第8話 お嬢様の家庭教師? 中編



今、私はお屋敷の裏にそびえる険しい山にいます。冬以外なら自然の恵みに富んだ良い山なのですが。うん?なぜ山にいるかって?件の家庭教師がその山の中腹に住んでいるためです。とまあ、肌に刺さるような冷気が支配しているのに登山させられている自分に対して質問をして軽く現実逃避していたのですが。

「それにしても、小さなころからこの山を登ってきたけど、あの先生は、なぜこんなところに住んでいるのだろうかと常々思うな~。」とこの場に自分ひとりだと思い気の抜いた独り言をつぶやく。ああ、前世みたいに通信する手段があればこの山を登らなくていいのにと思いながら歩く。すると、ヒュッという風切り音が後方から耳に伝わってくる。咄嗟に急所である頭や首を守るべくその場に跪いて、風切り音の発生源であったものが、頭上を通り過ぎていくのを確認するとそのままの姿勢で振り返り次に備える。



わたくし、山の中腹に家を建て住んでいる変わり者とアル君に思われている者ですわ。いつもわざわざ麓のお屋敷からわたくしを呼ぶためだけに来てくれるアル君には感謝するけれど、この山の範囲ならわたくしの魔法による探知が可能ですので、アル君が登ってくるのは把握しています。なので、ゆっくりと温かい紅茶を楽しんでから外出用の服に着替えることにしましょうか。ベットからその痩身を起き上がらせる。その動きに合わせて亜麻色の長髪が動きだす。立ち上がると、病的までに白い肌を隠していた寝間着を脱ぎ捨て、いかにもエルフだと思わせる自然な緑で染め上げた服に着替える。そして、そのか細い手で軽く髪を整えるとテーブルの上に放置されている昨日の夜に淹れたままの紅茶が入った使い古しの陶磁器のポットからカップに注ぎ、そのカップの内側にできた琥珀色の世界に魔法で温めるため魔力を集める。ほどよい温度になったのを確認し、肌とは違い健康で瑞々しいルージュの唇にカップを近づける。うーん、やっぱり誰かに淹れてもらった紅茶の方が飲みたいわね。今度、アル君に用意してもらおうかしらと思いながら紅茶を飲み干すと、そのカップをテーブルに置き、弓と矢筒を背負いアル君の近くに転移する準備を始める。

そして、この世界では、幻とすら言われている転移魔法をなんの気負いもなく発動させる。目の前の風景が変わり、「それにしても、小さなころからこの山を登ってきたけど、あの先生は、なぜこんなところに住んでいるのだろうかと常々思うな~。」というアル君の独り言が聞こえてくる。それを聞きながら弓に矢をつがえ弦を引き絞る。アル君の頭の少し上を狙い矢を放つ。それと同時にアル君の真後ろに転移し、両手を使って目をふさぐ。


「アル君の負けね。」と嬉しそうな声と、目元を覆う温かい手の感覚を感じながら、この襲撃者の名を呼ぶ。「サーシャさん、たまに襲撃するのやめてくれませんか?」と呆れ顔で言う。 「ふふ、その願いは受け入れられないわ。」だって、これもあなたのためだもの。

「襲われるたびに言っているので若干諦めましたよ。それより、お嬢様がお呼びですので早く行きましょう。というか、この手をどけてくれませんか。」

「負けたアル君には、このまま転移してもらうわ。」とからかうような言葉とともに、浮遊感に包まれる。


跪いたままの体勢で、転移させられると手をついていた地面が、カーペットのような柔らかい感触になっていることに気づく。なんとなく、話の流れからお屋敷のほうに転移させられたのだろうと思い、「そろそろこの手外してください。まったく状況が掴めないのですが。」と言うと「ほんとに離していいのかしらね~」と言いながらスッと解放してくれる。

その言葉に疑問を抱きながら、開かれた視界で周囲の状況を確認する。すると、化粧台の前で、鏡越しにこちらを見て固まるお嬢様がいらっしゃるのを視認した瞬間。「申し訳ありません!すぐに退出致します!」という言葉を残して脱兎のごとく部屋の外に出る。そして、お嬢様の部屋から充分離れたのを確かめると、先ほど見た光景を振り返る。それにしても、勢いで退出したけれどお嬢様は、何をしていたのでしょうか。



閉まっていくドアを視界に捉えながら、服の上から揉んでいた存在感の薄い胸から手を放しこの状況を作り出した元凶であるサーシャをにらむ。「淑女の私室に無断で入ってくるなんてどういうことかしら?」

すると、楽しそうな表情を浮かべながら「思い人に揉んでもらったほうが効果あると思うわよ。」と言ってのける。それにほほを赤らめながら、反撃する。「なら、あなたは思い人に揉んでもらえなかったからその壁なのかしら?」「ふふ、私は思い人がまだいないだけよ。」と涼しい顔で返すサーシャ。それを見て、言い返すのが馬鹿らしいことではないかと思い、本来の話に戻す。「まあいいわ、いつか現れるといいわね。それよりも仕事をしてもらうわよ。」

「はいはい。仰せの通りに。」と言うと、テーブルと共に置かれている椅子に腰かける。

「さて、あなたはどんなスキルが見えるようになったのかしら?」と先ほどまでとは違い真剣な面持ちで問いかけてくる。対面の椅子に座ると「予想とあまり変わらない結果になったわ。」

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