第6話 成人の儀 後編
記念パーティーが終わり、お屋敷の中の明かりが消され、警備担当の者以外が寝静まった時間帯。その闇にちいさな人影が、その暗闇に舞うのは赤い髪。そして、そのちいさな人影が、ある部屋の扉の前で立ち止まる。そして、一度息を整えると目の前の扉をノックしようとする。その細い指が何重にも塗り重ねられたことで頑強な塗装となった固い木製の扉に触れる直前、その部屋の主であろう人の声が聞こえてくる。「ルース、そのまま入ってきなさい。」といつもの優しく陽気な雰囲気ではなく、辺境伯家の当主としての経験から生み出されただろう重い雰囲気の言葉がルースの中に響く。
その言葉に従いノックしようとした手をそのまま、ドアノブに手をかけることにして、外開きの扉を開き中に入る。すると、声の主であるジェスタが執務机に向かって座り、何かの資料を見ているのが翡翠色の瞳に映る。そしてその背後に、サエルが控えているのを見てサエルも知っている側なのねと理解する。
「今朝のお約束の通りきました。これで、お話していただけるのですね?」と真剣なまなざしを父へ向ける。
「ああ、もちろんするとも。だが、その前にそこの子猫を部屋に入れてあげないとね。」といつもの調子で言う。すると、さっき開いた扉が開き、ユアが姿を現す。
「盗み聞きはよくないからね。まあ、元々ルースを呼べばついてくると思っていたから不問にするよ。」と呆れ顔で言う。
反省などしていない普段と変わらぬ無表情で「わかっているならいい…はやく話を始めて。」とユアは言う。その態度に誰も反応せず、ジェスタが続ける。
「仰せの通りに話を始めようか。なぜ私がいつもアルを同じ食卓に誘うのか、それは、今から話すが、誰にも言ってはいけないよ。このことだけは絶対に守ってもらう。」
ジェスタがルースとユアの二人を順番に目で追い、了承を求める。
「ええ、父上がそこまで言うことですもの、誰にも秘密にすることを約束致しますわ。」と真剣な面持ちで答え、ユアは当然と言いたげな表情で、「私は口が固いから問題ない…」と言う。ジェスタはその返答に頷きで返し、再開する。「単刀直入に言おう。アルには、我々ローゼンハイツ家の血が流れているのだ。私には妹がいたことは知っているだろう?」と問いかける。それに対して「庭にある、花々で彩られた丘の上に建てられたお墓の方ですよね?」と思い出すようにルースが答える。「ああ、そうだ。妹のサレスティアは、すでにこの世にいない。ティアが嫁いだ家は、モンスターの大規模な群れにその領ごと侵略され、あとかたもなく消滅したことまでは、昔教えたが、その時の出来事にひとつ教えていなかったことがある。それは、ティアが私にアルを託していたことだ。もちろん古参の家臣には、知っているものがいるがその者らにも秘密にしてもらうことを了承してもらっている。だから、ほとんどの者の認識がアルの親はここにいるサエルとその妻になっている。」
ルースはアルに同じ血が流れていることに驚き、言葉がでない。その横でユアは冷静に問う。「アルの出自にそこまで厳重に隠蔽する理由は何?」その質問に頷き、当時を振りかえるようなそぶりで語る。「あの当時、荒れ地と化した領土に隣り合う家々が、その土地を手に入れる口実として、当主に連なる家系の生き残りを躍起になって捜索していた。そのような者たちにまだ生後一か月のアルを渡したらどのような扱いを受けるかわからなかったのだ。だから、アルをサエルの子として扱うことで安全な暮らしを確保できると信じ、今までそうしてきた。これからもアルは、サエルの子であることは変わらぬ。」と言い切ると、ルースの前に立ち、「これからもアルにたくさんわがままを言いなさい。アルは喜んでこなしてくれるさ」といつもの調子でアドバイスする。それに対して、自身満々に胸を張り、「当然よ!
アルは私の執事なのだから」という言葉を最後にその集まりは解散となった。
ルースとユアが退出した後の部屋で、ジェスタに対して、サエルが意見を述べる。
「本当のことは言わなくてよろしかったのですか?来年の成人の儀でどうせわかってしまうことでしょうに」ジェスタは難しい顔で答える。
「あと一年、この平和な生活をさせてやりたいという私のわがままだ……」
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