第15話 旅の始まり

父上から逃げるように出発した馬車の中で、昔誓ったことを思い出す。

だがふと、今後押し寄せるであろう脅威についてどう対処するべきかと思案する。


陰謀渦巻く学園にこの天然ぼけで自分の価値に気づかないイケメンなんて、

子羊のようにオオカミに攫われてしまうに決まっているわ。

だからこのわたしが守ってあげるわよアル。

そう決心し向かいの席に座るアルを見る。


何か私はお嬢様に粗相をしたのでしょうか。先程から睨まれているのですが。

ユアさんに助けを求めよう。そう考え、お嬢様の隣に座るユアさんを見る。

だが、その考えは伝わることはない。

なぜかって?ユアさんがすでにスピースピーと気持ちよさそうに寝ているからです。


「お嬢様、私の顔に何かついているのでしょうか?」首を傾げながら聞いてみる。

「特に付いてないわよ。ただ、ぼへっとした顔だったから眺めていただけよ。」

「そ、そうですか。何か御用がありましたらお申し付けください。」

とりあえず、外の警戒でもしておきますか。

そう思い、窓から外に目を向けると、セントさんがこちらを見ているのに気づく。

後で、休憩の時にでも声をかけよう。

今日の予定としては、夕方までに隣領の領都に到着しセーゲル男爵に挨拶、そのまま

男爵の元で一泊だったから、到着までの休憩は3回ほど取るだろう。


出発から二時間ほど過ぎ一度目の休憩を取る。

近くに小川があり、かつ領軍の訓練キャンプ地として利用される広場に

馬車が停まる。

「お嬢様、休憩のために停車いたしましたよ。

 ほらユアさんも起きてください。」

いつの間にか、寝てしまわれたお嬢様と始めから寝ていたユアさんに声をかける。


「もう着いたのかしら?」

「いえ、一度目の休憩場所として予定していた地点についたので、

起こさせていただきました。」

「そう、ありがとう。とりあえず、淹れたての紅茶が飲みたいわ。」

「畏まりました。外にテーブルとイスの準備が出来ておりますので、

 そちらでお待ちになりますか?」

「そうするわ。案内して。」

「はい、お嬢様。とその前にまだ起きていないユアさんを起こさせていただきますね。」

「ユアは、起こさなくていいわよ。本人がそう言っていたから。」

「そうですか。では、案内させていただきますね。」(まあ、お嬢様が許されるならいいか)


この休憩ポイントは森に入る手前にあり、街からここまで広がっていた草原との

境目でもある。

ここからは、先ほどまでとは違い視界が悪くなるので、

森で訓練している領軍の部隊にも協力してもらい進むことになっている。

なので、その部隊との合流地点としても活用している。

整地されている土地の草原側の端には、領軍の小屋があり、そこで待機していた兵士に

キッチンを借りて紅茶を淹れる。


お嬢様が紅茶を飲み終わるのを待っていると、セントさんに呼ばれる。

「お嬢様、少々セントさんの所に行ってもよろしいでしょうか?」

「ええ、いいわよ。手短にね。」

「では、失礼いたします。」



「セントさん何か御用ですか?」

「アルには次の移動中、外で警戒してもらえないかと思ってな。

 もちろん、配置はお嬢様の馬車横で構わない。アルの代理はカーラにさせる。

 どうだ?」

「私はいいですけど、お嬢様の許可を頂かないといけないのでここでは決めかねます。」

「おお、そうだったな。じゃあ今から、言いに行くか。」



「―――ていうことなんで、アルを借りてもいいですかな、お嬢様?」

「まあ、街につくまでなら別にいいわよ。それと、リュカも呼んでおいて。」

「ありがとうございます、お嬢様。リュカにもさっそく声をかけてきますんで、

 これで失礼。」

「お嬢様、紅茶のおかわりはいかがいたしますか?」

「もういいわ。それよりもあなた自身の準備をしてきなさい。

 そのついでにカーラをここに呼んでおいて。」

「畏まりました、お嬢様。」


まずは、装備を整えなければいけませんね。馬車の座席にしまってある

武器を取りに行きますか。ついでにユアさんを起こしてあげなければ。


「ユアさん、そろそろ起きないと休憩時間が終わってしまいますよ。」

「スース―」

肩を揺すろうと手を伸ばす。だがその手は、途中で止まる。

ユアさんが狸寝入りしているだけだということに気が付いたからだ。

「ユアさん、起きていますよね?忙しいので放置しますよ。」

「ふわぁ~今起きた…起こしてくれたんだね、ありがとう。」

「最初から起きてくださいよ。それじゃあ、私は行きますので。」


馬車を降り、カーラさんがいるであろう馬車に向かう。

すると、カーラさんとリュカさんに事情を説明しているセントさんを見つける。

カーラさんは、オレンジ色の髪をロングでストレートに伸ばし、リュカさんは、料理人という職業柄なのか、カーラさん譲りの髪を肩までの長さでそろえ、首の後ろで結んでいる。

