2:神秘と繋がる眼
魔法や魔術も万能なわけじゃない。
特に、才能も血筋もない人間が、
私が売っているのは、そんな魔法を使えないただの人間が、比較的安全に
一つ一つに「これを身につける人が
必要なのは、
紐にビーズを通してから一旦結んで接着剤をぬり、接着剤が乾かない内に羽根を通し、乾燥させれば出来上がり。
これを身につけて、叶えたい願いを思い浮かべると、羽の部分に朝露みたいに魔力の雫が付着する。
雫を食べた妖精が、そのお礼にブレスレットの持ち主に力を貸してくれる。これが、私のお守りの仕組み。
「死んじゃったおばあちゃんが、わたしにくれた翠の石がついたブローチが無くなっちゃったの…大切にしなさいって言ってくれたのに…」
店内にある来客用の椅子に座ってジュースを飲んでいるみどりちゃんは、叶えたい願いを悲しそうな顔で答える。
魔法にも叶えられないことはある。
正確に言えば、叶えるためには非常に苦労するものや、思い通りになるとは限らないという方が近いのだけど。
感化されやすい花の
「私の魔法は、人を生き返らせるとか…人の死を願うことには向かないけど、無くしものを見つけるのは得意なのよ」
みどりちゃんの表情が少し明るくなったのと同時に、
「おばあちゃんの形見を探したいなら…これがいいかしら」
まだ細く頼りない彼女の右手首に、さっき選んだブレスレットを結びつける。
イチイの木で作ったビーズが使われているこのお守りなら、彼女の願いも叶いやすいはず…。
「あと、この白い花を花瓶に入れて飾ってね。そして、朝と夜の二回、この花の前で探しものが見つかりますようにってお願いをするの。そうすると、私のお友達があなたのお願いを叶えてくれるから」
説明をしながら、目の前にある花瓶から一輪の白いコスモスの茎を折って、みどりちゃんに手渡した。
花は
「…あのぅ…それだけでいいんですか?」
歓喜の歌を歌い好き勝手飛んでいる
そんな可愛らしい少女に、私はもう一度、めいいっぱい優しく微笑んで、彼女のバラ色の頬にそっと手を当てる。
「そうよ。あとはね、守らなくてはいけない大切なルールがあるの。これを破るとあなたやあなたの大切な人が怪我をしてしまうかもしれないから、気をつけて」
「クク…怪我ですめばいいんだがなぁ」
カウンターで大人しくコーヒーを飲んで店の雑用をしていた
「もう、せっかくのかわいいお客さんを怖がらせないでちょうだい。大丈夫、簡単なルールだから」
みどりちゃんのやわらかい子猫みたいな毛並みの髪をなでつけた私は、肩を小さく揺らして笑う彼を軽く睨んで、彼女に再び視線を戻す。
飛び回る
「誰かを傷付けようとしたり、死んだ生き物を生き返らせることはお願いしたらいけないってだけだから」
「それなら…大丈夫。あ、でも…おねえさん…おかね、これで足りるかな…」
可愛らしいくまさんのお財布をテーブルの上で逆さまにすると、チャリンチャリンと硬貨が音をたててテーブルの上に散らばるように落ちる。
「あやかちゃんがね、魔法にはいっぱいお金がかかるからみどりには無理だよっていてきたけど…お小遣い全部もってきたら…足りるかなって」
散らばった小銭を小さな両手でかき集めたみどりちゃんは、上目遣いで私を見ながら不安そうに眉を八の字にしてみせた。
「お姉さんが売ってる魔法はね、願いごとによって値段は変わるの。…だから」
私は、みどりちゃんがかき集めた硬貨の小山から、百円玉を二枚だけ摘んで自分の手のひらに乗せる。
「これで大丈夫。ね?」
「おねえさんありがとう!」
「探しもの、きっと見つかるよ。みどりちゃんはいい子だから、私のお友達も頑張ってくれるみたい」
店の扉を開けたときとは真逆の、キラキラした笑顔を見せたみどりちゃんは、大きく手を振って店から出ていった。
走っていく彼女の後ろを、蝶の翅を背負った
祈りを捧げる前の人間に彼女たちがついていくなんて珍しい…。
楽しそうな歌声が遠ざかっていくのを聞きながら、私はすっかりと静かになった店内で、黙々と作業を続ける
後ろに流してまとめている彼の髪が、窓から差し込む西日で燃えるように赤く輝いている。
何も言わずにそっと手を伸ばして彼の髪に触れる。
灼晶は一瞬眉間に皺を寄せたけれど、何も言わないでぬるくなったコーヒーが入ったカップを口元にもっていく。
―チリンチリン
澄んだベルの音が窓の方から聞こえた。
「いらっしゃいませ」
アキアカネの翅を背中に付けた
一昨日のお客様は、どうやら願い事が叶ったみたい。
花弁がパッと開いて、中から透明な朝露のような雫が現れる。これは、
「
花弁の上にある雫をこぼさないように慎重に浮かび上がらせると、そのまま緑がかった細長い円錐型のガラス瓶の中へ入れた。
私が報酬を受け取ったのを確認した
どうぞ、と一声かけると、扉の隙間から黒い煙が這うように床を蛇行しながら入り込んできた。カウンターの前で止まった黒い煙は集まってくると質量を伴った形に姿を変えていく。
左右に立派な二本の巻角をつけた二足歩行の山羊のような姿になった黒い煙の来客は、蹄のついた3本指の掌をこちらへ見せてくる。
「いつものあれがあると聞いてね」
「山羊頭の旦那、随分と情報が早いな」
しわがれた老人のような、少年のような不思議な声を発する山羊頭の来客へ、
「助かるよ」
山羊頭の来客は、金色の瞳に浮かんだ横一文字の瞳孔を嬉しそうに少し細めて、その場で煙みたいに消えていく。
この店に来るのは人間だけじゃない。人間は願いを叶えるためにお守りを買うけれど、それ以外の来客は報酬を置いていったり、自分が役立ちそうだと感じたなにかを引き取っていく。
「今日は店じまいにしましょうか」
いつのまにか窓から見える三日月は空高く登っていた。
扉の外にナナカマドで作ったリースをかけて戻ると、
「…戸締まりする前にちびたちがきて、こいつを渡された」
眉間に皺を寄せた
葉に僅かに付着しているベトッとしたヘドロのようなもの…みどりちゃんについていった
ヘドロのようなものからは明確な悪意と嫉妬の香りがした。
「あのガキになにかあったのか」
「うーん…まだなんとも言えないけど」
自分の眉間に皺が寄るのがわかる。私の顔を覗き込むように見た
「これはオレが喰っておく」
ジュッと葉が一瞬で燃え尽きた音がして、彼の喉仏が上下に動く。こうやって
「ありがとう。じゃあ、今日はもう寝ましょう」
魔除けと戸締まりを終え、暗くなった店内を後にする。静まり返って月光すら差し込まない店内で、お守りにつけている羽根の部分だけがほんのりと赤く光って並んでいるのを見届けて、私はカウンターの奥にある扉を締めて階段を登った。
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