3:人と魔法を繋ぐモノ

「お姉さん…あのね、魔法なんて嘘だって…そんなことないよね」


 あれから数日後、予想通りやってきたみどりちゃんは、少しやつれているように見えた。

 これだけ両肩にベッタリと悪意の塊を乗せていれば疲れるし、ネガティブな気持ちになるよね…と同情してしまう。彼女の周りにいる花弁ドレスの隣人花の妖精たちもどことなく元気がない。


「魔法はね、信じている人には本当で、疑う人にとっては嘘みたいなものなの…」


「あやかちゃんが…うそだって。あやかちゃんのおかあさんはすっごく高いお金を払ったのに、みどりは200円なんておかしいって…いんちきだって言うんだもん…。でも…わたしちゃんと見たの!夢でドレスを着た女の子たちが探しものを手伝ってくれてるの見たもん…」


 みどりちゃんを来客用の椅子に座らせて、りんごジュースを差し出したけれど、一口もジュースを飲まないまま、彼女は誰にも言えなかったであろう不安を吐き出し始めた。


「そうねぇ…。普段はしないんだけど、特別よ?夢で姿を見せたってことは、あの子たちも見られて平気ってことでしょうし」


 元気がなく漂っている彼女たちに視線を送ってみる。花弁ドレスの隣人花の妖精たちは、嫌がる素振りも見せずに私の肩の方へふわふわと翔んできた。


「じゃあ、私の足の甲に、足を乗せてみて」


 おずおずと足を差し出したみどりちゃんの足の下に自分の足を滑り込ませ、不安そうな顔をしている少女の頭のてっぺんに自分の手を乗せた。


「私の右肩を見て」


「わぁ…夢で見た女の子たちだ…あれが妖精さん?」


「妖精なんて無粋な名前で呼ぶと怒られちゃうわよ?お隣さんとか、小さな友達って呼んであげると喜ぶの。この子達は、あのコスモスの花の中に住みながらあなたの願い事を叶える手伝いをしてくれてるの」


「そうなんだ…きれい…」


 私がみどりちゃんの頭から手を離すと、彼女の視界からは花弁ドレスの隣人たち花の妖精は見えなくなる。

 神秘と繋がる眼グラムサイトは、彼らを見て交流するだけの力じゃない。こうして良き隣人妖精たちと人間をつなぐことも出来る。

 魔法の力を自分の目で確かめたみどりちゃんの表情からはさっきまであった不安は消え去ったのか、元の可愛らしい笑顔に戻っていた。


小さなお隣さん妖精は、お手伝いしてることを他の人にお話されるのが大嫌いなの。だから、これは私とみどりちゃんだけの秘密…ね?」


「うん!ありがとう」


 笑顔のみどりちゃんと指切りをしたところで、ちょうど買い物を頼んでいた灼晶あきらが帰ってきた。扉を開いた灼晶あきらは、みどりちゃんの両肩に乗ったヘドロのようなものを見て顔をしかめる。


「ようちび。もう帰るのか?」


 平静を装って話しかけた灼晶あきらは、みどりちゃんの隣を通り過ぎてカウンターに荷物を置くふりをして、そっと彼女の背後にへばりついている黒いベタベタしたものを引き剥がしてあっという間に飲み込んだ。

 そのまま、なんでもないような顔をして、彼がカウンターの隅にある椅子に座ると花弁ドレスの隣人花の妖精たちは身軽になったのかさっきよりも軽やかに唄い、踊りだす。


「お姉さんも、お兄さんもありがとう!またね」


 みどりちゃんは、来たときとは打って変わった元気な足取りで元気に大きく手を振って出ていった。

 パタパタという可愛らしい足音に合わせて、花弁ドレスの隣人花の妖精たちの楽しそうな笑い声と歌声も遠ざかっていく。


「あやかちゃん…ね…」

 

 みどりちゃんの姿が彼女が曲がり角を過ぎて見えなくなった辺りで、不意に彼女が口に出していた名前を思い出す。…みどりちゃんにへばりついている悪意と関係があるのかな。


「あのチビに付いてた悪意…一応食っておいたが…ありゃまたすぐにこびりつくぞ」


 インスタントコーヒーで口直しをしている灼晶あきらは不快感を隠そうともしない。

 ただの子供にあんなに悪意がベッタリとこびりつくことは珍しい…多分彼女の近くにそういうものを寄せやすい子がいるんだと思うけど。


「放っておくと…嫌なことになりそうなのよね」


「見ておくか?」


「うん、お願い」


 マグカップを置いて店の外へ飛び出していく灼晶あきらを窓から見送ってから、私は杖を取り出して顧客リストをそっと開く。

 杖をかざすと、本のページがパラパラと捲られ、普段は見えないように魔法のインクで記している小さな友人妖精たちが集めた顧客の情報が浮かび上がってくる。 


「ああ…もしかして、あやかちゃんって…」


 浮かび上がった一人の名前を見てピンときた。 


 先日、派手にお守りを穢したあのふくよかな女性客のページには、彼女の娘である文佳あやかという名前が青白い文字で映し出された。

 お守りに付いた穢れ自体は、山羊頭の客人のようなタイプが引き取りに来るのでごみになるわけではないし、引き取り手がいない場合は灼晶あきらが食べてくれる。

 お守りが台無しになるのはよくあることだけど、でもあのみどりちゃんのお守りに込められた願い事が他人の悪意で台無しになるのは嫌だな…。


「うーん…早めに手を打ったほうがいいかしら」


 引き出しの中から小さな香炉を取り出して火を灯し、冷蔵庫からミルクと小麦の穂を用意した。

 香炉の前に置いた松の木で作った小皿にミルクと小麦の穂を入ると、窓からは透き通った翅を持つ小さな友人妖精たちと、片手に角杯リュトンを持った短髪の小さな淑女家守り妖精が入ってきた。

 彼女たちが木の小皿の前に群がると、麦の穂は音もなく黒ずみ、ミルクはくすんだ色になる。

 食事フォイゾンを食べた小さな友人妖精たちは甲高い小さな鈴の音のような声で囁きふふっと笑い合って踊りながら再び姿を消した。


「これでなんとか時間が稼げればいいけど…」

 

 小さな友人妖精には、こうやって古来からの方法でみどりちゃんと灼晶あきらを助けてくれるようにお願いをしておく。

 私は、炎を操ったり、天気を操れるような強大な魔法使いではないけれど、他の人間より少し妖精に頼み事をするのは得意だから…。


 人の気配も隣人妖精たちの気配も消えた店内はやけに静かで心が妙にそわそわする。

 落ち着かないので、減った分のブレスレットを作るために、棚から材料を取り出して椅子に腰掛けた。


「えーっと…確かこの間、仕入れたはずだから…」


 髪長の友達タルイス・ティーグから受け取った金色の絹糸のような髪の束をテーブルの上に広げておく。

 自分の髪を一本引き抜いて願いを込めながら金色の髪と一緒に編みこんで一本の紐にしていく。これを身に着けた人間がどうか小さな友人妖精たちとの良い縁を結びますようにと…願いを込めて…。

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