第12話 あっという間の3か月


1月3日 早朝

いつもと変わらぬ時間に目を覚ます。

心地の良い眠りを提供してくれたベット様から体を起こそうと上体に力を入れる。

「ぐぅ」と思わずうめき声が口からこぼれる。

それは、全身の痛みに堪えたがためにもれた声。

昨日の模擬戦で全身筋肉痛になったようですね。

まだまだ、鍛錬が足りないようだ。

痛む体を無理やり動かさせ身支度を始める。


それを屋根裏から覗く小さな深紅の双眸があった。

しばらくすると早朝の清々しい朝の空に飛び立つ蝙蝠がいた。


きしむような痛みに耐え、お嬢様を起こしに行く。

その後は、午後まで特筆することはなく時間が流れていった。


今は、お嬢様とこの大陸の歴史や地理といった春からの学園で学ぶことを先取りして、学園での魔法や戦闘訓練に注力できるよう、机と一体化でもするかのように取り組んでいる。

かくいう私も戦闘訓練には強制参加ですので、お嬢様と同じく最近は机と共に過ごす日々が続いています。



~それから時間は雪解け水が勢いよく流れる川のように過ぎ去り、

                 王都の学園へ向かう日が明日に迫っていた~



3月18日


 いつもと変わらぬ朝を過ごし、お嬢様から明日の出発に向けて

今日一日お暇を頂いた。


とりあえず、この3か月で学んだことをこの日記に書いておこう。

使用人控室のユアさんとよく向かい合わせで使用する机に向かう。


 ・この大陸の名前はイーポニア大陸という。

 ・形はオーストラリアに似ていると地図をみて感じた

 ・このイーポニア大陸の中央には、ザンク帝国が大陸の覇権を狙いつつ、

  虎視眈々力を集めているようだ。

 ・その帝国の西側の国境に接している国として、私が生まれ育ったレザルド王国

  がある。

 ・その中でも、ローゼンハイツ辺境伯として、直接帝国から国を守るべく土地

  を治めているのが私がお仕えしている家となっている。


 ・レザルド王国は、山が多く平野が少ないということからあまり帝国からは

  狙われていない。

 ・最近は、レザルド王国西側に広がる大海で航海可能な船が建造されたらしく、

  新たな恵みが得られるにではないかと期待されている。


 ・この世界自体の成り立ちとして伝承されてきた物語があった。内容について 

  は、お屋敷の書斎にあったのでまたいつか写本する。ここでは、要約として

  記しておく。


   昔、晴れ渡った空に幾筋もの光が災いとして降りかかった

   それらは、人に仇なす怪物として襲い掛かってきた

   巨大な怪物、別の場所では、群れをなして舞い降りてくる怪物、

   様々な形態で徹底的に人類を恐怖に陥れた


  現実に起こった悪夢のような状況に神が救いの光で生き残っていた人々に

  力を与えた


   そこからは、人類が巻き返したがその結果、大地は裂け海は荒れ文明を

  維持することができなくなり魔物との戦いは終わりの見えないまま今に続く


ふむこのまま書き続けたら日が暮れてしまいますね。

残りは、また別の機会にしましょう。

パタリと開いていた日記帳を閉じる。


ユアさんがつまらなそうな顔をしてこちらをジィーと見つめていることに気づく。

(普段から無表情に近いのでほとんど変化はないですけれどね)

「ユアさん私に何か用でもありましたか?」

「別に…ただアルを見ていただけ……」

「そ、そうですか。では、行きますね。」

立ち上がり、椅子を元の位置に戻すと扉に向かう。


背中で人の気配を感じ振り返る。


先ほどと変わらぬ表情で、近づいていたユアさんがそこにいた。


「やっぱり、何かありますよね?」怪訝な気持ちが顔に出る。

「どこに行くのかと思って…」何でもないようにけろっと言う。


「街に買い物に行こうかと。明日には旅立つので。」

「そう…じゃあわたしも行く……」


「お仕事はよろしいのですか?」

「今から非番。そう決めた…」

「そ、そうですか。では行きましょう。」

断られるということを一切考えていないであろう言葉に諦めて許可を出す。



お互い仕事着のままで街に繰り出した。

「とりあえず、雑貨屋にしか用事ないのでさっさと終わらせて帰りますよ。」

「うん。しかたない……非番の時間もあまりないから」


「どう考えても、非番がさぼりにしか聞こえないのですが…」

「気のせい……それよりも雑貨屋はあそこじゃないの?」

ユアさんはふいっと今来た道を振り返り、あるお店を指さす。


「ええ、あそこもいいのですが、よく行くところがありまして、挨拶もかねているんですよ。」

「そうなの…」(ということは、あの女がいるお店…)


