第23話 お義父さま
「アンジェ、足元に気を付けて」
ダンテがアンジェリカの手を取り、校舎と外とを繋ぐ3段ほどの石段をともに下りる。
ダンテが学校の授業に顔を出すようになってから、ふたりの仲は急速に近づいて行った。
「ありがとうございます、ダンテさま」
アンジェリカがダンテに敬語を使い、ダンテがアンジェと愛称で呼ぶほどに。
ふたりで並び立てば、あまりに整った容姿によって一枚の絵画か何かのように見えるほどであり、そのほか全てがかすんで見えるほどである。
取り巻きの誰もが異を唱えることなど出来なかったし、アンジェリカの不興を買ってまで間に割り込める者も居はしなかった。
「また明日、かな?」
「ええ、そうなりますわ……」
学校の授業が終わり、交流などの理由をつけ、居残れる限界ギリギリの時間になってもアンジェリカはまだ帰りたくないと名残惜しそうな表情を見せる。
ダンテも同じ気持ちだとばかりに、似たような表情を作って顔面に張り付けた。
「アンジェも同じであれば嬉しいのだけれど、私はこの時間が一番つらい」
「ええ!」
アンジェリカは強く同意すると、ダンテの手をぎゅっと握りしめる。
「私もそうなのです。毎日毎日、胸が張り裂けそうになりますの……」
ブルームバーグ伯爵家の一人娘であるがゆえに、アンジェリカは帝都の一等地に大きな邸宅を構え、そこから毎日馬車で通っている。
ダンテが全力で走れば10分と経たないで着ける近場なのだが、それでも互いに目視しあえるような距離ではない。
「よかった……いや、本当はよくはないのだけどね」
「もうっ。寄宿舎へ移れるよう、お父様に頼み込んでみようかしら」
みようと言っているのは、ブルームバーグ伯爵家の所領が、帝都からは数週間かかる位置にあるからで、アンジェリカの父親であるフェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵とはそうそう会えないからだ。
手紙で伝えるという手段もあったが、下級貴族が入るような寄宿舎にブルームバーグ伯爵家の一人娘が住みたいなどと書いて送ったところで、医者が寄越されるだけであろう。
「無理はしなくてもいいんだよ。でも、そうなれれば嬉しいかな」
「~~~~っ」
ダンテから笑顔とともに囁かれたのがよほど嬉しかったのか、アンジェリカは声にならない歓喜の悲鳴をあげてからダンテの名前を口にする。
そうやって互いの想い――決定的にすれ違ってはいるのだが――を伝え合いながらふたりが校門まで歩いていくと、いつも通りにブルームバーグ伯爵家の白い箱馬車がアンジェリカの帰りを待っていた。
――2台も。
ダンテの背筋に稲妻のような衝撃が走り抜ける。
まだ時間がかかるとダンテは踏んでいたのだが、ブルームバーグ伯爵家は事態を重く見ていたらしい。
ダンテにとってはここからが本番なのだ。
どれだけ金をむしり取れるのか、ダンテの手腕にかかっていた。
「あ、あの、ダンテさま……」
ダンテとアンジェリカの姿を認めたからか、アンジェリカのものではない別の馬車から御者らしき男がおりて近づいてくる。
男は、かつてダンテを足蹴にした御者とは違ってアルの様な執事服――と評しては値段に差がありすぎるだろうが――で身を固めており、御者からして他とは格が違っていた。
「大丈夫。心配しないでくれ」
ダンテはアンジェリカを安心させるために、一言断ってから繋いでいた手をほどく。
それでもアンジェリカは不安げな表情のままであったため、一度彼女と頬を触れ合わせてチュッと音だけを鳴らすビズを行う。
「ね?」
「……はい」
頬を染めたアンジェリカが俯いたまま小さく頷く。
彼女は未だ憂いたままであったが、少しは紛れたであろう。
ダンテはそんなアンジェリカから体を離すと、歩いてくる男へと向き直る。
