第21話 幸せな一時
まあ、今となっては確認のしようがないことではあるけれど、これだけは言えると思う。
あの時の私は間違いなく幸せを感じていたということである。
だからこそ、これから先何があっても彼と一緒に歩んでいく覚悟ができたわけだし、
どんなことがあっても乗り越えていけるだろうと思えたからだ。
だから私は胸を張ってこう言えるだろう。
私は今、とても幸せです、と。
「はい、どうぞ召し上がれ!」
そう言いながら笑顔で差し出した料理を見た彼は、
嬉しそうに顔を綻ばせつつ食べ始めるのを見て
ホッとした気持ちになりつつも自分も食べ始めることにする私であった。
(良かったぁ、気に入ってくれたみたい)
そう思いながら安堵する私だったが、次の瞬間には別の意味で緊張することになってしまうことになる。
というのも、彼がいきなり手を伸ばしてきたかと思うと、私の手に触れてきたからである。
(えっ!?)
突然のことに驚きつつも固まってしまう彼女だったのだが、
そんなことはお構いなしといった様子で彼の手は徐々に上に上がっていき、
最終的には頬に当てられてしまったことで動揺してしまうことになったようだ。
(ど、どうしよう?)
そんなことを考えていたせいか身動きが取れなくなってしまった私は、
ただ黙ってされるがままになっているしかなかったようである。
そうしているうちに彼の手は私の顎へと移動していき、
そのまま持ち上げられるようにして上を向くように誘導されてしまったことで、
否応なく彼と目が合う形になってしまったわけだが、
その時の私の心境といえばパニック寸前といった感じだったことだろう。
なにしろ目の前に彼の顔があるだけでなく、
自分の顔を覗き込まれているというこの状況は非常に心臓に悪いものがあったからだ。
おまけに吐息がかかるほどの距離まで近づいていたこともあり、尚更緊張したに違いないと思われる。
しかし、だからといって逃げ出すわけにもいかず、
結局は受け入れるしかないと悟った私は覚悟を決めることにしたらしい。
(こうなったらもうヤケクソだ!)
そう思った直後、私は目を瞑り身構えたのだが、
一向に何も起こらないため恐る恐る目を開けてみると、そこには変わらず彼の顔があった。
そして目が合った瞬間、何故か急に気まずさを感じてしまった私は、
つい目を逸らしてしまったのだが、そこでふとあることに気がついたのである。
それは、彼もまた同じように目を逸らしたように見えたことだ。
そして次の瞬間、不意に抱きしめられたことで思考回路が完全に停止してしまったのか、
それ以上何も考えることができなくなってしまっていたらしい。
そのため、しばらくの間はそのままの状態が続いていたのだが、
やがて我に返った私が慌てた様子で彼を押し退けようとしたことで、
ようやく解放されたようで安堵したものである。
しかし、その直後、今度は別の問題が発生してしまったことで頭を抱えることになるとは思わなかったんだけど、
その問題というのが何かというと、それは他ならぬ私自身の問題だったわけなんだけど、
具体的に説明するのは難しいんだ。
うーん、そうだなぁ、強いて言えば、
自分でも知らないうちに彼に好意を抱いていたってことなんだろうけど、
それを自覚していなかった時点でおかしいと言えばおかしかったのかもしれない。
だけど、それにしたってあんなに積極的にアプローチを仕掛けてたなんて
思わなかったんだから仕方ないじゃない! などと言い訳したところで状況が変わるわけでもないので、
ここは素直に認めることにしようかなって思ってる。
「あ、あのっ」
意を決して話しかけると、ビクッと身体を震わせる彼の姿があった。
その様子を見て思わず笑ってしまいそうになったけど、
ここで笑ったら失礼だと思い必死に堪えていると、
ようやく落ち着いたらしく口を開いた彼の言葉を聞いて驚愕することになったのである。
「キスしよう」
「へっ?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった私は、間の抜けた声を出してしまったわけだが、
そんな彼の反応などお構いなしとばかりに顔を近づけてくる彼を前に慌てふためくことしかできなかったため、
まともな抵抗すらできずにあっさりと唇を奪われてしまったことで、
完全に思考が停止した状態で放心状態になっていたように思う。
その間、数十秒ほどだろうか?
いや、もしかしたら数分以上経っていたかもしれないくらい時間の感覚がおかしくなっていたのだが、
その間に何が起こったのかはっきりと思い出すことはできなかったし、
考えようとしても頭がボーッとしてしまって何も考えられなかったこともあって、
ほとんど無意識のまま受け入れてしまっていたような気がするのだ。
それからしばらくして正気に戻ったところでハッとした時には既に手遅れで、
目の前には彼の整った顔があって、しかも両手によって頬を
固定されているという状況にあることに気づいたことで、
ますます混乱状態に陥ってしまうことになってしまったようだ。
しかも、それだけではなかった。
なんと、彼の舌が口の中に入ってきていたことが判明したことで、
余計に困惑してしまったというわけである。
しかも、しかもである。
あろうことか、それを喜んで受け入れてしまっている自分がいることにも気づいていたし、
そのことに驚くよりも先に喜びを感じていることも認めざるを得なかった。
要するに、そういうことである。
つまり、どういうことかというと、私はすっかり彼にメロメロになっていたというわけだ。
もはや抵抗する気力すら残っていなかった私は、彼に身を委ねるように力を抜いていたところ、
それに気づいたらしい彼が優しく抱きしめてくれたことで嬉しさが込み上げてきたような気がして、
気づけば自分から抱きついていたように思う。
「愛してるよ」
そう言って微笑みかけてくれる彼に微笑み返すことで応えることにした私だったが、
その時はまだ気づいていなかったのである。
自分がすでに取り返しのつかないところまで来てしまっているということに……。
あれから数日が経過したわけだが、今のところ特に変わったこともなく、
平穏な日々が続いていると言っていいだろう。
いや、むしろ前よりも快適になったまであるんじゃないかな?
だって、毎晩のように激しく求められているにもかかわらず、
それに応えられるだけの体力が残っているわけだし、
おかげで体調もバッチリだし、良いこと尽くめだと思う。
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