第23話ーーおっさん独りになる

 世界はまた混乱した。

 夢見た希望は絶望へと突然変化したのだ、無理もない。


 傲慢な考えの元に描いた未来は水泡へと化し、<神の試練>は正しく<神の試練>だった事を、神そのものに突きつけられた。


 すぐそこに現れた、という現実。ノストラダムスだとかマヤ文明の話だとか、そんな不確定な予言ではなく確実な未来。


 そして突然上空に現れた巨大な島、それが更に現実を突き付ける事態となった。

 ゆっくりと大きな影を落としながら、上空を動いてゆく島。各国は新たな領土を得ようと、我先に軍を出動させ探ったが……緑豊かな島で、近寄る事も着陸する事も出来ないように透明な壁に守られているという事しかわからなかった。

 ダンジョンを<神からの贈り物>と位置づけ、大衆を扇動していた国や大企業、そしてその手先となっていたメディアは、自分たちへと非難の声が向くのを恐れ、まるで目をそらすように連日天空の島を報道していた。


 だが民衆もバカではない、目視出来ない遥か上空に現れたものよりも、すぐそこにあるダンジョンの方に危機感を抱く。

 身の安全を守れと国へと声を向ける。そして自分たちだけの平和を求め、英雄の登場に夢を見る。

 つい先程まで<魔王>と口汚く罵っていたのを忘れたかのように、<力ある者は人々を救う義務がある>と大声で叫び始めるのに時間は掛からなかった。


 もちろん人類全ての者が厚顔無恥極まりない訳ではない。大衆の手のひら返しの発言に、己を恥じる者もいる。だがそれはあまりにも小さな声で、大きな流れの中では取り上げられる事はない。


 そして人々は宗教へと救いを求め始めるのは当然の流れでもある。

 各宗教はさも自分たちはわかっていたかのように声を高らかにし、妄言を垂れ流す。彼らも国や企業と同じようにおっさんに対して<魔王><悪魔>とロール《役》を与えていたくせに、<救世主>といい出す始末だ。

 更に天空の島をと謳い、選ばれた者しか乗る事は出来ないと大声で叫ぶ。

 ――確かに選ばれた者しか乗る事が出来ないというのは間違ってはいない。それが誰を指すかは別としてだが……


 神の声が聞こえて、たった1週間……たった7日の話である。



 おっさんたちはというと、まずルルアーシュが戻ってきて謝罪と感謝の言葉を口にした。それに対しておっさんは「ありがとう、これからもよろしく」その一言だった。

 そしてルルアーシュから島の詳しい話を聞くこととなったのだが、さすが神の持ち物とでも言うべきだろうか……まるで楽園だった。


 まず屋敷だが、約20畳ほどの個室が30部屋存在し、各部屋トイレ・風呂が付いていた。またその他に大浴場・食堂・応接室・リビング・遊戯場などを完備していた。

 また畑は季節感地域関係なく、様々な実りを収穫する事が出来る。川や湖からも、川魚海魚どちらも得れた。そしてその全てをゴーレムが管理収穫を行っており、ゴーレムへの命令権はおっさんとその眷属3人に与えられているらしい。

 ――神の島らしい所といえば、地上世界を監視するモニター室があり、任意の好きな場所の映像や音声を拾う事も出来る事だろうか。


 道具作製を得意とするルルアーシュが、「恩に報いる為」と張り切っている為に、今後もますます天空の楽園となっていくだろう。



 楽園に移り住んで1週間。

 心の傷が治ることはないものの、おっさんたちはなんだかんだゆったりと暮らしていた……部屋付きダンジョン21階層の街から、引きこもる場所が天空の楽園に変わっただけともいう。


 アルがおっさんを誘い、毎日のように島を散策し回ったり、キャンプをしたりしていた。


「「「ふはははは、見ろ!人がゴミのようだっ!」」」


 なんて2人で下界を見下ろして、ムスカごっこも幾度となくやったりもしていた。手を合わせ滅びの言葉をドキドキしながら口にしたりもして遊んでいた。


 アルはおっさんに寄り添い、いつでもどこでもほぼ一緒に過ごしていた……まるで出会った頃のように――やはりお風呂は一緒に入る事は無いし、肉球も最低限しか触らせてくれる事はないのだが、以前と同じようにブラッシングなどはするようになっていた。

 ガイン・ミルカ夫妻は毎日畑をゴーレムに混じって耕したり、それを調理したりする日々。

 ウルフは新木に誘われ、部屋付きダンジョンに潜る日々――ゴーレムへの命令権が新木はどうしても欲しいようだ……その様子を冷めた目で見つめる者がいる事にも気付いていない。

 ローガスはもう執事ではなくなったというのに、屋敷を取り仕切る者として張り切り、メイドゴーレムに指示を出したりしていた。もちろんおっさんとアルの身の回りの世話はローガス自ら行っている。そして時折屋敷に戻ってきたアルやルルアーシュと顔を寄せてコソコソと話し合ったり、転移して地上へと生活用品を買いに求めに跳んだり忙しい日々を送っていた。

 そしておっさんは、アルと共に楽園散策とちょっとした遊び。時折モニタールームへと足を運び、暗い目をして出てくるという日が続いていた。


 そして1週間経ったある日、おっさんは「実家に行ってくる」と3人の眷属にだけ告げ、転移した。その顔は悲壮感が漂っていたが、目は何かを決意したかのように強く光っていた。


 久しぶり訪れた実家である小さな一軒家は、以前は手入れされていた綺麗な庭も、掃除がいつも行き届いていた玄関周りは……酷く荒らされていた。おっさんの部屋前のようにペンキやゴミが撒き散らされており、窓という窓は全て割られていた……正しく廃墟といった様相を呈しており、幼き日を過ごした柔らかな思い出を誘うような面影は一切見受けられなくなっていた。


 おつさんは独りその様子をしばらく眺めたあと、また転移した。


 そこは両親が現在暮らしている親戚の家だ。

 チャイムを押すと、出てきたのは祖父か祖母の葬儀で見た事があるような記憶のある人だった。

 その人はおっさんが名乗る前に誰が来たかに気付き、口汚い罵声を浴びせかけた。内容は「お前のせいでみんな苦労させられている」だ。

 おっさんはそれを黙って目を伏せ受け止めていた……そして息が切れ、罵声が途切れた頃、以前より少し小さくなったようにみえる父親と、その背に隠れるように母親が顔を出した。


「今さら……お前はっ!どういうつもりだっ!お前のせいでっ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴り、腕を振り上げおっさんに殴り掛かる父親。おっさんは変わらずそれをずっと黙って受け取める……頭を90度に下げて。


 身体には一切痛みはないが、拳が当たる度に心に鈍痛のようなものを確かに感じていた。


「今まで育ててくれてありがとうございました。何を言われようとも、私はその事に感謝しています。ただもう私の事は死んだ者とお思い下さい。これは少ないですが、何かの足しにして下さい」


 そう言って、アイテムボックスから大金と父母に当てた感謝とこれまでの経緯を書いた手紙を詰めた紙袋を父の足元に置いた。


「では、お二人共お元気で」

「保っ!無理は、無理はしないでねっ」

「っ!ありがとうございます……失礼し…ま…す」


 ずっと黙って見ていた母親の、泣くような声におっさんは声を一瞬詰まらせ再度頭を下げた後、転移した。

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