第34話ーーおっさんだって生きている

 おっさんの海の生き物保護活動は、約2年続いた。そこら中に散らばったモンスターを1匹づつ討伐するのだ、時間も掛かるというものである。そして日本どころか世界中で海産物がばら撒かれる事件は数度あった……ダンジョン踏破時はおっさん1人が拾っていたが、今回は皆が拾い集めていた為に膨大な量になった為である。

 世界の話題を独り占めな憎いやつ、それがおっさんである――ほとんどの人間にとっては迷惑極まりないが、動物たちには喜ばれていたのでいいだろう。


 ほぼ粗方のモンスターを排除した所で、地上ダンジョンの踏破へと移行する事となった。

 ではどこから始めるか?


「やはり大事な文化が廃れてしまうのは世界の損失、故に秋葉原などの付近から始めましょう」

「日本の野良たちはもう保護したからいいにゃ、アフリカの野生動物たちが心配にゃ。ライオンとか虎とか……」

「「御心のままに」」


 ローガスは相変わらずである。全くブレないのは美徳だろう……だがその理由が女にのみ執着しているのが残念なところである。連れてこようと提案しないだけマシなのか……いや、ただの残念な元出来る執事であるのは間違いないだろう。


 アルも同じく全くブレない。3年間で日本中の野良猫を天空へと移したようだ……子猫ばかりではなく、成猫もメス猫も同様に連れて来ていたし、他に以前は人に飼われていたがダンジョンという異変で手放された元ペットたちも同様に連れて来ていた事は褒めるべきかもしれない。

 ただ最後の言葉は気になるところではある……ネコ科ならならなんでもいいのか、アルよ。それはなんでも節操がなさすぎるのではないだろうか――そんなアルの姿を見るウルフの目はとても冷ややかだった。


 ルルアーシュとウルフは眷属の鑑のような言葉であるが、それぞれ若干意味合いが違う。

 ルルアーシュは言葉の前に「滅ぼさないのであればどこでもいいです」が付くのだ……未だ滅ぼす事を諦めていない。

 相変わらずまともな眷属はウルフだけである。


 おっさんの出した答えは……


「発展途上地域から行こう」


 この2年の間にも日本以外の色んな先進国から花火は打ち上がっていた。その度に何事かと監視モニターを確認すると、一向に踏破する様子が見られない事に業を煮やし、おっさんや新木の親戚だとか遠縁を、懲りもせずに人質として要求を突きつけようと企むものばかりだったのだ――1度でさえ降りる事はなかったのだが。

 おっさんはそんな人間たちに失望を感じてしまっていた……取り敢えずそんな事をしている先進国は後回しにしようと思う程度にではあるが。


 発展途上地域優先なのは他にも理由はある。開発が行われていない、自然がそのままであるという事は、そこに住まう生物たちも多いだろうという推測からである。


 そうして滅亡を止めるべく、世界が望むおっさんのダンジョン踏破の日々が始まった。

 アフリカ・中南米・東南アジアなどの各所を回る。海中のように5人別れて同時に攻略する事も、同じ地域を集中して行う事もなく、世界を股にかけて飛び回りながら1日あたり7〜8箇所づつ。

 一気に同箇所を攻略しないのにも訳がある。本来、生物保護を優先とするならば同地域を一気に攻略した方が効果的だろう、当初はおっさんもそのように行動していた。

 ならばなぜ止めたか?

 ある日の事である、アマゾンの密林に潜むダンジョンを5つほど踏破した後に、姿を変えて近隣の観光を行っていた時の事だった。


「あぁ、救世主よ」

「神に感謝を」

「お礼を述べたかった」


 溢れ出たモンスターに何とか対抗し、生き残っていた現地住民の感謝の声が聞こえてきたのだ。

 初めてと言ってもいい、裏のない感謝のみの声。それはおっさんにとても心地よかった、望んでいた言葉だったのだ。

 そしておっさんはそれをもっと多く受けたい、聞きたいと望んでしまった……その為に同箇所を一気に行うのではなく、1箇所攻略し離れている間に人が戻ってくる、その際により多くの声を聞けるだろうと企んだという訳だ――おっさんの小さな自尊心を満たす為の行為……地域住民にとっては焦らし行為にしか思えないが、それほどまでに疲弊しているのだ人間の悪意に、望んでいたのだ感謝の声を。


 かくして、アメンボだっておっさんだって生きているんだ友達大作戦は順調に進行する。それに伴い非肉食動物たちの保護も同様に進んでいた。ただ全てのとは島にも限りがあり無理なので、雌雄一体づつではあったが――偏りは見受けられるが、それは正しくどこかの宗教関係者が叫ぶ、方舟的役割となっていた。


 天空の楽園は、人間よりも圧倒的に動物たちで溢れていた。言葉こそ通じないものの、全ての動物たちはおっさんたち一行に好意的であり、争いのない世界。アルはもちろんの事だが、新木両親やガイン・ミルカ夫妻を含む誰もが幸せに過ごしていた。


 そうして約2年経った。

 ここまで踏破したダンジョンは約7,000、海中探索の時と比べたらかなりのスローペースだが、保護活動や観光旅行を兼ねているので仕方がないだろう。


 そんなある日、それぞれが思い思いに島で過ごしていた昼下がり、5年ぶりに中間管理職の神様が現れた。


「やぁーやぁー久しぶりだねっ!」

「お久しぶりです、どうなされましたか?」

「うん、今日は取り敢えず預かっていた新木くんを連れてきたよ」


 神様の言葉が終わるや否や、隣に新木の姿が現れた。


「大磯さん、ただいまです」

「新木さん、おかえり」

「「おかえりにゃ」」

「ヒロコ様おかえりなさいませ」

「新木様お疲れ様でございます」


 それぞれが声を掛け迎え入れる。5年間離れていた事で、わだかまりはどうやら収まったようである。ルルアーシュにいたっては、神界で5年間仕事を勤めてきた新木に対して、驚きと感心を含んだ目で、労りの様子さえ見せていた。


「新木さん、ご両親に会ってきたら?外でスケッチしてるから」

「あっ、じゃあ行ってきます」


 駆け出した新木を見送った後、神様に問いかける。


「それで新木さんは天使?への進化条件は達したという事でいいです?」

「もちろんだよ、彼女はなかなかいい仕事をしてくれたよ〜100ね……おっと5年間しっかりね」

「んっ?100年?」

「ま……まさか!?」

「何でもないよ、気にしないで。ルル、余計な事は言わないように」


 ルルアーシュが目を見開き驚きを露わにし、何故か震えていた。


「もう大磯くんの眷属となっているから安心していいよ」

「……わかりました、ありがとうございます」


 ルルアーシュの態度に疑問が浮かぶものの、神様の言葉に礼を述べるおっさん。


「あの発想は凄いね、これまででは考えた事のないような斬新な生物が色々誕生したよ」

「そういえば、ダンジョンではまだ見てないですが……」

「あぁ、あまりに面白いから新しい世界を作ってそこに一気に投入しているからね。まぁそれでももう少ししたら各ダンジョンに出現するから待っていて」


 斬新な生物創造……嫌な予感しかしない表現である。嬉々とした表情で待っていてと言われても、待ちたくないと思うのは仕方がないだろう。そこはかとなく恐怖を感じる一行である。


「それでね、ちょっと大磯くんに相談があるんだ」


 にこやかに微笑んだ神様が、まるで悪徳商人のように揉み手をしながら、そんな風に話し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る