エピローグ

エピローグ

令は雄に憑依されていた青年を大学の中の空き教室に運んだ。電波をいじれば容易だった。

 良と章は共に一度帰郷することになった。千砂は仕事のため、林田のアパートに向かった。改と甲は全治三か月の重傷を負い、二人とも入院した。一方、真姫と巴も軽傷で済んだものの、一週間の入院を進められた。四人は同室だったが、ほとんど顔を合わせず、会話もなかった。あの朝焼けが八人の袂を分かったのだ。

 八人はそれぞれの日常へと帰って行った。巴はまだ学校でいじめと戦っていたが、髪形を変えたり前を向いて歩いたりすることを心掛けるようになった。眼鏡もコンタクトに変えたらしい。式の統御も上達したため、悪臭を放つ頻度も減った。

 真姫は高校でもネットでも青春を謳歌し、自己の欲求を存分に満たしていた。しかし陰口をネットに書き込むのはやめたようだ。

甲と改は、同じ高校に通いながら異なるグループに属し、それぞれに恋人が出来たというから驚きだ。高校には甲は祖母の家からこれまで通りに通っていたが、改は令のアパートから通っていた。

令は相変わらずの大学生活を送っていたが、千砂に絡むことはなくなった。

千砂は、大学生活とモデルの仕事を両立させていた。

村に帰郷した良と章はしばらく好奇の目にさらされたが、「雄」の中身が章だと分かると、自然に村に受け入れられていった。





令は横断歩道を歩いていた。大学前なので、学生が群れを成して行き違う。そんな中、令は突然腕をつかまれた。見たことのない男だった。おしゃれに気を使った最近の若者の小ぎれいさが窺える。


「もしかして、ツカレテル?」


若者はレポートを徹夜で終わらせた令の体調を気遣ったのではない。令に「疲れているか」と聞いたのではなく、「憑かれているか」ときいて来たのだ。令は「ああ、つかれてるよ」と答えた。


「お前に、ないる、だけどな」


令は自分と同じくらいの高さになった雄の肩を組んだ。


「こうするの夢だったんだ」


令と雄は肩を組んだままキャンパスの人ごみの中に消えた。そんな二人の様子を千砂は校内の二階窓から見下ろし、踵を返した。千砂はその足で、林田のアパートを訪ねた。林田の知人の取り計らいで、小さな個展を開くことになったのだ。千砂は様々な格好で写真を撮った。まるで幼き日々を彷彿とさせるような行動だが、今は自分の意志で衣装や場所を林田と話し合いながら決めている。林田はファインダー越しにレイをのぞく。しかし林田はすぐにカメラを下ろしてしまった。


「レイ、何かいいことあったか?」

「どうして? 別にないけれど」

「何か、言葉に出来ないんだけど、いつもよりきれいだ」

「林田さんの被写体候補から外れたかしら?」

「そんなことない。なんだか、楽しく撮影できそうだ」

「なら良かった。これからも巽千砂をよろしくね」

「え?」


林田は千砂の突然の告白に、顔を強張らせた。


「それって……、もしかして、レイの本名?」

「そうよ」

「こちらこそよろしく。じゃあ、撮るか」


林田は声を弾ませてカメラを持ち直した。

 八人に訪れた平穏な日常。しかしそれは以前の日常とは少しだけ変わっていたようだ。もちろん、変わらないものもある。鬼は八人の前から消えたわけではない。大学の中に、高校の中に、中学の中に、電車の中に、街中に、人の中に、当然のごとく鬼達は八人の周りにいる。


(喰らえ)


八人は今日もどこかで式に命じている。鬼は人から生まれ、時には作られる。鬼は人を映す鏡だ。「人」は「人以外の存在」によって、「人」を考えることが出来るのだから。


                                   <了>

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