4.夢幻の今
ユダによる『埴輪』の干渉が体重に現れるという情報はすぐに東地指揮官に伝わり、天幕内の各隊員にまず体重測定の検査が行われた。
体重計で数値を図り、また持ち上げることによる検査……と二段構えの検査を行ったが、ユダとウルフ以外にその被害を受けた人間はいなかった。
その結果を踏まえて東地はユダに脳機乗員の体重測定の任務を任せて、通信機を通じてその情報を共有することになる。
ユダが選ばれたのは、彼女はウルフの夢に介入した経験があり、加えて乗員が干渉を受けた夢がユダのものであるため多少耐性があるとみなしたからである。
特殊作戦部隊より陸砂両用車に積み込んであったバイクを借りてユダが一体の脳機の乗員を確認した結果、体重は通常通りであった。
他機体も確認した結果、どの乗員の体重も失われておらずユダの夢をただただ見せられただけであった。
ユダの予想通り、十機の脳機それぞれの二メートルと離れていない地点に埴輪の破片が落ちていた。
これらの情報を通信機により得た特殊作戦群は本部と連絡を取りながら類似の例と結びつけた。
そうして、この破片が近くにあることにより本来は埴輪内でのみ使うことのできる埴輪の能力(夢を見せる力)を断片的に使用したのではないか……という仮説が立てられた。
加えて、特殊作戦部隊井畑補佐の「もしかするとそれらの夢の干渉は破片に何らかの力が込められているのではないか」という考えから新たな情報も出た。
陸砂両用車に搭載されている魔力波長機で周辺の魔力を調査することにより、各脳機と埴輪から濃い濃度の魔力が発見されたのだ。
これらのことから埴輪は魔力を通して能力を相手に伝えるのではないか……という仮説まで立てられ、作戦は大きく発展することになる。
だが、それでも課題は残った。
それはユダの『夢』である。
天幕内中央部地図の広げられたテーブルの前に東地は立っていた。
東地の目の前には、ずらりと現在の全隊員が整列している。
後方の入り口付近にはユダとウルフも立っていた。
「今作戦においてドーラザムによる遠距離射撃が可能であることはわかった。だが避けられないことがある。それは埴輪の破片による干渉だ。あれのせいで脳機の操縦者は全員気が狂っている。この場に脳機に乗れる人間は私と井畑を含めてもそう多くはない。二度砲撃を加えることはできるかもしれないが、そこでまた気が狂えば三回目に脳機にのる十人は存在しない。我々は逃げかえるしかなくなる」
東地は責任にさいなまれていた。
わかるはずがなかったとはいえ部下十人の気が狂ってしまっているのだ。
死んだならまだあきらめもつくが、彼らは今も車の中に運び込まれて唸り泣き笑いながらも生きているのだ。
何人も仲間が散る姿を見てきた東地とは言え、ショックを受けないわけではない。
彼はこぶしを強く握りしめた。
「諸君……私は魔力に対しての造詣は全くないといっていい。だからこの状況下での対応策がうまく思いつかない。皆、何か策が浮かべば私にすぐに伝えてほしい。これ以上被害を出さずにあの埴輪を破壊しなければならないのだ」
それが我々の使命だから……とは彼は言わなかった。
少なからず自分の部下をこんな状態にした埴輪に復讐してやる、という気持ちも混じっていたからだ。
歯を食いしばる。
自分がどうしようもない無力な人間であると痛感する。
……その時、「はい」という声が耳に響いた。
女の声だった。
「おそらくこの場で最もそういう類に詳しいのは私だ」
手を挙げていたのはユダだ。
「それに、脳機の操縦者十人の被害は私が原因でもある。ならば私があの悪夢を取り払うのが当然だろう」
呟くと一歩前に踏み出す。
「おい」という心配するようなウルフの声が彼女の耳に響く。
「大丈夫だ」
後ろは振り向かなかった。
彼女はまっすぐ東地のもとへと進み、一同のほうを向き直った。
「魔力というものには二種類のパターンがある。詳しく説明すると複雑になるだろうから簡潔に話せば私のこの錫杖 弥勒」
ユダは弥勒を前に突き出した。
「この錫杖で対処できるものと対処できないものだ。魔力は元凶の魔力の核たる部分を壊してしまえば他の場所で使用された魔力も同時に消える。そこで提案がある。私が埴輪に侵入し、中から核を壊して外に出る。君たち特殊作戦部隊には私が埴輪から出たタイミングで遠距離射撃砲を発射してほしい」
