第11話  お嬢様の得た力 後編

さて、勢いよくお嬢様の前に立ちましたが、

この地獄を切り抜けるにはどうすればよいのかという問いに、

身を挺するという答えが私の脳内を占めていたため、

サーシャさんの動きに気づくのが遅れる。


「アル君!突っ立っているだけじゃ消し炭にされるわよ。」

「さっさと動きなさいアル、あなたごと燃やすわよ。」


ふたりの言葉で現実に目を向けると、前方から自身の体よりも大きくて、

赤々とその存在を主張している炎の塊が迫る。


そして、冷や汗で濡れた背中が、一瞬で乾くのを感じ取り背後からも同様の熱さで

暴れまわっているであろう炎の存在を知る。


両者の熱いエネルギーで挟まれた危機的状況から反射的に体が動き、右手に持っていた模擬剣を目前に迫る炎塊に投げつけ、そのままの流れで左側に転がり込む。



揺れる視界の中で状況を確認する。

剣が接触したことで多少勢いが弱まった炎塊は、お嬢様が生み出した何かの

生き物のように動く炎と衝突し、大きな衝撃音と小さく散り散りになって消えていく

火の粉が舞っていた。


「申し訳ありません。お嬢様!」

「その体たらくは、後でしっかりお話します。

 それよりも今は、ペアとしての務めを果たしなさい!」

 その言葉によって、今はお嬢様の矛として前に出なければいけないことに気づき体を動かす。


様子を見ていたサーシャさんが口角を上げ、アメジストのような瞳は嬉しそうに輝いている。

「アル君から来てくれるのね。嬉しいわ。」

「これが私の役目ですからねっ」

走り出すが、後数歩というところでサーシャさんが練り上げた魔力が炎へと変換され、壁のように襲ってくる。


盾を前面に押し出し、腕輪に魔力を集めることで、軽減効果を得る。

そのまま、炎壁に体当たりを仕掛けサーシャさんの目の前に飛び出す。


その勢いのままタックルをするが、サーシャさんの姿が掻き消える。


「まさか!お嬢様の方に――」

急いで、お嬢様の方を振り返る。


その視線の先にでは、

「こちらに来ることは予想していたわ!」

「そのようね。」

お嬢様が炎の渦で自らを守り、サーシャさんの奇襲を防いでいる状況に、

張り詰めた緊張の糸がぷつりと切れそうな気持ちになる。

安堵した気持ちと自らの不甲斐なさに呆れる。


そのような油断を突かれる。


「でもこれはどうかしら?」

背負っていた弓を素早く手に持ち、矢筒から矢を抜き、弦を引き絞る。


その矢が放たれたのを左頬に生じた痛みで理解する。

「アル君油断はだめよ。本来は頭打ち抜いていたのだから。」


しまった、ここからはお嬢様一人で対峙されることになる。

お嬢様がもしお怪我でもされたら、潔くクビになろう。


とぼとぼと小屋の方に引き返すアルを尻目に、

「さて、ここからは女同士熱い戦いでもしようかしらルース?」

「ええ、そうね。ついでにこの戦いで貴女からもう学ぶことはないと証明してあげるわ。」

「あらあらルースったら~寂しいこと言うのね。

 でもまだ足りていないわよ。特にギフトの扱いとかね。」


「昨日の今日で扱えるわけないでしょう。

これは独学でするから、貴女の教えなんていらないわ。」

「そう、なら本当に私から卒業できるか証明してごらんなさい。

私が受け止めてあげる。」

「その言葉、後悔しないようにね!」


熱い戦いが再開されようとしている。



ここなら手出ししたという疑いもかけられないだろう。

そう思いながら、小屋の前に設置されているベンチに腰を下ろす。

お二人が何か言いあっているのはわかるが、内容は聞こえない。

話し合いが終わったのだろう。お嬢様が魔力を頭上に集められ始める。



それから、一分ほど魔法の準備をしたお嬢様は、掲げていた右手をサーシャさんに向け叫んだ。


〈火炎竜の息吹〉と。


その瞬間、直視するのが難しいほどの光量で放たれたビーム状の魔法がサーシャさんを襲う。


その光景を見ていたが、あまりの眩しさに目をつむった瞬間、強い衝撃と熱波により意識を刈り取られた。


「へえ、ルースのギフト【火精霊の寵愛】は、火精霊の眷属の力でも使役しているのかしら」

軽い口調で分析しつつ、自身の魔力を前方に集め、シールドを形成する。


そのシールドに魔法が着弾すると、そこで進めなくなった魔法が拡散し、

辺りに甚大な被害を及ぼした。

もちろん離れて観戦していたアルも、アルの心の休憩所であった小屋も例外なく。

その場には、魔力が枯渇し荒い呼吸をするルースと涼しい顔で受け止め切ったサーシャが立っているだけであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る