第24話 悪党対小悪党

「若造。単刀直入に言う。アレはブルームバーグ家の財産だ。傷物にされては困る」


 仮にもアンジェリカはフェリドと血のつながった、たった一人の娘なのだ。


 それなのにも関わらず、アンジェリカのことを財産と、モノ・・だと言ってのけた。


 ダンテの育ての親であるサッチも相当な悪党だったが、家族と仲間には優しかった。


 こいつはそれ以上の、家族すら利用して食い物にする悪党なのだとダンテは確信する。


 ――手加減する必要は、ない。


「お言葉ですが、私はアンジェが嫌がることは決してしません。望まれないのに手は出しませんよ」


 とはいえ既にアンジェリカはダンテに惚れ切っている。


 体を許すかどうかは分からないが、このまま関係を進めていけば、そうなってしまうことも十分ありえた。


 もっとも、ダンテがそんな関係になることなど望んではいないのだが。


「アヤツが望む望まないは関係ない。嫁ぎ先はまだ決まっておらんが、最低でもブルームバーグ家より家格の高い家でなければならん」


「つまり、男爵では不服であると?」


「しかも借金持ちではな。荷物どころかゴミでしかない」


 爵位は確かにある程度の地位を意味するが、かといって男爵が軽んじられていいわけではない。


 古くから連綿と続く男爵家をないがしろにした為、伯爵よりさらに上である公爵自らが謝罪に行った、なんてこともあるのだ。


 それでもフェリドは男爵をゴミと吐き捨てた。


 自分の力によほどの自信を持っているのだろう。


「……おや、伯爵ともあろうお方がご存じないので?」


「知る必要はない。口を閉じていろ」


 ダンテの挑発を、フェリドは一言で切って捨てる。


 しかし、そこで黙るのならばダンテは詐欺師などやっていない。


「あれはブラウンの借金で、私の借金ではありませんよ。私はこの通り――」


 ダンテは両手を広げて自身の着ている服を見せびらかす。


 インナーは絹のシャツで、七分袖のジャケットの前面を、互い違いの組紐で綴じている。


 黒いズボンの腰元には、より深い黒色の糸で獅子を模した刺繍がアクセントとして入っていた。


 フェリドが知っているかどうかは分からないが、これは流行の最先端を行っている衣服を外国からわざわざ取り寄せた逸品である。


 仕立ての良さもさることながら、金額も相応にかかっており、借金まみれの貴族が着られる衣服では絶対になかった。


「充分、満たされています」


「……貴様の二番目の父親とやらのお陰だろう」


「いいえ。私が歩んできた道は、誰かに助けてもらえるようなものではありませんでしたよ」


 ダンテは変わらず笑みを浮かべながら、しかしその瞳の奥で嘲りともとれる炎を燃やす。


「私が父を利用し、私が稼いだ金を使い、私がブラウン家を買ったのですよ。だから私は今、ここに居る」


 ダンテは確かにかなりの金を稼いでいた。


 しかし、さすがにブラウン家の借金を帳消しにできるほどではない。


 これはハッタリだ。 


 ダンテが相応の力を持っており、決して侮ることができない存在であるとフェリドに認識させなければならなかった。


「いかがですか? 私に投資していただくのも悪くないと思いますが」


 ブルームバーグにダンテの力を取り込んでみないか、と遠回しに自身を売り込んでみる。


 もし本当にそうなったとしても、ダンテは間違いなくかなりの働きをするだろう。


 ダンテは甘いという弱点を持ちつつも、それでもなお身一つで貴族たちをだまして大金を稼ぎだし、スラムの誰もが一目を置く存在となっている。


 その実力は伊達ではない。


 だが――。


「話にならん」


 フェリドはその提案を一笑に付す。


 彼もまた一代で財を築き上げた傑物で、同時に自分しか信用していない。


 ダンテに自身の財を預けるなど埒外の事なのだろう。


 無論、これはダンテにとって予想通りの反応であった。


 そもそも、自身が買われてしまってはアルとモーリスの分け前が減ってしまう。


 ダンテは、目の前にいる悪党とは違って仲間想いの悪党なのだから。


