第24話ーーおっさん役者になる
おっさんが地上世界で家族に別れを告げている頃、楽園では眷属3人が真剣な表情で顔を寄せ合い話し合っていた。
「保様はきっとこの世界を見捨てる事はなさらないでしょう」
「にゃんだかんだ言っても、保は優しすぎるから無理にゃ」
「そこでです、どこにダンジョンがあるかルルアーシュ様はおわかりになりますかな?」
「いえ……基本的には人口密度が高い場所は多く、低い場所は少なくはなっているはずですが、必ずではありませんし、海の中にもあるとしか言えません」
「ルルはドラゴンレーダーみたいなのは作れにゃいのかにゃ?」
「それはどのような物でしょうか」
「懐中時計ほどの大きさで、ダンジョン特有の微弱な電波を受信して現すにゃ」
「そんな物を人間種が作り上げたと……?」
「にゃ……」
「いいでしょう!人間種如きに作れる物など私には造作もない事!」
この世に未だ集めれば願いが叶う珠なんてものは見つかってないし、漫画の中の話だというのに、中途半端なアルの説明にまんまとのせられるルルアーシュである。
「ここにある素材では無理ですね……ちょっと神界に問い合わせますので少々お待ちを」
眉間にシワを寄せ、厳しい表情で唸り呟くと、目を瞑るルルアーシュ……しばらくして目を開けると、悔しそうな顔をした。
「大磯様のペットのミニヘタレ龍神にダンジョンの感知能力をさずけて頂けるそうです」
「ほう、それは重畳。ただの無駄飯くらいではなくなるのですなアレは」
「保も喜ぶにゃ」
「ええ……ただ能力付与した所で本当に役に立てるかどうかは怪しくは思いますが」
アル以外の龍神に対する評価が厳しい。まだ世界には空中型モンスターが存在していないので大丈夫だろう……スズメにさえ腹を見せそうな気がしないでもないわけでもないが。
「そう、無駄飯くらいと言えばもう1人おりましたな」
「あぁ、新木ですか」
「最近のヒロコはちょっと目に余るにゃ」
眷属3人は揃って剣呑な雰囲気を纏い、目を鋭くした。
確かにここ最近新木といえば、ダンジョン内で暮らしていた時も楽園に移っても変わりなく、ずっとレベル上げだけに夢中になり、おっさんと会話をする事も少ない。おっさんの恋人というだけで、利益を享受しているにも関わらず、その相手に寄り添う事も敬意を払っている様子も見受けられないという事実は、3人にとってはは受け入れ難いものであった――しかもその恋人になれた事さえ、アルとローガスの尽力あっての結果なのだ。
一緒に行動を共にしているウルフはというと、寝る前に必ずおっさんの元に赴き挨拶を欠かさなかったり、その日の収穫や成果を報告したりを、誰かに指示された訳でもないのに行っている。
「お2人は情もあるでしょうから、ここは私が殺しましょうか?」
「ふむ……1人で潜らせ、殺すのもありですか」
「保はそんにゃ事望まないにゃ、きっと深く悲しむにゃ」
「ですが、あの態度はあまりにも目に余ります」
「それもそうですな……では1度何を思っているのか問い質しますか?」
「そうするにゃ、まずは話し合いがいいにゃ」
「お2人がそう仰られるのなら……」
ローガスとルルアーシュは考え方が過激である。だがどうやらアル、ローガス、ルルアーシュと眷属になった順での序列が3人の中にあるようで、多数決なら1対2にも関わらずアルの意見が採用される事となった。
「ただいま〜!」
剣呑な雰囲気が霧散した所で、家族の元を去った後にいくつもの転移して日本中を飛び回っていたおっさんが戻ってきた。
「「おかえりなさいませ」」
「保、おかえりにゃ」
「今は3人だけ?」
「そうでございます」
「そっか、ちょうど良かった。ちょっとこれからの事で相談と、ローガスとルルアーシュには幾つかの質問があるんだけどいいかな?」
おっさんは空いている席に腰を降ろすと、そう言って本日自らが行ってきた事柄の説明をした後に1時間ほど話し込むこととなった。
それは決断と決意表明でもあった。
いつか見たような、ヘタレでビビりで優柔不断なおっさんの姿はそこになかった。
