第33話ーーおっさんが犯人
人質事件は第25話を参考にしてください。
話が前後していますが、その時の事です。
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国立競技場にて人質事件があった翌日。日本のニュース番組やワイドショーは2つの話題で持ち切りだった。
1つは人質事件の事である。家族に銃を突きつけての要求……その人道的に問題のある行為は、正々堂々と国民に知らせる事など出来るはずもなく、秘密裏に行おうとしていた。だがその行為に忌避感を覚える者も少なくないために、その件はどこからともなくマスコミへと情報が流れていた。半信半疑な情報を元に各メディアは国立競技場の周りでカメラを構えていた。それを裏付けるように護送車や窓を黒塗りにした車が続々と集まり、その後ミサイルが延々と打ち上げられた後に、おっさんがドラゴンに乗って降臨した……そして閃光と共に破壊音が鳴り響き競技場の一部が崩壊したのをカメラは一部始終捉えていたのだ。
各メディアはこぞって報道した。
捉えていた映像を元にあれこれ推測を重ねる。政府の失態と非難し、家族諸共ドラゴンブレスで消し炭に変えただろうと考え、魔王の容赦なさに恐れを抱いた……政府の失態が一般市民に向けられ、報復、もしくはダンジョン踏破を後回しにされるかもしれないと。
これは世界のメディアも同じであった、違うのは彼らは我関係せずと日本政府を非難し、これで自国のダンジョン踏破が早まっただろうと喜んでいたくらいだろうか……
もう1つは、怪奇事件だった。
「朝起きたら家の前にあったんです」
「丸ごとの話は聞いた事があるんですが……」
「1部だけとか理解出来ませんね」
「きっと三丁目のピーッさんよ!えっ?他の場所でも同じことが起きてるの!?」
「ええ、夜中に歩いていたら突然真後ろでビチャッと音がして、振り向いたらアレが落ちていたんだです」
「はっ?食べませんよ!」
「安全性は検査で確認されたって言われてもね……」
「気になった事ですか?うーん、そういえば昨日は月が出ていたはずなのに一瞬暗くなったような……」
「突風が吹いたような」
「そういやぁ、モンスターか何かの呻き声が聞こえたような気がするなぁ」
これらは全て全国各地の住民の声である。
共通しているのは、夜中に異変が起きた事、異質な声が聞こえたという事、誰しも見知った物が落ちてきたという事である。
前代未聞の事件として、誰もが皆首を傾げていた。テレビの中ではアナウンサーやらコメンテーターらがしたり顔で勝手な想像を語る。「魔王の嫌がらせだ」「神の試練だ」「宇宙人の実験だ」「空型モンスターが現れたんだ」などなど……
一方その頃天空の楽園では、おっさんを囲んで眷属たちが話していた。
「お気持ちはわかるのですが……」
「大騒ぎににゃってるにゃ」
「大磯様がお優しい心をお持ちなのは美徳かと思われますが、もう少し考慮を重ねてからの方が良かったと思われます」
「大磯様の気持ちは嬉しいにゃ、みんにゃの代わりにお礼を言うですにゃ」
おっさんがまた何をやらかしてしまったかというと……
夜の闇に紛れて、日本中に海中ダンジョンで拾った魚の切り身や貝柱などをばらまいたのだ。
そう、日本のニュース番組やワイドショーを賑わせている怪事件の犯人はおっさんである。
おっさんの行為理由は、純粋に優しさからだった。地上で家族が人質にとられ……助け出す事は出来たものの、二度と同じような企みを持たぬように思い知らせた方がいいとローガスとルルアーシュから進言を受け、その場にいた関係者全てを消し炭に変えた。2人の進言やドラゴンがブレスを吐いたとはいえ、自らが最終的に判断し命令して人を殺したという事実……その事に心をまた痛めつつ、戻ろうとした時に偶然野良猫が視界に入り、地球に住むのは人間ばかりではなく、様々な動植物がいると思い至ったのだ。そして食料に困っているのではないか?と、アイテムボックスに眠っているもの且つ、人間が手を出さないであろうと思えるものを考えた時に、海中ダンジョンでいやしくも拾い続けて眠っていた海産物各種に思い当たったという訳である。
――テレビでの勝手な想像は当たっていた。神で魔王のおっさんが、モンスターであるドラゴンに乗ってばらまいたのだから。違うのは嫌がらせでも試練でもなく、ただの餌やりだった事くらいだろう。
「これからは御相談下さいませ」
「うん、そうだね」
「やっぱり保は優しいにゃ」
「それに比べて人間種ときたら……やはり滅ぼしましょう、根絶やしにしましょう。他の生物だけでいいではありませんか?」
「確かにそうかもしれないですにゃ」
おっさんの優しさを正しく理解してくれる眷属たちがいて良かった――やり方はともかくとして。
ウルフがルルアーシュの言動に珍しく同意しているのにも理由がある。
転移で家族を天空へと連れてきた訳だが……一息着いた後に、住環境が整っている事に驚き、その後いつまで経っても、おっさんが戻ってきても自分の旦那が連れてこられていない、置き去りにされた事に気付いた妹。その後は喉元過ぎればという態度だったとだけ……
さすがのウルフもうんざりするわけである。
――連れてきたものを戻すのも……という事で、島の山間に以前おっさんとアル、ゴーレムで遊びがてら作った小屋に4人だけで移り住んで貰う事になった。
「まぁまぁ、それは人間をどうするかは後から考えるとしてさ、地球には他にもいっぱい生き物はいるわけだしさ、でも全部をここに移せる訳でもないから取り敢えずダンジョン踏破しようよ」
おっさんは人からの、血の繋がった妹からの罵詈雑言には耐性ができたようだ――最近の成長が目覚しい……悲しい方向にではあるが。
「じゃあ、明日からダンジョンに行くにゃか?」
「いや、ここ最近はずっと頑張ってきたし?あと27年はあるわけだからちょっと休憩しよう」
「では当面お休みして、各々思う事を行うという事でしょうか?」
「またメイドに会いに行くにゃか?よく飽きないにゃ」
「……海に未だ蔓延っているモンスターを掃討しよう」
「ローガスのせいにゃ……」
ローガスが女に会いに行くと聞いて、嫉妬からモンスターの討伐に向かうと決めただけでは無い……みんなに褒められて調子に乗ったのだ――きっと近いうちに、日本中で生魚の切り身がばら撒かれ、生臭い街だらけになるのはそう遠い未来ではないだろう。
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