5.まどろみの淵

 東地作戦指揮は腕を組み態度は落ち着いて見えるが、その心中は不安に押しつぶされそうに見えた。


 少なくともウルフにはそう見えていた。


 脳機操縦者を確認した結果、予想に反し十人を超える人数が見られたことにより作戦指揮として彼自身は天幕に残ることとなった。


 だからこそ、指揮として毅然とした態度をとらねばならない……そう思っているように見えた。


 ウルフもスコープを借りて埴輪をじっと見つめていた。


 すでに脳機の配置も終わっておりユダの帰還を待つのみであった。


 沈黙は……この待ち時間は……永遠のようにさえ感じさせた。


 ユダが埴輪に侵入し三十分が経った。


 そうして彼らは、埴輪の中より出で来るユダの姿を見た。


 通信機を片手に特種作戦部隊を見る彼女は、ただひとこと。


「引導を渡してやれ、東地」


その言葉は東地自身にしっかりと届いていた。


「全機に告ぐ。対象―花囲いの塔。ドーラザムによる一斉射撃を行う」


 東地が告ぐ。


 ドーラザムの遠距離射撃砲は一斉に埴輪を向き、囲む。そうして。


「撃てェーーーーッ!!」


 東地の叫びとともにそのすべてより砲撃が行われた。


 同時発射。


 同時に埴輪より一斉に砂埃が上がる。


 埴輪も最後の足掻きだといわんばかりに破片を飛ばすが、その破片にはもはや魔力もこもっておらず、脳機に直撃させようとただ飛ぶばかり。


 だが訓練された禁忌対策の部隊にそのような攻撃が通用することなく一斉射撃第二弾が行われる。


 舞う砂埃とともに剥がれ落ちる埴輪の皮膚。


 ひび割れ砕け落ちていく。


 無慈悲な砲撃をどうしようもなく受け入れる埴輪は、今まで散々他人の夢をかき乱してきたその冒涜の報いを受けるようであった。


 最初は破片を飛ばしていた埴輪も次第に抵抗をやめ、その動きを完全に停止させた。


 脳機による射撃はその後も続き、埴輪が原形をとどめぬ壁のみになるまでおこなわれた。


 それは三十分にも満たぬ決戦であった。



「おつかれさん」


 サイコウルフは帰ってきたユダに向けて水を差しだした。


 彼女はためらうことなくそれを受け取り口に着ける。


 うるおいは疲れた体に染み渡った。


「ありがとう、ウルフ」

「いや、これくらいはな」


 そう言ってウルフはユダから視線をそらし、並べられた陸砂両用車を見ていた。


 発狂した乗員は全員とは言えなかったが、数人は正気を取り戻したようで、多少のリハビリ作業のようなものが行われていた。


 ユダもそちらに目を向けた。


 瞳は逸らさない。


「ウルフ。私はな、自分で気が付かないうちに相当弱くなっていたらしいのだ」


「十分強いように俺にゃあ見えるんだが」


「心だよ。私は君と会って以来前ほど無機質じゃあなくなっているのだ」


 その発言にウルフはふと思い返した。


 確かに、この作戦の時にだって彼女は泣いていた。


 前にだって泣いていたように思える。


 出会った当初はそんなことはなかったが彼女のいろいろな顔を見ることが多くなったように思えた。


 ふっと唇は弧を描く。


「弱いか。俺ぁ前よりそういうあんたの方が好きだぜ」

「奇遇だな。私も実は前の自分よりも今の自分のほうが気に入っている」


 二人はお互い顔を見合わせた。


 あたりを見渡せばもう夜も明けかけている。


 薄青い空が広がっており、風も冷たい。


 彼女ら二人は後方より自分たちを呼ぶ声が聞こえていることに気づいた。


 振り向けば、カメラを携えた東地がいた。


「すまんが、ちょいと写真を撮らせてほしい」


「指揮官さん、なにをするつもりなんです」


「写真だよ。君たちが協力してくれたことを証明する必要がある。どの禁忌狩りかっていうのがわからないと本部のほうは取り合ってくれないからな。大丈夫だ。証明さえできれば君たちに報酬を出せるはずだよ」


「あぁ、ナルホド。そういうことか……おいユダ、撮ろうぜ」


 ユダの肩にぽんっと手を置きウルフは言う。


 彼女は一瞬、非常に面倒くさいという風に顔をゆがませた。


 だが、しょうがない……という風にウルフの腕に頭を預けた。


「そうだな」


 その言葉に満足した東地はカメラを構える。


 ちょっと距離の調整をしている様子を見て、ウルフは彼女の先ほどまでの憂いが完全に取れたのだということを理解した。


「なぁウルフ」


「ん」


「私はこれから君に迷惑をかけるかもしれない」


「かまわねぇよ。俺だってお前に迷惑かけることくらいある。助け合えばいいだけだ」


「そう……だな」


 ユダは満足して頷いた。


「よし、大丈夫だ。シャッター押すぞ」


 東地の声が聞こえる。


 二人はカメラを向いた。


「はい、チーズ」




 色とりどりの花咲く中に、赤茶色の廃墟がある。


 だがそこに近づく人影はない。


 そこはきっとこれから朽ちていくのだ。


 ゆっくり……ゆっくり……。

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