンハイツ様、わが領にお寄りいただき、恐悦至極にございます。
まだまだ、至らぬことが多い所でございますが本日は、どうぞお寛ぎください。」
「いいえ、わたくし自身ただの娘ですので、そのような態度を取らないでください。
こちらこそ、本日はお世話になりますわ。」そう笑顔で言い軽く頭を下げる。
「いえいえ、大恩あるジェスタ様の娘であられるルースグロア様にそのようなことは、
できません。」
「そ、そう……。とりあえず、今はお言葉に甘えさせていただきますわ。」
「そうなさってください。では、さっそく我が家のどうぞ。」
その後、お嬢様が泊まられる部屋に案内され、その他の者も案内される。
お嬢様については、ユアさんに任せつつ、セントさんと共に部屋へ案内される。
「あれ、私は二人部屋なのですか?」
「ああ、本来なら集団で部屋を使うが、この旅では俺と共用の代わりに、
広々と使えるぞ。よかったな、これでその魔道具についても教えやすくなる。」
「そうですか、しばらくの間よろしくお願いします。
それに、お嬢様の元に早く駆けつけることができそうですから。」
夕食の時間だということで、セーゲル家に仕えるメイドさんに案内され食堂に向かう。
食堂に案内されるとそこには、セーゲル男爵とその家族、お嬢様、ユアさん、
カーラさんがすでに食卓を囲んで座っている。
空席はふたつある。その内のセーゲル男爵に近い席にセントさんが座った。
残りの席であるお嬢様の横を見た時、お嬢様と目が合う。
………ふむ。これは、私も座ることが正解のようですね。
数秒の思考のすえたどり着いた答えを信じ、席に座る。
座ったタイミングで、セーゲル男爵が話し出す。
「さて、これで揃いましたね。この席は、身分などを忘れて無礼講としたいと思います。
だから、ここからは、口調をいつもの話し方に戻す。
改めて、ルース嬢、セント、よく来てくれた。」
「やっとか、お前の畏まった態度を見ていると寒気がしたぞ!」
「そうか、これでも元騎士、現セーゲル家当主なんだがな。」
「騎士時代も兵士の方が似合っていたがな。」
「セントのからかいは後で聞くから、とりあえず家族の紹介をさせてくれや。」
「ああ、そういえばお嬢様はこいつしか会ったことなかったな。」
「そういうこった。
まず、俺の嫁さんでエーナ、長男のコルソン、次男のディーン、長女のセラだ。
コルソンには、もう政務を手伝ってもらってる。中々俺に似て優秀でな。」
「いやいや、優秀ならお前じゃなくて、エーナさんに似たってことだろ。」
ニヤリと笑いながらセントが言う。
「セント!もう黙っててくれ、話が進まん。」
「すまん、すまん。もうしないって。」
「気を取り直して、ディーンとセラは双子で今年成人を迎え、
今年から学園に入るんでさ。」
セーゲル男爵とセントさんのやり取りを聞きつつ、紹介された方々を見る。
エーナさんは、恰幅のいい方で母ちゃんと言う言葉がよく似合う雰囲気ですね。
コルソンさんは、若干ふっくらとしているけれど、
所作には強者の雰囲気が漏れている気がする。
ディーンさんは細身の体型で長髪を後ろで纏め、知的な雰囲気を感じる。
セラさんは、さっきからセントさんを羨望のまなざしで見ていますし、
セラさんの後ろの壁に槍が立てかけられていますから、たぶん武術がお好きな方でしょう。
そう分析していると、セーゲル男爵のお話は終了していたようで、料理が運ばれてくる。
料理は、大皿でテーブルの中央に並べられ、何かの鳥の丸焼きが
大きくテーブルの真ん中を占領している。
テーブルを彩る料理を眺めていると、皆さんの手元にワインの注がれたグラスがある。
慌てて、目の前にある水の注がれたグラスを手元に寄せる。
「それじゃ、乾杯といきましょう。
ルース嬢ここまで、お疲れ様でした。
乾杯!」
その言葉を合図に乾杯し、料理に手を出し始める。
「お嬢様、どれからお取りしましょうか?」
夕食の時間が終わり、各々の部屋に戻る。
夜が更け、屋敷内が静かになった頃。
セーゲル男爵の執務室には、部屋の主とセントがいた。
「お前とこうやってサシで話すのも久しぶりだなセント。」
「ああ、そうだな。それにしても老けたな、当時を知る古株の一人として、
色々我慢してんだろう?」
「そうだな、アルを見るたびに込み上げるこの思いが、
俺の体を蝕み、病魔のように暴れるからよ。」
何か遠く過去の事に想いを馳せながら、苦々しく言葉を吐く。
「まあ今日は、俺と酒でも酌み交わして、楽になろうぜ。」
二人の男の頬が赤らんできた頃。
開け放たれていた、窓の外から、1羽の蝙蝠が入り込む。
その蝙蝠は、二人が挟んでいるテーブルの上にとまり、紙切れを落とす。
見慣れた光景だと言わんばかりに余裕な表情で紙切れを手に取るセント。
「おい、こういうのは、ちゃんとした紙に記せよ。これ何かの包み紙だろサーシャ?」
その返事を蝙蝠がすることはなく、その代わりに蝙蝠がテーブルの上から
何もない床の方に移動する。
すると空間が歪み、まるで血の色のような赤黒い色を基調としたドレス姿のサーシャが現れる。胸元が協調されたデザインのドレスは、まあ、似合っていないが、
その点に触れると命が危ないのを知っている二人は、話題にすることはない。
「あら、ちゃんとした紙よ?あのアル様が用意してくださったクッキーが
包まれていたのだから。」恍惚とした表情で言うサーシャ。
「そ、そうかまあその事は置いといて、突然来て何の用だ?」
幸せな事を思い浮かべる事を邪魔され、若干不機嫌そうな顔で言う。
「ジェスタが、アル様に追加した封印の効果がどれほどのものか、
旅の間ずっと空から眺めていたのだけれど、焼石に水じゃないかしら?
ルー、じゃなくてセントもそう思うでしょ?」
「ああ、あのナイフには切れ味が悪くなるが、その分頑丈になるように術式を組んである。
だがそのなまくらに近いナイフを投げただけで、ゴブリンとはいえ根本まで刺さったからな。
ユアの嬢ちゃんにもっと魔力を込めるようにいっておかんと、アルの異常さがばれるぞ。」
「これもアル様のため、仕方ないわよ。それにあと1年の辛抱だもの。
15年待ったのだから早いものよ。」
サーシャは、空間を歪ませると手を差し込み、何かを取り出す。
それは、ワインよりも深い赤色をした液体が入った瓶。
セーゲルは、もう寝ると言い部屋を立ち去る。
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