2:神秘と繋がる眼

 魔法や魔術も万能なわけじゃない。

 特に、才能も血筋もない人間が、魔法きせきを行使するには、魔女や魔法使い以上に厳しい条件や、大きな代償が必要になる。

 私が売っているのは、そんな魔法を使えないただの人間が、比較的安全に魔法きせきを行使するためのきっかけを作るアイテムだ。


 一つ一つに「これを身につける人が良い隣人ようせいとの縁に恵まれますように」と祈りを込めてお守りを作る。

 必要なのは、髪長の友達タルイス・ティーグたちの髪と私の髪で編んだ紐、魔除けの模様を書いたウッドビーズ、それに…使役妖精ファミリアから取れる一枚の赤い羽根。

 紐にビーズを通してから一旦結んで接着剤をぬり、接着剤が乾かない内に羽根を通し、乾燥させれば出来上がり。

 これを身につけて、叶えたい願いを思い浮かべると、羽の部分に朝露みたいに魔力の雫が付着する。

 雫を食べた妖精が、そのお礼にブレスレットの持ち主に力を貸してくれる。これが、私のお守りの仕組み。


「死んじゃったおばあちゃんが、わたしにくれた翠の石がついたブローチが無くなっちゃったの…大切にしなさいって言ってくれたのに…」


 店内にある来客用の椅子に座ってジュースを飲んでいるみどりちゃんは、叶えたい願いを悲しそうな顔で答える。


 魔法にも叶えられないことはある。

 正確に言えば、叶えるためには非常に苦労するものや、思い通りになるとは限らないという方が近いのだけど。


 感化されやすい花のドレスの隣人妖精たちは、悲しげなメロディーを奏でながら両手で顔を覆う仕草をしてふわふわと飛んでいる。


「私の魔法は、人を生き返らせるとか…人の死を願うことには向かないけど、無くしものを見つけるのは得意なのよ」


 みどりちゃんの表情が少し明るくなったのと同時に、小さな隣人妖精たちも容器な音楽を奏でて嬉しそうに踊りだす。


「おばあちゃんの形見を探したいなら…これがいいかしら」


 まだ細く頼りない彼女の右手首に、さっき選んだブレスレットを結びつける。

 イチイの木で作ったビーズが使われているこのお守りなら、彼女の願いも叶いやすいはず…。


「あと、この白い花を花瓶に入れて飾ってね。そして、朝と夜の二回、この花の前で探しものが見つかりますようにってお願いをするの。そうすると、私のお友達があなたのお願いを叶えてくれるから」


 説明をしながら、目の前にある花瓶から一輪の白いコスモスの茎を折って、みどりちゃんに手渡した。


 花は小さな隣人妖精たちの仮の住まい。力を貸してくれる子がいれば、花の中で彼女の願いを毎日聞きながら、ブレスレットから滲み出た魔力の雫を食べる。


「…あのぅ…それだけでいいんですか?」


 歓喜の歌を歌い好き勝手飛んでいる小さな隣人妖精たちに気付くはずもないみどりちゃんは、コスモスを手にしたまま不安そうに首をかしげた。

 そんな可愛らしい少女に、私はもう一度、めいいっぱい優しく微笑んで、彼女のバラ色の頬にそっと手を当てる。


「そうよ。あとはね、守らなくてはいけない大切なルールがあるの。これを破るとあなたやあなたの大切な人が怪我をしてしまうかもしれないから、気をつけて」


「クク…怪我ですめばいいんだがなぁ」


 カウンターで大人しくコーヒーを飲んで店の雑用をしていた灼晶あきらの声にビックリしたのか、不穏な言葉を聞いたからか、せっかく少し安心していたみどりちゃんの顔が一瞬で青ざめてしまう。


「もう、せっかくのかわいいお客さんを怖がらせないでちょうだい。大丈夫、簡単なルールだから」


 みどりちゃんのやわらかい子猫みたいな毛並みの髪をなでつけた私は、肩を小さく揺らして笑う彼を軽く睨んで、彼女に再び視線を戻す。

 飛び回る小さな隣人妖精たちも一斉にブーイングをしたからか、灼晶あきらは頭をポリポリと掻くと小さな声で「すまん」と謝った。


「誰かを傷付けようとしたり、死んだ生き物を生き返らせることはお願いしたらいけないってだけだから」

 