きっと深く悩み、涙を流したであろう決断。その事にアルたち3人は思いを馳せ、涙をながした。
そして4日後、おっさんは再び1人転移した。
場所は東京近郊にある大型屋内運動施設、中には既に数百の国内外のあらゆるメディアや、大使などの政府関係者が集まっている。
激しいざわめきと絶え間なく焚かれるカメラのフラッシュの中、記者会見席へと着いたおっさんは口を開いた。
「どうも、魔王の登場です」
その言葉にざわめきは薄れ、幾つも息を呑む音が聞こえた――魔王と非難していたもの達は、目の前の男が怖いわけでも、おのれの過去の発言を思い出し恥じたわけでもない……ただ単に「もしかしたら矛先としては非難されるのでは?」という保身から身をすくめただけである。
「まず言っておきます、今回集まって貰ったのは、あなた達に説明をするわけでも、相談するわけでも、意見を聞くためでもない。事実と決定事項を告げるためのみであるという事を覚えておいてください」
おっさんの発言に、集まった者たちは口々に叫ぶ。
「ふざけるな」
「何様だっ!」
「来てやったんだぞ」
と……怒号が響く中、おっさんはさも可笑しそうにひとしきり笑った後、辺り一面の床全てを凍らせた。
「だから魔王様だよ、お前たちが言ったんだろ?」
「「「「「「「ヒッ」」」」」」」
人々は小さな悲鳴の声を漏らし、ざわめきは収まった。
「わかって頂いたようで何より、では決定事項を伝える。魔王様は慈悲深いゆえに、世界中のダンジョンは踏破してやろう。ただどこにいつ潜るかは気分次第だ、是非神にでも願って欲しい。その国には飛行機などではなく自力で行くので、不法入国だとかどうだとかガタガタ言うな、もしそれを口にしたり攻撃された場合には、その時点でその国は1番最後になる。次に空に浮かぶ島は、この魔王様の居城だ。決してお前たちが触れれるものでも、方舟などという夢の乗り物ではない」
話慣れない口調で、一気に話したおっさんはアイテムボックスからコーラのペットボトルを取り出し喉を潤す――話慣れない口調だが、テレビの前にいたおっさんの母親は知っている……「あの子が中学生の時1人で部屋で話してた口調じゃない」と。
力を伴う分厄介な、厨二病である。
「に、日本には貴方の家族もいるのにですか!?」
一番前に座っていた女性レポーターが怖いものでも見たような引き攣った顔で、声を震わせながら声をあげた。
「私にはもう家族などいない……お前たちのおかげでな。それにもし、もし血が繋がっているからきっと大丈夫、などと思うのなら、せいぜいその者たちを大事にする事だ。迫害紛いの事などしていなければ、きっと大丈夫だろう……ふふふ」
ここにいるのは、おっさんを犯罪者のように扱い、個人情報保護など全く考えずに関係者を追い回した者たちばかりである故に、家族が住居がどうなったか、どうなっているかはよく知っていた。その為に黙る事しか出来ない。
「まぁせいぜい魔王様のご機嫌を損ねないように頑張りたまえ。もしこの決定に不満なのであれば、是非勇者でも連れて我が城に来るがいい。もし不遜にも勇者も連れずに直接連絡を取りたいと言うのなら、大きな花火を打ち上げるといい、もし気付いたら話くらいは聞くかもしれない。ただくだらない事ならば、世界の滅亡の前にその身が朽ちる事と思って欲しい……ではごきげんよう」
おっさんは転移し、楽園へと戻った。
そこに待ち受けていたのは、眷属3人衆である。
「お帰りなさいませ」
「お疲れ様でした」
「ただいま」
おっさんが緊張を解き、荷を下ろすかのように伸ばしていた背を曲げた時だった。
「保!お疲れ様にゃ、カッコよかったにゃ!まるでアニメの魔王みたいだったにゃ」
アルの一言に、一気に先程までの口調を思い出し、顔を真っ赤にした……
さすがに厨二発言を世界配信した事は恥ずかしかったようだ。
だがもう全ては遅い、それはリアルタイムで中継されていたのだから。
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