第10話ーーおっさんは同情する
トレイはローテーブルへと置かれ、湯気のたつコーヒーがおっさんの座る前へとそっと置かれた。
「さぁどうぞ」
「ありがとうございます……あの、指でパチンっとやると出てくるとかないんですね」
おっさんのイメージとしては、神様だったら指を鳴らす程度でコーヒーなど色々な物が出てくるものだと小説やアニメからそう思っていたのだ。
それが目の前で起きたのは、とても人間くさい出現の仕方である。まるで奥さんが外出している際の旦那さんのようでもある。
「あー出来るけど、そんなの飲みたい?何で出来てるかわからないようなもの」
出来るようだ。
出来るようだが、こちらの心を考慮した上だったようである。
「あっ、お茶請けがないね……」
「あっ、ケーキで良ければあります」
また扉の方へ動き出したのを制して、アイテムボックスからケーキをいくつか取り出しテーブルへと置いた。
「いやー悪いね、こちらが呼んだっていうのに」
「いえいえ」
本当に人間くさいやり取りである。
不定形の黒いモヤとオークと間違えられる中年デブという点を除けばだが。
「さて、大磯くんだけこちらに来て貰ったのには訳がある、まずはアホドラゴンを渡してくれてありがとう」
「いえ……」
「いやーあれさ、あんなアホだけど、うちの上司のお気に入りのペットだからさ」
「ペット……」
「そう、アホな子ほど可愛いって言うじゃない?それだよそれ!比較的穏やかな世界に住まわせていたんだけどね〜まさか世界潰した挙句にダンジョン奥に移動させるなんてね、参った参った。まぁあれが移動させられていた事で事態が発覚したんだけどね」
ペット扱いなのはおいておいて、件の龍神が泣きながら語っていた事を思い出す。
確か世界が終焉を迎えたのは、2度とも同じ担当者と言っていたはずで、1度目の終焉の際に神へと引き上げられたとの事だった。それなのに可愛がっている龍神が、どこに行ったのか追えないとはおかしいのではないかと。
それを素直に伝えると、モヤが大きく前へと乗り出してきた。
「そう、それなんだよ!1度目の世界の終焉を任せたのは確かなんだ。その世界はね、度重なる戦争の果てにほとんどの生物が死に絶えてね……もう立て直しは無理な状態だったから消す事になったんだよ。まぁそのほとんどの生物が死に絶えている中、あのアホは骨のままのんびり寝ていたんだけどね」
想像以上の引きこもりぶりだったようだ。呆れと共に若干の羨ましさを感じるおっさんである。
「でだ、今度は比較的争いの少ない穏やかな世界に移して暮らさせていた訳なんだけどね……気がついたらその世界が消えてるし、アイツはダンジョン最奥にいるわで大騒ぎさ」
「世界とはそんなに簡単に潰すのですか?」
「いや、そこまで簡単にぽんぽんとは潰さないよ?よっぽどの事がないとね」
「ですが……地球も潰すつもりだったと、以前の担当者?の神様は仰ってましたが……」
そう、潰すつもりでおっさんにダンジョンという試練を与えたと言っていたのだ。そしてクリアする事は不可能だと思っていたとも。
「それなんだけどね、まぁ謝罪するしかないんだけど、彼はね管理する事に疲れてしまっていたんだよね。だけど潰すにはいくつかの手順が必要になるんだ、いくつもの申請を出して承認が必要になる。だけど試練を与えるのは、自己判断である程度は許可されている。そこで試練を与えた訳なんだけど……本来はたった1人にだけ与えるのはダメなんだけど、それを無視した。しかも世界を潰すほどの最大級の試練だ。こんな事は前代未聞だよ、全く」
前代未聞だと言われても、被害者のおっさんとしては困惑するばかりだ。
「まぁその企みは君が阻止してくれたわけだけども、そこで彼はキーッとなっちゃったんだね、まず世界にダンジョンという試練を与えた……まぁこれも問題なんだけど、問題なんだけど今はおいておこう。君がクリアしたのが許せないらしくて、どうやってもクリア出来ないと思われるダンジョンをバージョンアップしたんだ、しかもどの世界にも類を見ない凶悪なダンジョンにだ。そして最奥には絶対に打ち倒す事が出来ないような、敵を……と思ったが、そうそうそんなのはいない。そこで腐っても龍神、引き篭っていたとはいえ、力は持っているあのアホを利用する事を思いついたんだ。まぁそれが人間種の召喚獣になる事を選ぶほどのヘタレだとは思ってなかったみたいだけどね」
ここまで一気に話すと、ため息のようなものを吐きながら、コーヒーを持ち上げた……きっと飲んでいるのであろう、モヤの中に消えていっているとしか見えないが。
龍神の事は大事なポイントなのだろうが、おっさんにとってはもうどうでも良かった。
なんて神様とは人間くさいのかの一言に尽きるのだ。
仕事に疲れたサラリーマンが、全てを捨てるかのように仕事を投げ出したり、変な思いつきを練り込んでみたりする悲哀。何をするにも申請申請申請という面倒くささ……きっと日々大変だったのだろう。
おっさんは被害者であはあるのだが、何やら同情を禁じえなかった。
「大変なんですね……神様の世界も」
「わかってくれる?僕なんて、ただでさえ管理神の管理っていう中間管理職で上にも下にも気を遣わなきゃなのに、更にペットの世話までだよ?もうやってられないよ。いっその事管理世界全てリセットしたくなっちゃう気持ちわかるもん……あっ、本当にはしないけどね」
更には中間管理職の悲哀なんてものまで出てきた。
神とはもっと優雅で、何者よりも超越したものだと思っていたのが、一気に覆されてしまった。
どの世界も大変なようだ。
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