「ユダ、今被害を受けている隊員は」
「元に戻るかは半々だ。彼らは魔力を直接受けているというよりも魔力により見せられた夢により発狂している。魔力が消えて発狂が収まるかどうかまではわからない」
「今彼らに試すことはできるか」
「できないことはないが、埴輪の魔力はこの錫杖で吸収するかのようにして壊すのだ。彼らを助けたいが、今助けようとして弥勒を使えば埴輪との戦いで敗北する可能性も大きくなる。酷だが……できれば避けたい」
ユダは振り絞るようにつぶやいた。
それは残酷だが事実だった。
今目の前で必ず倒したいのは埴輪である。
これが倒せなければ意味がないのだ。
東地は、視線を落としながらも重く頷いた。
話を聞いていた隊員も思うところはあるかもしれないが、反対の声は上がらなかった。
こうして作戦の概要はまとまり、ユダによる埴輪への侵入が行われることになったのである。
花を踏み、バイクは進む。
ユダを乗せたバイクが走る。
既に影縫いは一度解かれているため、砲撃はいつでも放てるようになっている。
ユダは脳機の真横を通り抜けてひたすらに埴輪へと向かっていく。
二千メートル……とそう遠い距離ではないはずだ。
だがユダにとってのこの距離は、自分の失敗と対峙するまでのひとまずのはざまなのだ。
気を引き締める。
汗が流れようが気にしない。
相手がどんな手を使ってこようがただ打ち倒すのみなのだ。
自分の手で決着をつけなければならないのだ。
ユダは見上げた。
そこには高く、埴輪がそびえたっている。
バイクを止めて降りる。
錫杖を片手に真正面を見据えればぽっかりと黒い穴があいている。
それこそが入り口である。
埴輪が笑っているように思える。
さぁ早く入れ、と……。
自分は動かずここにいるのだから、怖気づくなよと。
「ああ、受けてたとう」
ユダは呟き黒い穴の中へと消えた。
ユダは写真を見ていた。
棚の上に立てかけられた小さなケースに入った色あせた写真を見上げている。
そこに写っているのはユダとウルフ。
二人が並んだ写真だ。
ウルフは人懐っこく笑ってユダの頭に手を置いて撫でている。
ユダはと言えば、そっぽを向いて口をとがらせている。
この写真はいつ撮ったものだったろうか。
確か……埴輪との戦いの後に撮ったと記憶している。
自分は決着をつけることができたことに満足して早く去りたい気分だというのに、東地が「そういうな。お前のおかげなんだ。写真撮って証拠残して本部から彼らのおかげだからと金ぶんどってきて渡す。世話になったからな。だから頼む」と……。
そう何度も頭を下げられた結果、ウルフが折れて撮った写真だ。
懐かしいものだ、と自然と口元が緩む。
散々な目に遭った。
だが、今では良い思い出だ、と胸を張って言える。
「おい、どうした」
後ろから聞きなれた声がした。
振り返ろうとしても私の首はそちらまでうまく動かない。
ただ写真を見上げたまま。
「どうしたんだよ? ボーっとして」
覗き込む顔があった。
それはウルフの顔。
彼はちょっと眉をゆがめて心配そうにそう問いかける。
ユダはふっと笑って「考え事さ」。そう言う。
「昔のことに思いをはせていただけだ。遠い昔のことに」
彼はそれを聞くと、「そうか」と短く苦しさを押し殺したようにつぶやいた。
そのままユダの頭を撫でる。
彼女にとってそれは、今現在唯一の癒しとも言えた。
今やユダに手足はない。
もげてちぎれた記憶もあるし、今もその痛みを感じている。
全身に走るこの痛みこそが、死ねない夕能に対する呪いなのだ。
だが、ウルフに撫でられる時だけは、その時だけはこの痛みも忘れられる。
相棒だからこそ感じる安らぎといえようか。
「飽きねぇな。おまえも」
撫でながらウルフはそう笑う。
「うるさい」
口をとがらせてユダは言った。
本心から言った言葉ではないとウルフも気付いているから、それ以上何も言ってこなかった。
「じゃ、行くか」
ウルフはそう言ってユダの乗せられたバギーを押す。
四肢を失った彼女はこれなしでは移動もできない体になってしまった。
それでもあまり不自由なく暮らせているのは、こうしてウルフが甲斐甲斐しく介護をしてくれるからである。
