第22話ーーおっさん一国一城の主になる

 おっさんは切り立った崖の縁に座り、ぼーっと下を見下ろしている。その顔は疲れきり、目は若干虚ろである。

 ……遂に自分のヘタレさ具合やダメ具合に嫌気がさし、自らの命を絶とうとしている訳ではない。


 おっさんは地上より遥か上空、日本の淡路島程の大きさの島にいる。


 なぜこんな場所が存在し、そんな場所におっさんがいるかというと……話は数時間前まで遡る。


 ルルアーシュの<地球世界な住む人々よ、試練を与えよう>というアナウンスから始まった、試練内容の変更のお知らせ。それは<神の贈り物>とはしゃぐ人類に水をさすものだった。

 端的にまとめると……


 ・試練と言っているのに、何勘違いしてるんだ?ふざけんなよ、人間種如きが!

 ・そんなにモンスターが嬉しいなら、スタンピードまでの時間を半減してやるから喜べ。

 ・その代わり試練の時間も短くするからな!10,000日の間に全て踏破しろ。

 ・いつも見てるから、またふざけた事言ったら更に短くするからな!


 まぁ、こんな感じの事を威厳のある言い回しで言っていた。

 おっさんはアナウンスを聞きながら、いつ名前が出されるかと若干ビクビクしていたが、最後まで聞いてほっと息を漏らしていた。


 アナウンスが終わると、人型モヤこと神様は乾いた笑い声をあげながら語った。


「あはは……かなりの怒りっぷりだね、だけどまぁ妥当な範囲かな」


 1000年が10000日に短縮、想像もつかない未来の話から、一気に現実味を感じる時間へとなったというのに、妥当な範囲らしい事に一行は驚いた。


「君たちはここに引きこもっているから知らないかもしれないが、地上の人間種共は傲慢ともいえる考えが蔓延してたからね……ルルアーシュも怒りまかせに神界に来たけれど、一応は様子を見てたんだけどね。だけど収まるどころか加速したからね〜ムー大陸とかでの反省もないみたいだね。全く人間種というものは……あっ、これは大磯くんや異界を渡った2人はもちろん含まないよ?それとこの世界の者たちに限らずの話だけど、全く愚かなくせに傲慢極まりない種族だよ」


 目の前の神も色々思うところがあるようだ。心底呆れたといった声音で、ため息を吐きながら話す。

 おっさんはそれを聞きながら「ムー大陸はやはりあったのか!」なんて的外れな事に感動していた――いつまで少年の心を持ち続けているおっさんは、ムー大陸は当然の事として、オーパーツやナスカの地上絵は宇宙人へのメッセージ説などを頑なに信じているのだ。

 その為に、例外の中に新木が含まれていない事には気付いてもいなかった。その事に微かな反応を見せたのはローガスとアルだけで、他の者は話についていくのが精一杯のようだった。だが2人はその事に一切触れず、擁護の声を上げることもない――新木を認めているのは、彼女がおっさんに好意を抱いているからの一点のみなのだ。今のところ、おっさんから齎される利益を一方的に得ているだけで、何かを成しえたわけでもないし、心の安定をさほど与えているわけでもないのを理解していたからである。


「でだ、上申書に承認印を勝手に押したルルアーシュが悪いとは言っても、まぁこちらのミスだ。大磯くんに地球世界を任せたわけだから、このまま放置して滅ぼしてもいいし、回避してもいいんだけどね……どちらにしろ地上で暮らすのは大変だろうなとは思うんだ。それに歳をとらない事を人間種が知ったら、また身の程を知らぬ強欲を出すだろうしね……ったくこの間無理矢理にでももう一段階進化させておけば良かったよ……はぁ」


