第35話ーーおっさんは異質

「それでね、ちょっと大磯くんに相談があるんだ」

「何でしょう?」

「いやね、新木くんの発想はなかなか好評だからさ、このまま勤務して貰えると嬉しいなと思っているんだ」

「えっと、それは本人に確認して頂いた方が……」


 なぜ自分に聞くのだろうか?眷属となった為なのか?疑問に思いながらも、それは新木次第だと返すと、神様は大きく頷いた。


「それはもちろん。だけどね、君の眷属を預かる話なんだから、そこは筋を通さないとね」


 確かにそれはそうかとおっさんは納得した。


「それでね、もしまた勤務してくれると言うのならば、報酬というか対価を与えなければならないんだ……」


 それもまた新木に払うべきものであって、おっさん自身が貰い受ける訳にはいけないと思いつつも、神様が次々に出す対価内容を聞くに徹していた。


 ①おっさんを進化させる。

 ②進化に伴い、地球世界の管理権限を全て与える。

 ③本来なら複数世界を管理となるが、新木を預かる為に地球のみとする。

 ④進化に伴い、住まう島のアップグレードを行う。大きさは現在の約30倍。

 ⑤地上世界から動物たちを避難させているのを確認した、全てを移せるように地球上の環境を全て含む世界を与える。

 ⑥管理システムは島の邸宅に設置する為に、神界にての勤務とはならない。やり方はルルアーシュに聞けば出来る。


 神様の提案は魅力的だった。

 おっさんにとっては利しかないような話だ。

 だが……


「新木さんのご両親はただの人間で、寿命が長い訳では無いです。また単身赴任のような事は……」

「そうだね、じゃあ毎日この島から通えるようにしようか」

「そうですか……少し皆で話していいですか?」

「もちろん構わないよ、待っているよ」

「お待ちいただくのは申し訳ないので、日を置いて来ていただければ」

「いや、待っているよ」


 何故か待つと言い張る神様。

 おっさんは目の前の、相変わらず黒いモヤにしか見えないモノをじっと見つめながら考える。


 まず先程の100年という言葉だ。

 神様やルルアーシュの様子からして、きっと地球世界では5年だが、神界では100年過ごしたということなのだろう……まるで緑色の神とか7つの珠を集める漫画に出てくるような神殿中の空間に違いない。

 戻ってきた新木はとても元気だったし、以前と変わりないようにも見えたが、続けるとなった場合、果たして精神は持つのだろうか?

 毎日通勤するとは言っても、もし通勤先の時を引き伸ばされたら、意味がないのではないだろうか?

 という不安が持ち上がってくる。


 次の疑問はそこまでの高待遇で、新木を欲しがる理由だ。斬新な生物を創造する事が、何故そんなに重要なのか?

 神の目的は何なのだろうか?

 そして一体神とはなんなのか?


 わからない事だらけである。


 おっさんが考えている間に、ウルフが新木を呼びに行き、一緒に戻って来た。

 何故かウルフが顔を青くして震えているが、どうしたのだろうか?この短時間に何があったというのだろうか、よくわからないが、取り敢えず今は新木自身の気持ちを確かめる事が重要だろう。


「新木さんはどうしたい?」

「創作活動は楽しかったのでいいですよ、ただ週休2日で9時〜18時勤務の残業なしがいいです。それと通勤ではなく、大磯さんと同じようにここでの勤務がいいです」


 神様からの提案を聞かせた所で質問すると、少し悩んだ後に新木は自らの条件を提示した――まるで、まだ社会を知らない学生のようなお希望である。そんな希望を持っていたのに、なぜあのようなブラック企業に勤務していたのか……現実とは酷なものである。


