第3話 いつもとかわらぬ日常? 


カップの内側に存在していた琥珀色の世界はすっかりお嬢様の体になじみ、紅茶の持ちうるその効果が効いたのか、落ち着いた表情でお嬢様が椅子に深く身体を預けられる。そして、少し思案気な表情になり、

 「今日はついに成人の儀ね」


とお嬢様がまた少し緊張した表情で仰った。それに対して私はお嬢様の緊張をほぐすために笑顔で答えた。


 「ええ、そうですね!これでお嬢様もやっと大人の仲間入りです!」

 「ちょっと、それじゃあ私が手のかかるこどもみたいじゃない?」と少し顔の筋肉に休みなさいと言い聞かせながら、反撃の言葉を発する。

 「イイエ、私はソノヨウナこと一切考えておりません!」

 「まあいいわ、さっさと食堂に案内しなさい。お母さまたちを待たせてしまうじゃない」

 「畏まりました。お嬢様。」と言いながら、お嬢様が席を立たれるのを待ち、扉に手をかけた。そして、ユアさんは今朝の大役を務めたカップを回収してすでにワゴンの元へ移動していた。お嬢様を伴い使用人用の食堂とは別に造られたお部屋に向かう。その最中、懐中時計で時間を確認し、まだ余裕があることに心の中で安堵する。

その光景を後ろから眺めていたルースグロアは、所々新しい部品に交換されているが、大事にしているのが伝わってくるその時計を見て、私にももう少しその優しさをストレートに伝えてくれないかしらと思いながら、その時計に羨ましいオーラを纏ったジト目で視線を送った。


そして、食事が行われる部屋の前に着くと、コンコンと大きくも耳障りな音にならないよう配慮したノック音が辺りに響く。

 「ルースグロアお嬢様をお連れしました。」とノックの音が役目を果たした後にアルサレスが言う。すると、部屋の中から旦那様であるジェスタ様のお声が扉越しにこちらへ届く。

 「うむ、入りなさい」という言葉を聞き静かにそれでいて遅すぎない速度で扉を開き、お嬢さまをお通しする。それに続いて、部屋に入り状況を把握する。お部屋の広さは、真ん中に置かれた10人程が一度に使用しても余裕があるサイズのテーブルが、邪魔にならない程度で、お部屋やテーブルの装飾は、控えながらもその高級感が隠しきれていないといった物が使われている。そのテーブルの上座に用意された椅子にジェスタ様が座られ、その斜め前に奥様であるサエラ様が座られている。サエラ様は、ユアさんの伯母にあたる方でもある。その容姿は、ユアさんと同じ髪色で、その大海原を彷彿とさせる御髪を腰元まで伸ばし、お嬢様と同じその翡翠のような色の瞳でユアさんとは違い、いつもにこやかで、暖かな太陽を思わせる笑顔が、その周囲に穏やかな空気を漂わせる。背丈はお嬢様とほとんど変わらないのですが、スタイルにつきましては、シンプルですが、気品ある緑を基調にしたワンピース風のドレスを着こなし、その胸元には、緑豊かな丘を思わせる母性のかたまりが鎮座されておられます。そのサエラ様の正面の椅子を引きお嬢様をご案内し終わったことを確認し、後は、その部屋に元々からおられるメイドの方々に引き継ぎしようと一歩引いたとき、ジェスタ様がにこやかな表情で言った。

 「アル、君も一緒に食べないかい?」

 「申し訳ございません。私は、ご一緒できる身分ではございませんので」と真面目な顔で固辞する。といういつものやりとりなので、ジェスタ様も、

 「そうか、なら仕方ないね。すまなかったな、もう下がっていいよ」と一瞬、目を伏せるも、気をとりなおして、仰る。

 「では、失礼いたします。」と扉の前で一礼し退出した。その足で、隣の使用人控室に入ると、すでにユアさんが部屋に置かれた6人程が一度に使えるテーブルに突っ伏し、テーブルの一角がユアさんの髪によって海のようになっている。

 「アル、私にも紅茶を所望する。」と突っ伏したまま言う。

 「はいはい、いつものですね。」と言いながら、いつものことだなと思い、紅茶の準備に取り掛かる。

 

そのころ隣の部屋で食事の配膳待ちをしている三人。

 「父上、またアルを困らせることを言うのね」と呆れながらその真意を問う。

 「そろそろ私にも教えてくれてもいいんじゃないの?」すると、いつもとは違い、真剣な表情で、「今夜理由を話そう。けっして誰にも漏らしてはいけない秘密をね。」とジェスタが言う。その時、部屋には、三人を除いて誰一人いなかった。

 そして、「ええ、わかったわ」とルースグロアが神妙な面持ちで頷いたタイミングで、メイドたちが料理の載ったワゴンと共に戻ってきた。


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