2018年9月/7冊 追悼・さくらももこさん

 私は『ちびまるこちゃん』を、雑誌『りぼん』でリアルタイムで読んでいた

ため、こたびの訃報には絶句するしかなく、当時の思い出まで一緒に消えて無くなってしまったかのような喪失感を味わった。


 髪の毛サラサラ、瞳キラキラ、長い手足に小顔の8頭身が定石だったそれまでの少女漫画キャラクター像に、さくらももこさんは素朴さとリアルさ、なによりデフォルメを武器にした造形を持ち込んだ。『ちびまるこちゃん』が『サザエさん』と並ぶ国民的家族漫画になるなど、当時の私は思いもしなかった。


『なかよし』や『りぼん』が全盛期だった昭和世代の少女にとって、学び舎で

級友らと語り合うネタは、もっぱら漫画であった。ヒーローを「私の彼」呼ばわりし、ヒロインをライバル視して、空想世界に我が身を投じる――ネットやRPGのない時代、妄想力を培い、駆使できる舞台は漫画だけだった。


 そこへひょっこりと現れた『ちびまるこちゃん』は、憧憬と妄想の産物ではなく、現実と体験の産物だった。華やかな非日常的少女漫画からは得られない

「そうそう、こうゆうことってあるよね」という親近感が『ちびまるこちゃん』

には、たくさんあった。


『もものかんづめ』『さるのこしかけ』『たいのおかしら』は友人の勧めで読んだ。相当な熱意をもって、なかば強引に手渡され、完全な受け身で読み始めた私には「漫画家が書くエッセイねぇ…」という期待のなさが、多分にあった。

 しかし、内容は衝撃に値した。平凡な日常を事件のごとき滑稽さへと変える

技法。なんのてらいもない言動を狙ったような爆笑へと誘う筆致。圧巻だった。

まいったと思った。

『ちびまるこちゃん』はモノローグが極端に多い漫画でありながら、ちゃんと

漫画として成り立っている。前述のエッセイ集3冊について言えば、漫画化できる要素をじゅうぶんに備えていながら、実際、漫画として出版されていたらインパクトと魅力は半減していたのではと思う。

 言葉、ひいては文章の持つ奥行きと威力を、さくらさんはエッセイという形で

示してくれたのだ。


 以来、私の読書領域に【エッセイ】という分野がくわわった。今ではこうしてエッセイもどきを書くに至っている。


 長年、息をするように絵や文章を書いてきたさくらさんとって、その手段を

奪われることは、いかほどの苦しみだったろう。想像力は尽きないのに体力が

ついてこない状態は、どれほどの無念だったろう。

 きっと絵でも文章でも表せない、そう汲むことしか私にはできない。

 今はただ、ご冥福をお祈りするばかり。


  「腸を温める」と体の不調が消える/松生恒夫

  月収15万円で株投資をはじめたわたしが5年で資産を10倍にした方法を

               書き込みながら実践する本/藤川里絵 2018年

  蒼ざめた馬/アガサ・クリスティ 2018年3月

  株が上がっても下がってもしっかり稼ぐ投資のルール/太田忠 2018年9月

  フェア・プレイ/ジョシュ・ラニヨン 2018年3月

  忘れらぬ死/アガサ・クリスティ 2018年3月

  青列車の秘密/アガサ・クリスティ 2018年3月


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9月の「ちょっと一言云わせて本」

『忘られぬ死』


 クリスティを最後に読んだのは2014年。4年ぶりとなる本作はエルキュール・

ポアロもミス・マープルも出てこないノンシリーズものだが、予想外に秀逸な

恋愛小説で愕いた。その意味ではミステリというより、3組6人の男女による

駆け引きが主軸の心理サスペンスといったふう。


 あれよあれよと頁を繰っていけたのは、魅力的な内容に見合う素晴らしい翻訳のおかげもある。

 並行して読んでいた別の海外小説は何ともお粗末な翻訳で、定価でった身としては納得のいかない気分で読み終えた。中古にすればよかったとつくづく思ったが、訳の良し悪しは、読んでみなければわからない。

 訳のぎこちなさに気を取られるあまり、内容がぜんぜん頭に入ってこない小説

というのは、娯楽ではなく苦痛の産物だ。翻訳家の手並みは作品の印象に大きな影響を与えるのだから、誤訳さえなければ問題ない、という出版社の姿勢はいかがなものか。商品として及第点がついただけで、娯楽品としてはなってない――

というのは言い過ぎか。

 くだんの海外小説とおなじ原作者による作品は、現在9冊が邦訳されてるが、訳者もすべておなじなので、もう購うことはないだろう。こうした理由で読者が離れていくこともある。

 ただし、物語そのものは面白いので、原書を購って読むつもり。


 クリスティの小説は60冊以上読んできたが、とりわけ2006年に読んだ『ホロー荘の殺人』は今もって忘れられない。ポアロシリーズでありながら読後は謎解きよりも恋愛模様が強烈に残る話で、登場人物の心情豊かな文学といった趣き。

 クリスティ自身「この作品にポアロを登場させたのは失敗だった」と語っているが、まったくもって同感で、灰色の脳細胞をもつ卵顔の名探偵は、脇役並みの存在感しかなかった。

 改めて訳者名を調べて驚いた。『忘られぬ死』とおなじ方だった。

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