第25話ーーおっさん魔王降臨

 魔王降臨記者会見、それは世界に衝撃を与えたが、各国政府は安堵の息を漏らしもしていた。

 わざわざ記者会見まで行うという事は、なんだかんだ言っても地上世界を見放す事はないと理解したのだ。そして要求の中に、世界政府を作れだとか、支配させろといった既存の権力を脅かすものがなかったのも大きくあった。

 その為に必死に踏破を目指すことなく、資源確保だけを考えた。魔王が来る前に最大限まで稼ごうという訳だ。


 特に日本は家族が、友人がいる為に、いち早く全てのダンジョンは安全なモノに変わるだろうと思い込んでいた。世界中の大富豪たちはこぞって日本に土地を求め避難を開始していた。


 だが、そんな浅はかな考えを嘲笑うように、魔王たちは地上のダンジョンを踏破する事はなかった。待てど暮らせど、どの国にも現れる事はないどころか、世界中の人口分布の少ない場所にあるダンジョンから、スタンピードが起こったとの報道で連日溢れかえったのだ。

 ――嘲笑うようにと表現したのには訳がある。魔王とその腹心らしき者たちは、度々見かけられはしていたのだ。ただそれは世界中の海や、人がほぼ住まぬ北極や南極大陸のみでだが。


 そしてたった1年で、地上の2割近くをモンスターが支配するようになった。

 溢れ出したモンスターを消し去る事が出来ないままに、次のスタンピードの期限が迫るという悪循環。数千万、億という人々がモンスターの凶刃の元に臥した。

 するとまた、己の非力を、浅はかさを悔やんだり恥辱を覚えたりする事なく、怨嗟の声を空に向けて放つようになっていた。


 業を煮やした世界の権力者たちは、魔王を誕生させる事となった日本国を非難し、責を負わせようと、ひとつに纏まろうとしていた。

 責とは何か?以前のようにお金を出させるわけでは無い、そんなものは現時点でなんの役にも立たない。では自衛隊の派遣か?海にもモンスターが溢れかえっているために、原油を輸入出来ない日本は、燃料にまわす余裕などない。そもそも国内のダンジョンを抑えるための人員で精一杯だ。

 では他に何があるか?……家族などだ。彼らを人質にとり魔王を脅して、地上のダンジョンやモンスターの掃討を迫るという最悪のものだった。


 あるよく晴れた日の朝、東京国立競技場のトラックに魔王の両親、妹とその旦那と息子。その5人を囲み銃を向ける屈強な自衛官数十人と政府関係者が立っていた。観客席には隠れるように、各国の諜報員がカメラを構え潜んで居もした。

 ――記者会見直後に、直接の家族とされる5人は政府に保護されていた。これ以上魔王の機嫌を損ねないように、いざという時の保険となるようにとの思惑の元に。魔王の恋人とされる女の家族も保護に動いたが、親戚の家に身を寄せていた事までは把握していたのだが、確保に向かった際には、いつの間にか両親だけが身を消していた。


 モンスターには通用しない、民衆から無用の長物と揶揄されるミサイルを花火代わりとして遥か上空にある魔王の居城へと打ち上げる。

 まるで悲鳴のような音をたてながら飛ぶミサイルが数百発を数え、日が落ち始める頃に上空から白く巨大なドラゴンが優雅に降りてきた。


「顔ぶれを見れば理解出来ますが、一応聞きましょう。どういったご用件でしょうか」


 怒りに満ちた目で、ドラゴンの頭上に胡座をかいた魔王が問いかけた。


「保、すまなかった。お前の思うようにやれ」

「お母さんたちの事なんて気にしなくていいから……元気でいてね」

「お兄ちゃん……ずっとごめんなさい。私、何も知らなくて……ごめんなさい」


 血の繋がりの濃い家族3人。父親は魔王を見上げ、以前殴りつけた時とはまるで違い、穏やかな表情でいた。母親は泣き笑いながらその身を気遣う。妹は目を伏せ、声を震わせ謝り続けている。


