2.招かれざる客
棺は草木の中を無理矢理に進んでいく。
でこぼこの道を物ともせず進むところを見るとこの棺の高性能さがよくわかる。
どのような地形にも車輪がフィットして進むらしく、その動きは滑らかである。
その棺の後ろを
依頼を受けたときには真上に浮かんでいた太陽も今や沈みかけ夕闇の光が彼らを照らしている。
彼らの目指すは赤き塔……『石榴塔』。
それは町の西南にあるらしい。
その情報がどこまで正確なのか分かりはしない。
今確かなのは、舗装された石の道を歩いていたはずの彼らがいつの間にか森の中を進んでいることだった。
「こいつぁどういうことだ。俺たちゃ狐に化かされてんのかい。だとすりゃ狐はどこだ。るーるるるるー」
「
「魔界?」
「魔界とは現世に再現された異空間のことだ。魔術であり、主に相手への目くらましや時間稼ぎとして使う場合が多い。大概は小規模の空間に使われ、古くから戦術として利用されている。何が目的かわからないが、とりあえずの足止めだろうな」
「どうやったらここから抜け出せるんだ」
「この空間は足止めに過ぎない。あせらなくてもじきに外には出れる。まぁさっさと出たければ術者を見つけて殺すしかないがね」
だからこそ彼らは草木をかき分けてこの森を進むしかないのだ。
ウルフは第二ボタンまで開け、首筋を手で仰ぎながら風を送っている。
それでも額から汗は流れる。
先方を行くユダでさえ時折汗を拭くというのに、ウルフにとって気になるのは一言も発さず進み続ける鉄の棺だった。
「籠姫……っていったかアンタ」
依然、その足は止まることなく動き続ける。
籠姫の方も立ち止まらずにその質問に答えるが、その声は人間のものでなく…機械の無機質なそれであった。
「禁忌狩り……籠姫。この棺の姿から付いたあだ名よ」
「体だけじゃなく声まで機械か……。こりゃすごいね」
「体の一部以外は先の戦で失ったわ。声帯もね……。けれど別に欠損を悲しんではいない。棺に詰める手間が省けたのよ。私は面倒くさがりなの。この棺もいつ死ぬかわからない自分のためもの。私がその場で息絶えるだけでそこが私の墓になる」
「棺の中では手も足も出ないはずだ。それでどうやって戦い、そして死ぬつもりだ」
ユダがそう呟くと、森に無機質な笑いがこだました。
「見ていて」
棺が微かに緑色に発色する。
何やら気配を感じ、ユダとウルフは棺から少し距離を取る。
光はだんだんとその強さを増す。
周辺の木々の木目まではっきりと見えるようになった時……二人のいる反対の方向に緑の光が放射された。
それはレーザー砲。
「ほーぅ。近代技術を駆使するわけか」
ウルフが感心して声を漏らすが、籠姫はそれに喜ぶ様子もなく黙り込んでいる。
不思議に思ったウルフが彼女に視線を向ける。
無論、顔など見えないから意図を読み取ることはできないのだが、それでもウルフは彼女に視線を向ける。
やがて沈黙を破り籠姫は呟いた。
「……今あそこに何かがいた」
その言葉を聞き、二人は即座に耳を澄ます。
何故気が付かなかったのか。
草木を分けて走る音、そして水の中に落ちるかのような不思議な音……。
そうして不気味な静寂が続く……。
「……どうやら相手方の刺客のようだな」
「丁重にもてなしてやろうぜ」
ユダは錫杖を構え、ウルフは片手を倉匣(わすれもの)の底に手を添え、もう片方の手はいつでも殴りかかれるように構えた。
籠姫も一切の音を立てずに機会を窺っているようだった。
静寂……。
日が落ちていき、あたりがだんだんと闇に飲まれていく。
緊迫したその時間は、1秒が何時間にも思えるほどに気の抜けない瞬間であり、その終わりは意外なことに唐突に訪れた。
それは籠姫の真上であった!
