エヴァの想い
「アルス…起きてる…?」
「…どうした…」
買い出しから帰ってきてから碌に夕飯の準備もせず、ずっと部屋に籠っていたエヴァは月明りの煌々とする深夜になってようやく部屋から出てきて、アルスの寝室を訪ねてきた。
エヴァの軽い足音がアルスのベッドの脇で止まった。
「初めてヌールドーブに来た時のこと…覚えてる?」
「……少し」
「私は昨日のことのように覚えてる……冬の空気の冷たさとか……アルスが握ってくれた手の感触とか………」
「………」
「…でも私は…アルスがどうして王都を去ったのか、アルスがどうしてこの街に来たのか、アルスがどうして私を作ったのか……私は何者でどこから来てどこへ向かうのか……」
言葉の合間にエヴァが深呼吸する音がした。
「…私は未だになんにも知らないよ」
「………」
「…今日、あのおじさんと話したよ」
アルスの返答はなかった。
「アルス……私は……王都に行きたい……」
「………勝手にしろ」
暗闇から返ってきたのは突き放すようなアルスの返事だった。
「アルスは…何にも語ってくれない…………私この街が嫌いなわけじゃない…………ただアルスが見たものや聞いたもの……アルスが王都で感じたこと……アルスの一部を少しでも知りたい……それは自分のことを知ることに繋がっていると思うから……でも…」
きし、と二人分の体重を載せたベッドが軋む。
「でもね……アルス……もっと簡単な方法だってあるんだよ………ね……見て…アルス」
アルスがベッドから半身を起き上がらせて振り返るとエヴァは一糸まとわぬ姿だった。
「…何の真似だ、エヴァ…!」
「アルス……見て……」
エヴァのその姿に対して、アルスは体を強張らせて顔を俯かせた。
「アルス……ちゃんと見て、目を背けないで」
エヴァの声は震えていた。
それでもアルスは頑なに顔を背け、目を硬くつむった。
「………て…………ゆるして…く……れ…」
アルスの身体は小さく震えていた。
小さな少年の様に、弱弱しく震えていた。
やがて、エヴァがすすり泣く声が聞こえ始めた。
「アルス!!私は!!」
エヴァはベッドに突っ伏して叫んだ。
「私をいつまでも性分化させないアルスが憎い!!アルスをいつまでも縛り付けるアルスのお母さんが憎い!!でも何よりも…アルスが私を真っ直ぐ見てくれないのが………苦しい………!!」
エヴァンジェリンの目から涙が溢れ出てくる。
「アルスが何を恐れているのか…何から逃げようとしているのか…そんなの私は知りたいなんて思わない…アルスが望むのなら性分化なんてしなくてもいい…アルスの望みは…私の望みだから……それでも、アルスがそうあって欲しいと望んだこの身体を……アルスが見てくれないなら……私は……私は……」
「………エ…ヴァ……」
「何のために……生まれてきたの……?」
その夜、泣き続けるエヴァンジェリンにアルスが手を差し伸べることは、とうとうなかった。
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