「それなら…大丈夫。あ、でも…おねえさん…おかね、これで足りるかな…」


 可愛らしいくまさんのお財布をテーブルの上で逆さまにすると、チャリンチャリンと硬貨が音をたててテーブルの上に散らばるように落ちる。


「あやかちゃんがね、魔法にはいっぱいお金がかかるからみどりには無理だよっていてきたけど…お小遣い全部もってきたら…足りるかなって」


 散らばった小銭を小さな両手でかき集めたみどりちゃんは、上目遣いで私を見ながら不安そうに眉を八の字にしてみせた。


「お姉さんが売ってる魔法はね、願いごとによって値段は変わるの。…だから」


 私は、みどりちゃんがかき集めた硬貨の小山から、百円玉を二枚だけ摘んで自分の手のひらに乗せる。


「これで大丈夫。ね?」


「おねえさんありがとう!」


「探しもの、きっと見つかるよ。みどりちゃんはいい子だから、私のお友達も頑張ってくれるみたい」


 店の扉を開けたときとは真逆の、キラキラした笑顔を見せたみどりちゃんは、大きく手を振って店から出ていった。

 走っていく彼女の後ろを、蝶の翅を背負った花弁ドレスの淑女花の妖精たちが競い合うように追いかけていくのが見える。


 祈りを捧げる前の人間に彼女たちがついていくなんて珍しい…。

 楽しそうな歌声が遠ざかっていくのを聞きながら、私はすっかりと静かになった店内で、黙々と作業を続ける灼晶あきらの隣に腰を下ろした。


 後ろに流してまとめている彼の髪が、窓から差し込む西日で燃えるように赤く輝いている。

 何も言わずにそっと手を伸ばして彼の髪に触れる。


 灼晶は一瞬眉間に皺を寄せたけれど、何も言わないでぬるくなったコーヒーが入ったカップを口元にもっていく。


―チリンチリン


 澄んだベルの音が窓の方から聞こえた。


「いらっしゃいませ」


 アキアカネの翅を背中に付けたギョロ目の痩せっぽち君妖精は、斜めがけにしている葉っぱで出来た鞄から、小さな花びらに包まれた荷物を取り出して、私の指先にそっと置く。

 一昨日のお客様は、どうやら願い事が叶ったみたい。

 花弁がパッと開いて、中から透明な朝露のような雫が現れる。これは、小さな隣人妖精たちがお礼にくれる不思議な雫。


軽くなれMae hyn yn ysgafnこれは水に浮かぶ葉Dyma ddeilen yn arnofio yn y dŵr 風が運ぶみたいにMae'r gwynt yn cario


 花弁の上にある雫をこぼさないように慎重に浮かび上がらせると、そのまま緑がかった細長い円錐型のガラス瓶の中へ入れた。


 私が報酬を受け取ったのを確認したギョロ目の彼妖精が何も言わずに飛んで出ていくのと同時に、今度は店の入口にある扉を叩く音が聞こえる。

 どうぞ、と一声かけると、扉の隙間から黒い煙が這うように床を蛇行しながら入り込んできた。カウンターの前で止まった黒い煙は集まってくると質量を伴った形に姿を変えていく。

 左右に立派な二本の巻角をつけた二足歩行の山羊のような姿になった黒い煙の来客は、蹄のついた3本指の掌をこちらへ見せてくる。


「いつものあれがあると聞いてね」


「山羊頭の旦那、随分と情報が早いな」


 しわがれた老人のような、少年のような不思議な声を発する山羊頭の来客へ、灼晶あきらが先程の女性客が置いていったボロボロのお守りを手渡した。


「助かるよ」


 山羊頭の来客は、金色の瞳に浮かんだ横一文字の瞳孔を嬉しそうに少し細めて、その場で煙みたいに消えていく。

 この店に来るのは人間だけじゃない。人間は願いを叶えるためにお守りを買うけれど、それ以外の来客は報酬を置いていったり、自分が役立ちそうだと感じたなにかを引き取っていく。


 神秘と繋がる眼グラムサイト…それが私の魔法さいのうの一つ。師匠の命と引き換えに得た力。そして、それを使って私はこうして小さな奇跡を売って生きている。

 

「今日は店じまいにしましょうか」


 いつのまにか窓から見える三日月は空高く登っていた。

 扉の外にナナカマドで作ったリースをかけて戻ると、灼晶あきらが窓のブラインドを下ろして待っていた。


「…戸締まりする前にちびたちがきて、こいつを渡された」


 眉間に皺を寄せた灼晶あきらは、私に小指の先ほどしかない小さな一枚の葉を見せる。

 葉に僅かに付着しているベトッとしたヘドロのようなもの…みどりちゃんについていった花弁ドレスの友人花の妖精たちがよこした手紙のようなものだ。

 ヘドロのようなものからは明確な悪意と嫉妬の香りがした。


「あのガキになにかあったのか」


「うーん…まだなんとも言えないけど」


 自分の眉間に皺が寄るのがわかる。私の顔を覗き込むように見た灼晶あきらは低い声を出す。自分に向けられた敵意ではなくても、彼は悪意や敵意で私の心が乱されることを好まない。


「これはオレが喰っておく」


 灼晶あきらは、私の手から葉を取り上げると、口を開けてヘドロのようなものと一緒にそれを一呑みした。

 ジュッと葉が一瞬で燃え尽きた音がして、彼の喉仏が上下に動く。こうやって灼晶あきらは人の負の感情が作った悪いものを食べてくれる。


「ありがとう。じゃあ、今日はもう寝ましょう」


 魔除けと戸締まりを終え、暗くなった店内を後にする。静まり返って月光すら差し込まない店内で、お守りにつけている羽根の部分だけがほんのりと赤く光って並んでいるのを見届けて、私はカウンターの奥にある扉を締めて階段を登った。

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