「君、私に用事があるのかな?」
男が近づいてきてようやくダンテにも確認できたのだが、男の髪にはちらほら白いものが混じり、頬や額にはしわが刻まれている。
かなり長い間フェリドに仕えているのかもしれなかった。
「ダンテ・エドモン・ブラウンさまでらっしゃいますね?」
それをダンテがうなずくことで肯定すると、男は体を深く倒す。
「我が主がお呼びでございます。少しお時間をいただけますでしょうか」
質問ではあったが、その口調には有無を言わせぬ迫力が備わっている。
ダンテが嫌だと言っても叶えられることはないだろう。
もっともダンテが嫌だと言うはずがなく、むしろ待っていましたと喝采を上げたいところなのだが。
「分かった」
アンジェリカにすら敬語を使わないのだ、それより下の立場である男へ使う敬語は持ち合わせていないと、ダンテは鷹揚にうなずいてから、男の案内に従ってもう一台の箱馬車へ向かって歩いて行った。
「旦那様、連れてまいりました」
「入れろ」
箱馬車の中からは低く、重々しい声で命令が下される。
横柄で傲慢。命令することが当然。
ダンテはその声からそんな印象を受けた。
初老の男が失礼しますと言いながら箱馬車の扉を開く。
カーテンの一切が締め切られ、薄暗い室内には一人の男――フェリド・マクシム・ブルームバーグ伯爵が座っていた。
見た目は40代後半。アンジェリカと同じ金色の髪の毛を全て後方に流して油で一部の隙もなく固めている。
エメラルドグリーンの瞳はまるでナイフか何かのように鋭く、ダンテなど気にも留めていないとばかりに正面へと向けられている。
また、貴族にしては珍しくやせ形で、無駄なぜい肉などかけらもありはしない。
身長は座っていてわからないが、ダンテより少し小さい程度で180サント後半はあるだろう。
総じて実にどっしりと、かつ威圧的な雰囲気を持つ男で、一代でブルームバーグ伯爵家を大きくしたと聞けば誰しもが納得してしまうほど強い意志を感じさせる男だった。
「失礼いたします」
しかしダンテはそれに気圧されることなく、薄く微笑み浮かべ、優雅な所作で一礼すると馬車の中へ入っていき、臆することなくフェリドの前に腰を下ろす。
「……貴様」
フェリドは目を見開き、信じられないとばかりにダンテの顔を凝視する。
あまりに無遠慮な態度がフェリドの癇に障ったかとダンテは危ぶんだのだが、どうやらそうではない様で、ダンテの顔そのものを穴が開くほど見つめていた。
「いかが致しましたか、ブルームバーグ伯爵」
「いや、なんでもない」
フェリドは振ると、口の中でもごもごと何事か呟く。
かつてダンテの両親は殺されたのだが、その死にフェリドが深く関わっていることを、モーリスは匂わせていた。
ダンテの面貌になんらかの覚えがあっても当然であろう。
「ダンテ、と言ったか。貴様、なぜここに呼ばれたか分かっておろうな」
再び刺すような視線に戻ったフェリドが、前置きもなく本題に入る。
しかもその態度は、仮にも貴族同士であれば当たり前のように行われる最低限の礼儀すらなく、ダンテをまるで虫けらか何かとでも思っている様であった。
「いいえ、まったく」
しかしダンテは、そんな威圧的な態度をとるフェリドの前であっても、
フェリドの碧眼を正面から見据え、それでも微笑みをたたえたままであった。
「……貴様は愚鈍か?」
「愛とは愚かなものですよ。だがそれも良いものです。なにせ勇気を貰える」
「それは蛮勇でありただの世間知らずというのだ、若造」
ダンテとフェリド、ふたりの視線が真っ向からぶつかり合う。
ふたり共に変わらぬ鉄面皮の裏側に本心を隠し、自らの意思を通そうと画策を始めたのだった。
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