「お義父さんお義母さん!お前もっ!何謝っているんですかっ!?こいつの所為でむちゃくちゃになったんじゃないですか!!俺がこんな身体になったのも、会社をクビになったのも、家や人から逃げなきゃいけなくなったのも、全部こいつのっ!こいつのせいじゃないですかっ!」


 3人とは違い、地団駄を踏むように左手と左脚を失った男が叫んだ。


「だから説明したじゃん、お兄ちゃんは世界を1度1人で救ったんだって。そしてまたもう1度救おうとしたのに、この世界の人たち……私たちが邪魔をしたんだって!」

「そんなのそいつが勝手に言っているだけだろうがっ!本当かどうか怪しいし、もし本当だとしても、テストダンジョンを攻略したせいでこんな事態になってるんだろうがっ!」

「じゃあ、お兄ちゃんが1人で死ねば良かったっていうの!?」

「そりゃそうだろっ、世界がそいつの命1つで救われるなら安いもんだろっ」


 2人が怒鳴り合う様子を、その息子と魔王はただ黙って見ていた。

 そして息が切れ、声が途切れ静寂が訪れると、魔王はつまらなそうに口を開いた。


「で、わざわざ花火を打ち上げてまで呼んだのは、この茶番を見せるために?」


 優しさの欠片を感じさせる事の無い言葉に、その様子を見守っていた政府関係者は息を呑んだ後……しばらくしてから意を決したように口を開いた。


「魔王よっ……この家族が住む日本を、いや地球をお前は救う義務があるのではないのか?そこの男の言う通り、お前がテストをクリアした所為で、ダンジョンが世界中に溢れかえったんだそうじゃないか。それならば、お前が全てのダンジョンを速やかに踏破するのが筋だろう」


 日本政府は家族を保護した際に、家族だけが知っている事実を聞き出していた。送られた手紙こそ処分されていて見る事は適わなかったが、テストダンジョン攻略とその後の経緯も把握していたのだが、『たった1人のテストダンジョン攻略の失敗で世界の滅亡』という事実を信じる事は出来ずにいた。更に進化して神になったなど、信じられるはずもなかった。

 大磯保という人物の過去を調査すれば調査するほど、家族から聞き出した話を信用する事は出来ず、100階層ダンジョンをたった3年弱で攻略というのも嘘で、浅層の弱いモンスターばかりのダンジョンだったと決めつける……つまり、世界に混沌をもたらす原因となる簡単なテストダンジョンを、大磯保が勝手に遊び半分でクリアしたという答えとなり、それを信じてしまっていた。


「義務ねぇ……もしその義務とやらを放棄したらどうなるんです?」

「なっ!お前は日本国民だろうっ!政府の指示が聞けないと言うのかっ!それに家族に情というものはないのかっ」

「その国民である俺を、その家族を守ろうともしなかったくせに、こんな時だけ国民の義務と言われてもねぇ……それに家族ですか……アル、ローガス、ルルアーシュ、ウルフ召喚」


 呆れた表情と口調でため息を吐きながら答えた後、人間らしき2人と二足歩行の服を着た猫を呼び出した。


「俺の家族はこの4人ですよ……みんな先程の打ち合わせ通り頼む」

「「かしこまりました」」

「「わかった(わかりました)にゃ」」


 突然現れた2人と2匹の剣呑な眼差しを向けられた政府関係者と自衛官たちは、危険を感じ身を震わせ声を失っていた。

 そんな中、それまでずっと黙っていた幼い少年が口を開いた。


「おじさんはパパの言う通りの悪い魔王なの?それともおじいちゃんやおばあちゃん、やママの言う通りの、優しい神様なの?」


 少年の問に魔王は悲しげに笑った。


「俺は……どうしようもなく小さくくだらない、その辺にいるようなただの人間……だった男だよ」


 その言葉の直後、未だ怒りを伴った目で魔王を見つめていた男以外の家族の姿が、2人と2匹の姿と共に消えた。


「薙ぎ払え」


 政府関係者、右手首左脚のない男、銃を構えていた自衛官たち、各国諜報員たちが見聞きしたのは、魔王の冷徹な声と巨大なドラゴンの口が開き、視界が白く迫る瞬間が最期となった。





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