第41話ーーおっさんは反省しない
世界はまた混乱した。
これまで以上の大混乱である。
魔王だと非難していた人物が、神になったのだ慌てもするだろう。
いや、そんな事より神とも思えないノリで、天罰付きの試練を与えてきたり、訳の分からない音楽を頭の中に突然流されたのだ……意味不明を通り越して恐ろしさを覚えた。
――日本のある一部の人間が歓喜に震えていたが、それは極々一部である。
ただの人間が神になるという事実。
おっさんが魔王と呼ばれ始め、自身で名乗ってからは、世界中のテレビなどのメディアで特集が組まれていた。大磯保というおっさんの全てを、プライバシーなど無視して洗いざらいばら撒き続けていた。
よくある犯罪を起こした者の周りへのインタビューと同じだ、自称友人や知り合いなどはこぞっておっさんの悪い点を大声で叫び続けてきた。会社の元同僚や上司などは、魔王と言われようとも昔のおっさんと同一視してバカにし続け、キャバクラなどで「ワンパンで沈めてやるよ」なんて豪語して、女性の歓心を集めようとドヤってた。
そして今度は、メディアは手のひら返しをして、まるで幼き日から神だったかのように報道し始めた。
泳げなかったことも、クラスの中で印象がなかった事も、バイト先で日々怒られ続けていた事も、全ては能ある鷹は爪を隠すだったと無理やり褒め讃える。
――ほんの一部で、邪神だと声をあげる者もいたが、これまで世界が成しえなかった、核兵器廃絶に戦争禁止を神の啓示としたためにかき消されていた。
そうなると、これまで「ワンパンで……」とか「実家にペンキぶちまけてやったぜ」なんてドヤっていたり、悪さ自慢をしていた者は、天罰が落ちるのではないかと避けられるようになってしまっていた――本人たちは自業自得なので庇う必要など何も無いが、天罰などという、明確に自身にも害が及ぶ可能性がなければ、それらの行為を非難出来ないとは、人間とは悲しい生き物である。
その頃当事者たる神……すなわちおっさんは、仕事がある新木以外と一緒の眷属と共に地上世界と天空の楽園を転移し続けていた、全ては動物たちの保護活動のためだ。1種当たり90%の個体を運び去る――地上はほぼ絶滅危惧種ばかりになるという所業。例外は飼われている動物や、人の手によって品種改良された動物たちのみ。この事が地球世界にどのような影響を与えるかは、今はまだわからないが、動物たちにとっては正しく善神だろう。
そんなおっさんは全世界生放送(神の啓示Ver.)について、ほんの少しだけ反省していた……主に音楽を流した部分だ。『さよなら核兵器』に掛けて『さよ〇ら最終兵器』を思い付きで流し、新木の勢いに流されるままに劇場版挿入歌を放送したのだが……いつものアレだ、訴えられたらどうしようと怯えていた。
他の事には一切反省などしていない。
「やってしまった事はしょうがない」と逆に開き直っていた……色んな意味で成長したのだおっさんは。
眷属たちも好意的な反応であった。
アルとウルフが止めたわけだが、内容自体(音楽以外)は良かったと頷いていた。
ルルアーシュも同じである、「天罰を何にするか、その国を消し炭に変えますか?」と楽しそうに語っていた。
ローガスは全てを聴き逃し、酔い潰れるという醜態を晒した事を恥じていた。
新木は悔しがったり、拗ねていた。「最初から誘って欲しかった」とか「もっと色々流したい曲があった」とかそんな感じで。
ただの人間である他の者たちはどうか?
ガイン・ミルカ夫妻は手を叩き笑い、「素晴らしい提案ですな」と喜んだ。
新木両親は、「大磯くんもあの歌の良さが分かるか!さすがだ」と、さすが新木の両親である、という箇所を喜んでいた。
おっさんの家族のみが、顔を青くしていた。「神の啓示ってこんなノリでいいのか?」と……どうやら天空の楽園での、唯一の常識人らしい。
まぁ彼らの反応はさておき、そう、おっさんは酔っていたとはいえ、しっかりと自分がやらかした事を覚えていた――おっさんが記憶を失うのは、オーク呼び関連のみという、悲しい事実が証明されたとも言える。
動物移住計画がひとまずの目安がついたのは、放送後6ヶ月経った頃だった。そう、核兵器廃絶の期限だ。
当初、核保有国はお互い牽制しあっていた。先に放棄してしまう事で、軍事パワーバランスが崩れてしまう事を警戒したためである。戦争禁止をされている状態で、そんな事は全く意味を持たないのだが……。
結局は、時間的猶予がなくなり、必死に核搭載ミサイルをせっせと南極大陸に運び込んだのは、期限の約1週間前だった。
期限当日、南極大陸に転移で降り立ったおっさんは、アイテムボックスへと全てをしまい込み戻った。
そして……
<ピンポンパンポン!お知らせの時間です。核兵器廃絶確認致しました、ただいま確認したところ、隠し持っている物もないようですが、核関連を研究しているものも現時点でストップ、廃棄するように。これより一切の核兵器の保有を認めません。それも天罰対象です!以上、お知らせは終わります>
今回は音楽を垂れ流すのはさすがに自重したようだ。ただ冒頭のお知らせのメロディだけは、どうしても外せないおっさんであった。幼き日に毎日のように刷り込まれた音とは、長く効果をもたらすらしい。
「いい事をしたなー」
おっさんご満悦である。
「アルも放送してみたいにゃ」
「今度やってみる?」
「やらせて欲しいにゃ、楽しそうだにゃ」
「大磯様、もし廃絶されていなかった場合の天罰はどうするお積もりでしたか?」
「あっ、忘れてた……何にしよっか」
本当に神の啓示とは思えないほどの、軽いノリである。アルが話したとして、突然「にゃ」とか頭に聴こえてきたら……更に世界は混乱するだろう――日本の一部はまた喜ぶではあろうけど。
おっさんはなんだかんだ人類を信じていた。核兵器廃絶を成してくれるだろうと信じていたために、天罰内容など考えていなかったのだ――欲をかき隠し持つ国が無くて良かった……もしあったなら、その場のノリ、特にルルアーシュが張り切ってしまい大変なことになっただろう事は想像に難くない。
「さて、明日からはまたダンジョン踏破をしようか」
「どこから参りますか?」
「日本から行こうかなって思ってる、まぁ全部は行かないけど」
「今度は文化保護に乗り出すのですな、さすがでございます」
「ローガスの言う文化は違うからね?」
「いえいえ、ちゃんと文化でございますとも」
「……自由行動はないからね。あと、ちょっと寄りたい所あるから、俺は1人行動するけど」
「ふむ……ヒロコ様には内緒にしておきましょう」
「一緒にすんなっ」
ローガスはもう完全にダメな輩に成り下がったようだ。だいぶ以前から劣化はしていたが、ルルアーシュが現れてからは急速に進行していた。
そんなローガスを見て、何とかやり込めないかと、密かに企むおっさんである――具体的には、嫉妬から「全員に振られてしまえばいいのに」とそうなる策はないかと、日々頭を絞っていた。
そしてその策が功を奏する事となる日は、そう遠くない日である。
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