近づいていくと、気配で察知したであろうセントさんがこちらを見て呼ぶ。

「相変わらず、探知能力の精度が高いですね。」

「まあな、これも経験がなせる技だからな誰にも負けられんさ。

 と、そんなことよりもうこっちに合流でいいのか?」

「ええ、大丈夫です。それとカーラさんをお嬢様が呼んでいるので、お伝えしにきました。」

「あら、それなら早く行かないといけないわね。アル君ありがとうね

この人のわがままに付き合ってくれて。」

申し訳なさそうに言うカーラさんに対して、

「構いませんよ。ちょうど、体を動かしたかったので。」

その言葉を聞き、少し安堵したカーラさんは、お嬢様が待つテーブルに向かった。


「さて、じゃあこっちも準備を済ませに行くか。リュカもさっきの話頼んだぞ。」

「ええ、任せて!パパ。アル君もお嬢様は私に任せて!」

「はい。こちらこそよろしくお願いします。リュカさん。」

「お礼は、料理の新レシピ考案に協力してくれたらでいいよ。」

「お安い御用ですが、王都に着いてからになりますね。」

「全然、それで大丈夫!それじゃわたしもお嬢様に会いにいくわ。」


駆けていくリュカさんを見送り、セントさんについていく。


「さて、ようやく男同士の話ができるな。」

「わざわざ、呼んでおいてそういう話ですか。」

「すまん、言い方が悪かったな。真剣な話をするつもりだ。

 最近アルに稽古をつけてないから、この旅でまた再開してやろうと思ってな!」」

「ああそういう事ですか。ならこちらからお願いしたいことですよ。

 ぜひよろしくお願いします!」

「お、おう。そう言ってくれるなら言い出してよかったぜ。

 とにかく、この後の移動中は、馬上での警戒訓練といこう。」

「はい、それと防具はこの服で十分ですよね?武器は、暗器とこの剣しかないのですが。」

「防具については、そのガッチガチに守護がついている外套があるから大丈夫だな。

 だが、その外套どこで手に入れたんだ?かなり良いものだぞ。」

「知り合いの商人に、耐刃の守護がついた外套を注文したのだけなので。

 それにしてもこれは、そんなに良いものだったとは。

それならば、いつかお礼をしないといけませんね。」

「まあ、大事に使っている姿を見せるだけでも相手には十分伝わるだろうさ。

 それよりも、武器は少し物足りないな。この投げナイフ5本セットをやろう。

 昔愛用していた魔道具でな、このケースに入れておくと魔力が充填されて、

 ナイフに仕込んである術式が使えるようになるって代物だ。

 術式は、職人に頼めばいろいろと楽しめるぜ。今は、投げたナイフが

 入っていたホルダーの穴の横にある魔方陣に同期して戻るようにしてある。」

「こんな貴重なものを貰ってもいいのですか?

それに愛用品だったと言いましたよね?」

「いいさ、俺が作ったからな。今はそれよりかっこいいのが俺の相棒になってるからな。」

「そ、そうですか。そういうことならありがたく頂戴します。」

「そうそう、こどもは素直に貰えるものをもらっとけ。」

「はい。まだこどもですから素直に受け取っておきますね。」


セントさんと武器の使い方の話をしながら馬の準備に向かう。

警備の打ち合わせを済ませ、馬に騎乗して出発の時を待つ。


お嬢様が出発の合図でも出したのだろう。先頭を務める兵士が動き、馬車の列が形成された。

これから入る森に目をむける。

うっそうとした森には、陽光が入りにくいようで、

森の中に入ってしばらくたったころ

セントさんが何か企んでいるのかニヤニヤとした顔で近づいてくる。

「アル、さっきのナイフ早速使ってみないか?」

「ええ、まあ実戦でどのように使えるかを試してみたかったのですが、

 わざわざ聞くということは、モンスターが近づいているんですね?」

「ああ、そういうことだ。ウインドボアが一匹と、ゴブリン3体のようだ。

 向きも進行方向右側、つまり俺たちがこのまま迎え撃つことになる。やってみるか?」

「はい、お嬢様に危害が及ばないようにするのも私の仕事のひとつですからね。」

「そうか、ならお前にはゴブリンを狙ってもらおう。そのほかは俺とこいつらで仕留めてやる。」

そう言いながら、兵士の方を親指で指す。


それから5分後、接敵する。

さて、セントさんに頼まれたのは、ゴブリンでしたね。

手持ちのナイフは5本、相対したゴブリンは2体。

残りのモンスターは、兵士の方々の弓とセントさんが投擲した槍によって倒されている。


早速、ホルダーからナイフを2本取り出し、それぞれの手に持ち、狙いを定める。

ゴブリンたちがこちらに走ってくるのを、ナイフを投げ妨害を試みる。

ゴブリンたちは、それぞれの胸に生えているナイフによって生じた激痛が、

元々醜く歪んでいた顔をさらに歪ませる。

そのまま倒れこむゴブリンに近づき、とどめをさす。


「アル、ナイフを呼び戻してみろよ、楽だぞ。」

「あ、そういえばそうですね。」

腰につけたホルダーに手を添える。すると、ホルダーにナイフが

戻ってきたのを重さで理解する。

戻ってきたナイフを手に取る。

そこには、ゴブリンの体液などはついておらず、綺麗なままであった。

「もしかして、ナイフ自体にしか作用しないからですか?」

「そうだ。まあ、そういう範囲も変更できるから、しばらくは、俺に相談しろよ。

 簡単な術式の変え方なら教えてやるからよ。」

「ありがとうございます。ぜひ、相談させていただきますね。」

「おう、俺に任せろ!じゃあ、馬に乗って待ってろ。」


「おい、モンスターの後始末終わったか?」

「はい。弓矢と隊長の槍も回収しましたし、魔法による焼却処分も完了しました。」

「よし、じゃあ移動再開だ!」

セントの号令により、停まっていた馬車の列はセーゲル男爵の屋敷に向けて走り出す。

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