彼らは木に何者かが登ったことに全く気が付かなかったのだ。
微かな葉の擦れる音に気がついたときにはすでに刺客は木の上から籠姫の上に飛び降りるところであった。
籠姫は何故か気がつくことなく、刺客が自らの体の上に乗っかることを許してしまう。
刺客を捕らえようと動くウルフであったが、それよりも先に籠姫の棺が全速力で走り始める。
振り落とそうとしているのはわかるが、刺客の腕力は強くなかなか振り落とすことができないままに木々の隙間を縫って二人の目の届かぬ場所に棺は消え……。
その方向が眩く光った。
周辺の木々は焼かれ、焼け野原で周囲がよく見渡せるようになった。
だから後を追った二人もすぐに籠姫を見つけることができた。
その体には一切の傷がついていなかった。
「無事だったか、あんた」
「このくらいで死ぬほどやわじゃないわ」
「丈夫なこった。流石鉄の棺様」
「刺客はレーザー砲で焼き払ったのか」
ウルフはその威力に驚き、辺りを見回す。
見ての通りの焼け野原で、よく見るとレーザーの威力で下半身の吹っ飛んだ獣の死骸までも転がっている。
恐らく逃げ場をなくすためにやったのだろうが、棺を中心とした半径十メートルほどの円形に焼け野原はできていた。
黒こげだけが残っている。ユダもそのことはわかっていた。
だが、彼女の胸の奥で本当にこれで終わりなのかという漠然とした不安が渦巻いていた。
不吉な予感に呼応するかのように鴉の鳴く声が聞こえ続ける。
「ええ、あの距離のレーザーなら避けることも不可能でしょう」
籠姫は気にする様子もなくそう言うと、ウルフに自分の棺の機能が先の戦いで少し麻痺したようだと訴えた。
車輪の動きが悪いらしく、よく見ると片方の車輪がピクリとも動いていないのが分かった。
「押してくれってことかい」
「このままここに放置されるのも得策とは言えないでしょ?足手纏いになるならせめてどこかの物陰にでも移して欲しいの」
たしかにここに置いたままにして敵に利用されてしまっては面倒なことになる。
ウルフはそう考えると、ため息をついて短く「わかった」と答えて棺に歩み寄った。
ユダは依然言い知れぬ不安の中で何か見落としがないかと考え込んでいた。
草木を分ける音……。
水に入り込むような音……。
静寂…と記憶を辿る。
その時ユダに電撃が走った。
それは論理の帰結であった。
「ウルフ!その棺から離れろッ!」
「ぇあ?」
ウルフがユダを振り向いたときにはもう遅かった。
ユダはしっかりと見たのだ。
棺の蓋からまるで水面から這い出るかのように軽々しくすり抜けて姿を現した土色の影を。
そうだったのだ。
あの周囲を焼き尽くすレーザー光線から逃れるための場所は一つしかない。
それは唯一無事であったあの棺の中なのだ。
そして今目の前で繰り広げられている光景の通り、この刺客の特殊能力は物を通り抜けるという恐ろしいものだったのだ。
ウルフは完全に油断していた。
彼の左腕はいとも簡単に土色の刃により切断された。血飛沫が鉄色の棺を染め、物の怪の笑いがこだまする。
攻撃を受けはしたが、彼はまだ戦えるようで即座に身を引き距離を取った。
「なぁんだいこいつはっ‼︎」
「敵の魔術師の作り上げた粘土細工だ。物をすり抜ける上に肉体を変化させることもできる化物だ。気を付けろウルフ」
「言われなくても気を付けらぁ‼︎」
そう叫ぶウルフであったが、実のところ策は何もなかった。
レーザー光線を放つ棺に宿っている刺客は、透過できる以上好きなタイミングで棺に入り込みレーザーを放つことも可能なはずだ。
だとすると近づくわけにもいかないだろう。
つまりウルフは距離を取ることしかできないのだ。
そう、このままであれば。
「ユダ。俺ぁこれからちと荒々しくなる。俺が静かになったら後は……頼むぜ」
そう言い、彼女に目配せをする。
ユダは静かにうなづき、錫杖を地面に立てて仁王立ちで待つ。
「何をしようが無駄だ!貴様は私に近づくことはできない!死にたくなければ大人しく帰るのだぁ!!」
しわがれたその声は悪魔のようであった。
魔術師の魔術により作られた粘土細工。
それは化物ではあるが、知能もそして感情もある。
いわば出来損ないの人間であった。
いや、人間を超越した存在なのだろうか。
其奴は棺から上半身を出したままにウルフを見て嗤っていた。
「さぁね。俺ぁ難しいことはわからんよ」
そう呟きウルフの右手は倉匣の底についたスイッチの中の一つを押した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます