4.味方

家に帰るといつものように雄が「お帰りー」と強く抱きついてきた。


「今日はいろいろあってな、疲れたよ」


気付けば朝から走りっぱなしで、屋上へ続く階段も上り下りしていた。しかも強い鬼との連戦で疲労困憊だ。


「取りあえず、昼寝させてくれ」

「えー、やだ」

「頼むよ。少し寝たら起こしてくれ。今日は雄に大切な話があるんだ」


俺はあくびをかみ殺しながら懇願するが、雄は寝させてくれない。一人で他人の家で窮屈なのは分かる。一人で暇を持て余すこともあっただろう。だからと言って、今日は買い物をしたとか、電車に俺の母親と乗ったとか、今から眠ろうとしている人間に言うこともあるまい。結局眠らせてもらえず、夕食時になった。俺の目の下に出来たくまを雄は大笑いした。

 俺は食後に、今日の出来事を、いや、今日までの出来事を全て話した。その中で雄が一番気にしたのは、やはり、俺が人鬼を喰らったことだった。


「じゃあ、お兄さんは僕の仲間を食べちゃったの?」

「雄」


と、俺は怒気をはらませた。


「お前の仲間は鬼じゃなくて、俺たちの方だ」

「だって僕だって人鬼なんでしょう?」

「人鬼であっても、お前は俺たちの仲間だ。現に人間として暮らしているじゃないか」

「でも未来さんて人、かわいそうな人鬼だった」

「あのまま未来を放っておけば、悪霊化が進んで、多くの人を自分と同じ目にあわせていただろう」

「お兄さんは人鬼ぼくも人だって言いながら、結局生きてる人間の味方じゃないか」

「悪い鬼にはそれなりの対処を、良い鬼にはそれなりの待遇を。分かりやすくていいだろ」

「その良し悪しの線引きもはっきりしてないよ」


縁側に座る二人の間に沈黙が下りた。俺は面倒になって式を出した。黒い犬を見た雄は怯えていた。


「ぼ、僕を食べるの?」


雄も馬の式を出す。しかし主人のあり方を反映してか、犬は悠然とし、馬は縮こまったようになっている。


「怖いか、雄」


雄は震えながら、消え入りそうな声で「うん」と答えた。


「実は俺も怖い。まるで別物だ。未来の意識がまだ残っていて、暴走するんじゃない

かって。俺は線引きを間違ったんだ。最初にねじれた赤鬼を喰らっていればよかった。それはとんでもなく悪い鬼で、今日になってやっと喰った」

「森野先生に憑いていた鬼?」

「そう。人は間違える。小さな間違いが大きな問題を起こすことだってある。式は使い方次第だって、思い知らされた。式は使い手を常に試しているんだ。使い手の覚悟、判断、勇気、人格、それらを全て」

「僕は一番強くなって、神門を守りたい。鬼は全部いてもいいはずだよ。それが僕の覚悟だよ。だって、神門を守っても、中から鬼が生まれるんでしょ? 今日みたいに。だったら、それは鬼が悪いんじゃなくて人間の自業自得だよ」


雄は俯いたままそう言って、握り拳に力を込めた。俺と雄がお互いに式をしまう。道が分かたれたことを、俺は悟った。「裏切り者」と雄は言った。


「お兄さんが、嘘をついて僕の信用も期待も全部裏切ったんだからね。それは覚えておいてよね」


雄はそう言い残して、俺の家を去って行った。満天の星空の夜の出来事だった。腹が減ったら戻るだろうという淡い期待は甘かった。近辺を探してみたが、雄の姿は見当たらなかった。俺はさほど雄の生活について心配していなかった。雄は文字が読めるというので、風水の本を渡してある。式の使い方のセンスも良く、占いでもやっていれば、良く当たる占い師としてやっていけるだろう。さらには、あれだけの美少年なら、「買う」大人はいくらでもいると本人も語っていた。どこかでスカウトされていてもおかしくない。俺が今、耳を傾け、考えるべきことは他にあった。各地の人鬼達が次々と消えていくという全国のシャーマンたちからの報告である。全国で多発する強い鬼と、人鬼たちの消失。それは大敵の襲来を告げていた。早く仲間を集めて強化し、戦いに備えなければならない。俺は焦りと不安を感じていた。


 未来の事件から、屋上へのドアは封鎖された。誰もが事件を忘れていく中で、誰かが未来の命日になると花を供えていく。俺は、必死に花の前で手を合わせるおかっぱの少女を目にしていたが、知らないことにしている。


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