 確かに体型が変わらない上に、老化現象がないなんて事が他の人間に知れたら、権力者はもちろん世の女性全てに捕まって、モルモットにされる事は予想できる未来だ。


「そこでお詫びとして、地上世界を見渡せる島を上げることしました」

「島……です?」

「うん……えっとそうだな〜こちらの世界でわかりやすく言うと……あぁ、天空の城的なやつ」

「おおっ!」

「おっ!今日イチの反応だねっ!島の周りには障壁が張られているから外の攻撃にも耐えれるから安心していいよ。ただ攻撃手段は持たせてないけどね……あと、申し訳ないけど次元潜航機能は取り外してある」


 思わぬ形で夢見た天空の城ゲットで喜ぶおっさんに、神様も気を良くしたようだ。

 だが次元潜航できる島とはなんなのか……もはや島ではないと思うのだが、そんな事を気にしては負けなのだろう、きっと。


「これでお詫びという事でいいかな?」


 神様の伺うような声におっさんは少し考えた後に口を開いた。


「ルルアーシュはどうなりますか?」

「えっ?ルルアーシュかぁ〜どうするか困ってるんだよね。順当なところでいけば降格かな」

「降格とは?」

「雑務とか清掃担当になるね」

「では、頂ける島の担当にしていただけませんか?」

「えっと……大磯くんは名を勝手に使われて、君の担当世界を勝手にいじったのにいいの?」

「それは……私のために怒りした事だと思うので」

「わかった、じゃあ今の階級のままにそのようにするよ。ありがとう大磯くん」

「いえ、こちらこそ願いをお聞き頂きありがとうございます」


 明らかに自分の身に起きた件について怒り、そしてこのような事態を引き起こしたのは明白だ。それに腹を立てたり見捨てる事など、おっさんに出来るはずもない。

 そしてルルアーシュと共に怒りを露わにしていたローガスとアルもまた、ほっとした表情を見せていた。


「では、そういう事で……と。よし、島を上空に出現させたから跳ぶよ」


 神様主導による転移した場所は、山あり川あり、広大な畑もあった。城ではなく大きな洋風屋敷が建ち、所々にロボットではなく石で出来たゴーレムが作業している光景が広がっていた。


「小さい島でごめんね……半神から神に昇級した際には大きい島に変わるから、それまではこれで我慢してね」

「これで小さいんですか?」

「うん?小さいでしょ。僕の持ってる島は約30倍弱くらいあるし、上司の持つ島は更にその30倍はあるからね」


 後から聞いたところによると、おっさんの貰った天空の島の大きさは約700平方キロメートル、淡路島とほぼ同じである。その30倍弱という事は、四国と同じ大きさとなる……

 神々の優雅な一面を見たような気にもなるが、ブラックな仕事の事を考えると、果たして島は必要なのかどうかと考えてしまうところでもある。


「ルルアーシュは数時間後にはこちらに送るからよろしくね。ではまたね〜頑張ってね」


 軽い挨拶を済ませ、消える神様。


 一行はとりあえず目印を付けた後に、下界へと転移して様々な事の後始末を行う事にしたのだが……そこに待っていたのは、悲しい現実だった。


 部屋の中こそ引きこもる前と比べて、ホコリが少々たまっているくらいで一切変わってはいなかったが、玄関扉は何かで殴られたような傷が山ほど付き、ペンキや生ゴミがぶちまけられ悪臭は漂い、『出ていけ』『魔王死ね』『勇者参上』などと様々な悪意ある言葉が書かれたり貼り付けられたりしていた。

 それはおっさんの家だけではなく、夫妻と新木の部屋の前も同じだった。


 その様子にアル・ローガス・夫妻は怒りを露わにし、新木は泣き……悲しそうな、それでいてまるでその身を傷つけられたかのような、痛みをこらえている顔で、おっさんは黙ってそれを見ていた。


 誰もが無言になり、家財道具を全て道具袋やアイテムボックスに仕舞う。

 その後、部屋やそれに伴う様々な契約の解除を申し出たローガスを残し、天空の島へと転移した。

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