「ふむ……いいだろう条件を飲もう。その代わりひと月当たりのノルマを設けさせて貰うよ?それとデザインだけではなく、モデリングまで行って貰う事になるけどいいかな?」


 もし通ったら嬉しいな的な要望が通ってしまったようだ……驚きである。これにはおっさんだけではなく、提示した新木自身までが驚いて口を開きっぱなしにしていた。


 疑問が更に大きくなる。

 何故ここまでして、新生物とやらを求めるのだろうか。

 人手が欲しいと言うのならば、おっさんやアルたち眷属にも仕事を与えればいい。だがそれはせずに、飴を与えてくるばかりだ。


『上手い話には裏がある』


 この一言がどんどんとおっさんの中で、鎌首を持ち上げる。

 これまでの話から推測すると、まるで世界は神様が運営するゲーム……箱庭のように感じる。ならばプレイヤーたる人間たちからの新キャラ要望なのだろうか?確かに新生物や未確認生物に夢を抱く者もいるが、どうしてもというわけではないだろう。ゲームならばユーザーからの収益の為に……というのも理解出来る、だが神様は何を収益としているのか?目的がわからない故に不安が溢れる。


「神様は何を求めているのですか?」

「んっ?新生物だよ。あーここでの勤務をOKしたのは、君たちここに住まう者たちがきっと手伝ってくれるだろうという打算さ」


 それはそうだろうとは分かる。

 だが求める答えはそれでは無い。


「いえ、そこではなく、何故そうまでして新生物を必要とするのですか?そしてその新生物や世界に何を求めているのですか?」

「ふむ……まぁ大磯くんもこちら側の者になるから、話そうか」


 これまで、まるで若い青年のような、軽い雰囲気だったモヤは、そう言うと突然威厳のような堅い気配を纏いだした。


「僕たち神と呼ばれる者が求めるのは1つだよ、僕たちを生み出した者が知りたいんだ」


 人間が原初の祖先を考えるようなものだろうか?


「大磯くんは今回進化すると、神になる。僕はその1つ上の種族だ、そしてその2つ上までは現在確認されている。わかりやすく言うと、僕は中級神で、上級神、最高神がいるって事。神から中級、上級、最高神になる条件は未だ判明していない。神にする事は出来ても、それ以上には手伝えないって事さ」


 役職だけではなく、種族まで違うらしい。

 さしずめ神は一般人ってところだろうか?


「その顔は、ならば神だけを生み出せばいいだろうと思っているかもしれないが、それは出来ないんだ。熾烈な条件を達した者だけが、やっと神になれる。それはどうやっても変わりない、どの種族だろうとね」

「新たな生物を作り出し、進化の先に到るモノを探そうという事ですか?」

「まぁそういう事だよ、そして君にも期待している」


 現代でいうならば、AIを作り出したりしている事と似ているのだろうか。

 そして地球世界は、数ある実験場の1つだという事だ。


「期待ですか?」

「うん、これまで創ったあらゆる文明を形成した生物はね、必ず神という存在を見出したんだ。人智及ばぬ存在を畏れ、それを神と崇める。だから僕たちを必ずその存在に見えたはずなんだ。偶像でなくても、生物でなくてもいいが、何かに見えるはずなのに、未だ君は見えない。これはね、とても珍しい事なんだ。無神論者?関係ない、根源的畏れにそんなものは関係ないからね」


 確かにはるか昔から、人は神を崇めてきた。日本なんて万物に神が宿るとまで伝えられてきた。そのどれかに見えるはずなのに、見えないというおっさんは確かに異質だろう。


「はぁ……」


 おっさんとしては、曖昧に頷か事しか出来ない。


「疑問は解けたかな?期待する君の関係者だから、優遇するというだけさ。それに新木くんの発想はこれまでになかったからね、それもまた期待しているし」

「まぁ何となくは……」

「じゃあ、決定という事でっ!島のアップグレードと、システムや新木くんの仕事場、地球に似た環境の世界に移動するダンジョン入口は、この屋敷の隣に建てて置くから」


 いまいち理解できないままに、おっさんが頷いて見せると、神様は捲し立てるように話した後、消えた――相手が理解できない話を捲し立て、一気に契約まで持ち込んで消える……まるで悪徳商法である。いや、おっさんの理解力が乏しいのが問題なだけかもしれない。


 ともかく、おっさんは正式に地球の神になったようである。

 そして、新木の仕事を手伝うという事は……どこかの世界に、いや地球のどこかにクリーチャーが生まれる日も遠くない。


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