それから、黙り込んだユアさんを連れ、露天商などで活気が溢れる大通りをしばらく進み、目的のお店に到着する。

お店の扉を開きユアさんを通す。



「いらっしゃいませ!」

快活で心地よい声を耳でとらえながら自分も店内に入る。

すると、先ほどの元気な声が尻すぼみながら私の名前を呼ぶ。

「あ、アルさん、こんにちは…」

「シイナさんこんにちは。」

シイナさんは、この雑貨屋の店主と親戚関係にあることからここで働いている少女で、確か私よりもふたつ下だったはず。

桃色のサラサラとした髪が俯きがちな小さい顔を隠すように垂れている。

そのすきまから覗く琥珀色の瞳が、低身長ゆえに見上げるように見た先を探す。

うん?ユアさんかな?また人見知りでも発動しているのかな。


とりあえず、ユアさんを紹介しておこう。

そう思った矢先ユアさんの小さな唇が動き出す

「シイナさん初めまして、アルの彼女でユアです。」

その衝撃発言に私もシイナさんも固まる。


「し、シイナさんこの人の言ったことは忘れてください。

 ユアさんは姉…ただの仕事仲間です」


シイナさんはそれに対して、ほっとした雰囲気で言う。

「ゆ、ユアさんって冗談が好きな方なんですね…ユーモアがあっていいと

 思います。」


ムッとした顔で

「冗談ではない、今は違う…けれど、いつかはそうなる予言…」

「そんなことは起きませんよ。

 それよりも今日は注文していた外套の受け取りと、

 王都に出発するのでそれについての挨拶をしにきたのですが…」

「はっそういえば、今日でしたね…今お持ちします。」

そう言い残し店の奥に駆け込んでいく。



しばらくはこの店に来ることはできませんね。

他に何か買うものはないか店内を見回す。

個人商店であるため、規模としては大きくないですが品揃えは大手商会と

被らないように巧みに仕入れているらしく、一般にはあまり出回っていないものが

ちらちらと棚に置かれた商品に混じっているのが見える。

このお店は店主の趣味半分で運営されていて、この売り場よりもお店の奥に

ある倉庫に貴重な物が集められたコレクションルームができてしまっていたりと、

経営状況がどうなっているのか気になるものです。


そんな店を見回していると横からプレッシャーを感じる。

その正体は先ほど、痛い発言をしていた女性でしょう。


ちらっ、やはりユアさんが睨んでいた。


その後、シイナさんから外套を受け取り、会計を済ませる。

手短に挨拶を済ませ、お店を後にする。


最後にお店の外観を目に焼き付けよう。お屋敷への帰路に足を向けたが

その場で振り返り確認する。

やっぱり店主の顔を模した立体看板は、この世界ではユニークすぎて違和感がありますね。


まあ、ぽろっと開店前の店主にこの案を出してしまったのは私ですが。

まさか、10年前のまだ5歳のころ、

この街で出会った風変りな旅人がお店を開くとは思いにもよらないことでしたからね。



さて、この店についてのエピソードはまたいつか振り返るとしますか。

今は、この睨み魔をなだめつつお屋敷に帰ることの方が大事のようですから。


「ユアさん、とりあえずその視線どうにかしてくれませんか?」


「……………」


この状態のユアさんは放っておくと後が怖いですからね…

「先ほど無視したのは謝りますから、とにか――」

あれ、ユアさんがいない、さっきまで横にいたのに。

この大通りにいるはずだと辺りを見回す。


露天商の女性と、話しているユアさんを見つけ近づく。

ユアさんの元にたどり着いた瞬間、

会話を終えてこちらを振り向いたアイスブルーの瞳と目が合う。

「ユアさん、何か買われたのですか?」

「別に……ここで、何か買ってくれたらさっきのことは忘れてあげる。」

ふと思いついたように言いなすユアさんに、苦笑いしつつ応じる。


さっと露天商が広げている商品を観察する。

その中でユアさんの瞳を想わせる色の魔法石が、埋め込まれた銀製のペンダントが目につく。

「これにします。あ、私が決めてよかったですよね?」

「うん…もちろん。アルのセンスに期待していたから。」


「じゃあこのペンダントでお願いします。」そう、店主に声をかける。

「彼女さんへのプレゼントかい?サービスしといてあげるよ!」

「えっとそういうわけではないのですが――」横からの圧力が高まったのを感じ、

「いえそうです。カノジョです。ハイ。」無言の圧力に屈した。


会計を済ませ、ユアさんに渡す。

「ユアさんどうぞ。」

「うん。ありがとう……少し後ろを向いてて……」

「はい。」なんだろう、ペンダントをつける姿でも見られたくないのだろうか。

そう考えていると、首に何かひんやりとした物が当たる。

首には、さっき渡したはずのペンダントがある。

心なしか購入時より輝いている気がしなくもない。それよりも、

「これって私がつけるのですか?てっきりユアさんが身に着けるものかと。」


「それをアルが選んだ時からアルの物と決めていた……

 だって、わたしの瞳と同じ色のペンダントを首から下げていたら、

アルがわたしと何か深い繋がりがあるんじゃないかって、

そうみんなが考えてくれるはずだから……」




「アル、そのペンダントを肌身離さずに過ごしてくれるよね?

 そうしてくれるならわたしの機嫌も直る。」


普段の眠たげな表情でも、先ほどまでの静かな怒りのオーラを出しているわけでもなく、見たことのない妖艶な笑みを浮かべるユアさんに困惑しつつ、

いつもの調子で答える。

「これを身に着けるだけでユアさんの機嫌がよくなるなら、喜んでつけさせて

 いただきます。

 そんな魔法のような便利なものなら肌身離さず着けることを誓いましょう。」


「そう、それでいい…

 それよりもお嬢様に頼まれていた仕事を済ませることが今は大事……」

「え、何かありましたっけ?」

「お嬢様の荷物を纏めること。」いつもの眠たげな顔でさらっと言う。

「やっぱり、ユアさん休みではないじゃないですか!急いで帰りますよ」

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