彼もまたユダのこの欠損の原因が自分であると、負い目を追っているからだと彼女は思っていた。
「今日は何処へ」
「近くの花畑でいいだろう。お前も好きだろう」
ウルフが笑う。
儚げに。
「なぁウルフ。もういいんだよ」
「何言うんだよ」
彼の表情が固まった。
「私のことなど置いて、早川を探しに行けばいい。奴はまだ見つかっていないし、お前は奴を探しているはずだ」
なるだけ感情など出さないように、いつも通りに話す。
「お前がそこまで負い目を感じる必要などないのだ」
「どうして」
「どうしてって……」
思考が止まった。
霧の中を前も見えずに歩くかのように、ユダの思考は一瞬止まった。
「おまえと私は赤の他人だ。他人のことまで責任だと持たなくてよいのだ」
口は動くが、自分の言葉だとは思えない。
何かに言わされているかのような違和感がある。
ウルフは少し寂しそうな顔をしている。
「別に負い目を感じてるわけじゃあねぇ」
「では、どうして私にここまでするのだ。介護などという煩わしいものまで」
「仲間だからだよ。馬鹿にすんじゃねぇ」
彼は大きくそう言った。
少し照れの混じったようにも思えるが、そう強く否定する。
「それによ」
彼はそう言って覗きこみ、また笑う。
「俺は信じてるんだよ。いつかぁお前がまた元気になるはずだってな」
「そうか」
ユダはそこで、ゆっくりと口角を上げる。
「私はその言葉を信じはしないがな」
そう言いユダは腕を動かそうとする。
腕を見ても腕は見えないが、見えないだけで確かにそこにあるのだ、と感じる。
錫杖だって握っているのだ。彼女はその錫杖でウルフの腹を思いっ切りぐっと……刺した。
吐血。
血が舞い散る。
赤い飛沫が弧を描き、ユダの顔にふりかかる。
「こういう夢で攻めてくるとは予想外だったよ
ユダがそうつぶやけば苦悶の表情を示していたウルフの顔がドロリと溶けた。
しゅわしゅわと気泡を生みながら皮が溶ければ、その中からのぞくのはひびの入った埴輪の顔。
「ほう。勘のいいやつだ。何故わかった」
「ウルフはそんな顔で笑わないんだよ。記憶を見た割には下手な芝居だな!」
怒り交じりにユダが叫ぶ。
埴輪はうろたえずにユダを見つめ続けた。
「私は別に争いに来たわけではない。提案をしに来たのだ」
「提案……どんなくだらない提案をするつもりだ」
ユダはそう言いより強く錫杖を押し込むが、埴輪は平気そうな顔をしている。
よく見れば錫杖を押し込んだ位置にはひび一つついてはいなかった。
「君はこの夢の中では何でもできるんだ。現実ではただの仲間であるサイコウルフ……でもこの夢の中ではこんな関係になることもできる」
「……」
「それだけじゃない。私は君の体重を抜き取ったんだから君の考えもよくわかる……もちろんウルフのことも。だからなるだけリアルに夢を見せることができる。相棒関係でも、恋人でも、姉にでも妹にでも。シチュエーションも自由自在だ」
埴輪は口が裂けるほど笑った。
「魅力的な話だろう」
ユダは力なく笑い返す。すぐ拒んでもよかったはずなのに、あいまいな笑みを浮かべるほどに自分は悩んでしまった。
ウルフがそれほどまでに自分の中で大きな存在になっているのだと実感した。
そして、それだけで十分なのだ。
「確かに魅力的な提案だ」
これはあくまで夢なのだ。
埴輪に押し込んだ部分にひびが入っていないことも。
「だがそれだけだ」
全部夢なのだ。
パリン、と乾いた音が鳴り急速に埴輪の全体にひびが入っていく。
周りの景色も一斉にゆがみだす。
「な、な……ぜ……」
埴輪の口がパクパクと動きそう紡ぐ。
「腹が立ったから刺した。それ以外に理由などいるものか」
吐き捨てるユダを埴輪は苦しそうに見る目続ける。
口は動くばかり、息も掠れている。
「な、なんでもできる……ほかに見たい夢があればなんでも……」
「いいか?よく聞け」
錫杖は完全に埴輪を貫いた。
「自分の手で未来をつかむからこそ世界は輝いて見えるんだよ」
埴輪の目はもう何も見えてはいなかった。
ただ暗いくらい闇の中に沈んでいくだけ。
ユダの声が耳に響く。
それだけでもう、
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