「とにかく、今すぐアンジェリカから手を引け。そうすれば五体満足で居られる」


 ダンテはフェリドからしてみれば、一息に吹き飛ばせるほどの小者である。


 だから脅せば言うことを聞くとでも思っていそうだった。


 ――その認識は正しい。


 が、タダで吹き飛ばされるほどダンテも


「おやおや、さすがの対応ですね。ブルームバーグ伯爵家だけに」


 ダンテがそう言って皮肉気に笑うと、フェリドは思い切り渋面を作った。


 ブルームバーグ伯爵家が大きくなった理由のひとつに、帝都へ塩の密輸を行い、税金を国に払わず着服する、というものがある。


 そのことを皮肉ることで、言外に脅しをかけたのだ。


「貴様……」


「伯爵。大空を舞う竜も、地元の蛇には敵わないということわざもございます」


 なぜダンテがそういった情報を握っているのかというと、モーリスの息がかかった店が、その密輸した塩を買い取っているからだ。


 いくらブルームバーグ伯爵家の力が強くとも、末端にまでその威光を行き渡らせるのは難しい。


 綻びはどこにでもあるものだ。


「言ったはずですよ。私に投資していただくことも、悪くはないと」


 ダンテは、確実なことは一言も口にしていない。


 すべて匂わせるだけ。


 それでフェリドが何を思おうと彼の勝手である。


 ダンテが一体どこまで知っていて、何を言っているのか、すべてがフェリドの想像の域を出ず、永遠に真実へとたどり着くことはできないであろう。


 本当はなんの証拠も握ってなど居ないという真実に。


「はっきりと言え。いくら欲しい?」


 それこそダンテが望んでいた言葉だ。


 しかしここですぐに食いついては足元を見られてしまう。


 だから――。


「アンジェを。それ以外は何も」


 本当は愛してなどいないし、愛そうとも思わない。


 けれどダンテは自分自身をも騙し、あくまでもアンジェリカを求めているのだとる。


「私が気づかないとでも思ったか。貴様のような小悪党は腐るほど見てきておる。その結構な面を傷物にされたくなければ金で妥協しろ」


「おや、お褒めいただき光栄の至り」


 フェリドの圧がいや増して、ともすれば死神の足音すら聞こえてきそうだった。


 それでもダンテは軽く肩を竦めるだけで、人を食ったような態度を取り続ける。


「……確かに始めは金目的でした。ですが、あれだけ美しく、純真に慕ってくれる女性に心動かされない者は居ませんよ。少し磨きすぎでは?」


「そうならぬ様に虫よけを付けていたのだがな」


 侍女か、取り巻きの男か。


 いずれにせよダンテを前にしては力不足であった。


 フェリドは不満そうに鼻を鳴らすと、ダンテの左右で色の違う瞳をにらみつける。


「若造、どうしても引かぬつもりか?」


「ええ。手切れ金ごときでは安すぎますよ」


 手切れ金では安い。


 すなわち別のものならば等価のものがあるということ。


 フェリドはブラウン男爵家の事情などとうに調べつくしているだろう。


 ならば借金の原因だって知っているはずで、ダンテが求めていることも察しが付くはずだった。


「…………」


 さすがに治水工事の様な天文学的な金を要する事業に対して、即刻首を縦に振ることはできないのか、フェリドは沈黙する。


 もしこれがその後の税などと交換であるのならば、フェリドも迷わないだろうが、そんなことで買収は成立しない。


「……もういい。今日のところは帰れ」


 ダンテを黙らせることがちょっとやそっとの方法では難しいと判断したのか、フェリドは横柄な態度で命令する。


 ダンテの方も、今すぐに決着を付けたいわけではない。


 時間が経てば経つほどアンジェリカとダンテの仲は進展していくため、時間はダンテの味方なのだ。


 焦る必要はなかった。


「ありがとうございました。またお会いできる日を楽しみにしています」


 フェリドからの返事は無かったが、ダンテは一礼すると、馬車を降りたのだった。


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