第40話ーーおっさんはっちゃける

 人は酔うと様々な姿を見せる。

 その姿こそ本性だという人もいれば、酔いにより脳回路にズレが起きただけ……つまり仮初の姿だという人もいる。まぁその辺の真実などどうでもいいだろう。

 笑い上戸、泣き上戸、キス魔に脱ぎ魔、ひたすらに饒舌になる者や、直ぐに眠る者、はたまたくだを巻く者など様々なタイプがいる。


 我らがおっさんは陽気になるタイプだった。

 誰に迷惑を掛けることも無く、ただただ1人陽気になる。


 さて、パーティーで大して強くもないくせに、山ほどの酒を飲んで少々酔ってしまったおっさん。醒まそうとベンチで色々考えはしたが、陰鬱な思い出ばかりになってしまい、それを振り払おうと更に酒を呷った結果……おっさんの中のタガが外れてしまった。


「では、新職場へ行ってみよう!」


 1人高らかに宣言すると、ふらふら危うい足取りで屋敷の隣にあるビルへと向かった――ここで誰かしらが気付き、おっさんを止めるなり付いて来るなりすれば、これから起こる事件は防げただろう。だが残念な事に、新木はルルアーシュや両親と新生物について熱く語り合い、ローガスは珍しく酒に酔っており注意力散漫となっていた。アルとウルフは子猫と戯れていた。


 そのまま新たな職場である2階の部屋へと入り、椅子に腰を下ろした。


「どうでしょう、このモニターの数っ!まるでクリエーターのようです」


 おっさんは密かに横文字の職業に憧れがあったりしたので、上機嫌である。


「ふむふむ……今日も地球は回ってるねっ!よしよし、いい感じいい感じ」


 いい感じなのはおっさんの頭の中のみで、世界は今もダンジョンやらモンスターと悪戦苦闘している。だいたい地球が回らずに止まったりでもしたら、それこそ滅亡へのカウントダウンが始まっている。


「これは……人類の為にプレゼントを上げようかな〜」


 モニターにある各種数字を漠然と眺めながら、ふとある箇所で目を止め、手元のキーボードに似たものを引き寄せる。


「うーん、どれくらいがいいんだろ……うん、わからないから明日にしよう」


 おっさんが弄りかけたのは、酸素や窒素などの項目である――まだほんの少しの理性が残っていて幸いだった……危うく大変なことになるところだった。


 次に目を止めたのは、人々の神への祈りである。ほんの少し見ているだけでも、驚くほどのスピードでログが流れていく。そんなログをレベルアップや進化したステータスによる動体視力を駆使して読み耽る。

 そんな中にちらほら見受けられる、「神様に感謝」「魔王様ありがとう」「ダンジョン踏破して頂きありがとうございます」といった、好意的なものだけを読み取り、頬を緩めるおっさん。気分を良くして、アイテムボックスに眠っていた缶酎ハイを取り出し、更に呷る――おっさんの気分は、休日に自宅でネットの巨大掲示板を見ているような感じだった。


「さてさて……おっ!これはっ!」


 次におっさんが見つけたのは、マイクである。ルルアーシュが以前使用した物と同じで、スイッチを入れて語れば地球上の人間全ての頭に直接語られる仕組みとなっている。


「そうだっ!魔王から神に進化した事を伝えなきゃっ!」


 マイクを手元に引き寄せ、椅子に座り直し背筋を伸ばす。


 <ピンポンパンポンッ!お知らせの時間です>

 <大磯保こと、皆様が呼ぶ魔王様は、この度神様へと進化しましたっ〜!はいっ!拍手!!>


 ここでログをチラリと見るおっさん。どうやら今度の気分はネット配信者のようだ。

 世界の宗教施設では、今もどこかで神へと祈りを捧げる者が沢山いた。それらの戸惑いが、ログへとなって表れる。


「魔王!?」「魔王が神?」「最初のピンポンパンとやらは何だ?」「拍手しなければ何か起こるのか?」


 おっさんの中では、小中学生時に放送が流れる際の、当たり前の音楽のつもりだったが、それが通じるのは日本の1部の人間だけである。それ故に、ログに流れる疑問の言葉に首を捻る。


 <あれ?拍手の音が聞こえないぞ〜!?>


 音は元から聞こえない、あくまでも願いがログに表れるだけなのだが、酔っているおっさんには理解出来ない。


 <では神様へと就任したお祝いという事で……初試練を与えましょう!6ヶ月以内に核兵器を全て南極大陸に放棄しましょう!もし6ヶ月後に保持していたら……天罰を与えます!内容は……そうだな〜うーん、お楽しみにっ!>


 就任祝いがなぜ試練なのか?

 全く意味不明だが、内容は確かに大多数の人類にとっては、叶えば喜ばしい事ではある。


 <あっ、あと他国へと侵略したり、攻撃とかしたら、それにも天罰を与えちゃいますっ!これは6ヶ月じゃなくて、これからずっとね〜>


 やはり内容は素晴らしい、戦争禁止、さよなら核兵器……人類の願いそのものである――問題はおっさんは酔いに任せてノリで喋っているだけという事である。


 この時、ようやく眷属数人が事態に気が付いた。

 だがルルアーシュは特に動くこともなく、ただ微笑みながら言葉に耳を傾けるのみ。

 アルとウルフはこのままだと大変なことにになるのでは?と危惧したが、ビル内をよく知らないので動けずにいた。

 ローガスは酔いつぶれて眠りこけていた。

 新木だけがおっさんの元へと歩き出した……何やら楽しそうなものを見つけたかのように、瞳を輝かせながら。


 おっさんはアイテムボックスから徐ろに、今や本来の機能……電話という役目を果たさなくなり、ただの音楽デバイスとなったスマホを取り出した。


 <それでは聞いて下さい、The Birthda〇で"さよ〇ら最終兵器”です>


 どうやら今度の気分はラジオDJになったようである――実はおっさんは意外にもロックバンドファンだったりする……それは、その激しい音楽性でストレスを解消をする為でもあり、アウトロー的なものへの憧れだったりもする。

 ちなみにインディーズだろうが、メジャーだろうが何でも聴くが、あまりにも有名になりすぎると、「音楽性が変わってきた」とか「世間に媚び始めた」などと適当な事を言って興味を失う、よくいる典型的な人間の1人である。


「大磯さんっ!ずるいですよっ!私のオススメも流してくださいっ!」


 新木が叫びながら乱入してきた。

 そして突き付けたのは、〇かじん氏の黒歴史とも言われる、劇場版機動戦士の挿入歌だった。


「これいい曲だよね」

「さすがっ!わかります!?名曲ですよ、これは」


 そして続けて流される、ライリーライリー……


 流しつつ2人でうっとりと目を閉じ、音に身を委ねる。


 目を瞑って、リズムに合わせて身を揺らしている場合では無い。

 ここまでの会話など全て、人類全ての頭の中に直接流されているのである。


 曲が終わり、次は何にしようかと悩む2人だったが、ここでようやくアルたちに連れられてルルアーシュが到着した事により、終了となった。


 おっさんが神へと進化した日。

 それは神の啓示が、ドタバタ放送劇へと成り下がった日となった。

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