第9話ーーおっさん誤魔化す

「お待た……えええっ!?何で召喚術受け入れちゃってんのぉぉ!?」


 叫びながら現れた光の玉は地に降り、黒いモヤへと姿を変えた。


「神が召喚獣になるってどんな冗談だよっ!ちょっ、えっとそこの君、召喚して貰っていいかな?」

「えっと……神様ですか?」

「えっ?そう見えるでしょ?」

「いえ……蠢く黒いモヤにしか」


 状況から考えれば、龍神の言っていた担当の神なのだろうが、おっさんには相変わらず黒いモヤにしか見えないようだ。


「ええっ!?見る者が信じる神に見える仕様なんだけど……ちょっそこのヴァンパイアバトラーくん、何に見えている?」

「私にはヴィランドンズ様に見えますが」

「あー君のいた世界の先々代担当者だね……じゃあケット・シーの君も同じかな?」

「アルには黄金の招き猫に見えるにゃ」

「それってこの世界独特の置物じゃ……ええっ……あーうん、そう見えるんならそれでいいや」


 アルさんはやはり欲まみれのようだ……もはや信じる神までもが、お金を招き寄せる想像上の猫だとは……ここにミルカがいたら同じ答えなのか気になるところである。


「そこの人間種の彼女はどうかな?」

「……富野監督」

「えぇぇ……誰だよそれ、もはや神や随するモノでもないし」


 新木は神に対してもブレていない。さすが生粋のオタクのようである。


「そこの猫又……うん、寝てるね。神様降臨とかウルトラレアな事なのに……寝てるとか……で、君だよ。えっと……大磯くんはまだモヤに見える?」

「まぁそうですね。声と様子からみて以前の方とは違うのです?」

「あーうん、彼はね降格の上左遷になったよ。今頃は再教習受けてるんじゃないかな」


 おっさんたちは聞かれた事以外ではとても静かになっていた。これは別に神様と相対して、緊張などからではない。その態度や話し方、言動内容に完全に疲れてしまっているのだ。龍神で呆れて疲れて、その上でコレだ……おっさんたちでなくても同じようになるだろう、いやおっさんたちは耐えている方かもしれない。


「あっ、あのアホドラゴン出してもらっていいかな?」

「あっはい。召喚!龍神……」


 神の要請に従い、召喚術を行使したおっさんだったが、何も起きなかった。


「召喚!召喚!……出ないです」

「あー、あいつアレでも数百万年生きているからね、魔力不足だね」

「「「「えっ?数万年じゃ?」」」」

「ん?違うよ……てかなんでそう思ったの?」

「本人?が言っていたんですよ」

「どういう事かな?」


 神の問いに、龍神との遭遇から態度や発言を事細かに伝えると、神は大きな溜息を吐いた後、語りだした。


「えっとね、だいたいは会っているんだけどね。まず最初に死ぬところで約二百万年くらい経ってるから。引き篭って暮らしていて、自分のその身が朽ちた事にも気がつく事もなく、骨だけになっても生きていたからね。その後の生活もそう、同じく数百万年だよ。まぁ彼はほぼ寝ていたから気が付いていないだけでさ」


 とんだ引きこもりドラゴンだったようだ。

 ――あの話が数百万年規模で語られていたと思うと、ゾッとするおっさんたちであった。


「とりあえず力を貸すからもう1回アイツ召喚してみて」


 モヤがおっさんに近付いた後触れたところで唱える。


「召喚!龍神っ!」

「そんな目で見ないでよ……あんなん勝て……あっ、先程はどうも」


 なんか喋りながらでてきた、器用に脚を折りたたみ……まるで正座しているかのような格好で。


「誰と話してんの?」

「大磯様の召喚獣たちですよ……って、遅いですよ!すぐ来るって言ったじゃないですか!!」

「あーそう」


 召喚獣は同じ場所で普段暮らしているのか、どうやら他のドラゴンたちへ言い訳途中だったようだ。あの蔑んだ目をした百式たちを思い出すと、納得もできる話だ。きっとバカにされていたのだろう。


「大磯くん、これ返してもらっていいかな?」

「うーん……」


 いくらアホでヘタレだろうが、腐っても龍神。それを召喚獣にしたという仄かな喜びの為に渋るおっさん……自力では召喚出来ないどころか、もし呼び出せても戦闘には全く役立たないのだが――無用の長物だとわかっていても、手放す事が出来ないのは人間の性だろうか……


「あっ、もちろん代替報酬は考えるからねを色々お詫びもあるしさ」

「わかりました」

「ありがとう!では早速……僕に移譲するって言ってくれるかな」

「龍神を移譲する」


 おっさんが了承し言葉を唱えると、おっさんと龍神を光が包み込み……しばらくして光が収まると、龍神だけが消えていた。


「大磯くんには前回の事を含めて色々と話があるから、その前にお連れさんたちの方を終わらせようか。全員進化条件を満たしちゃってるね……よし、ヴァンパイアバトラーくんはoriginに、人種の子はハイ・ヒューマンに、ケット・シーの子はケット・シー・クィーン、猫又の子はケット・シーだね。じゃあ、それぞれ20日ほど眠る事になるからね……少し痛いけど、身体が生まれ変わるせいだから許してね」

「あの……保様は進化にあたり1年眠られましたが、20日ですか?」

「あああっ!まぁまぁまぁいいじゃない、その話は!ほらっ神様!みんなを進化させちゃって下さい!」

「えっ?あっ……うん。じゃあダンジョン外にほいっ」


 おっさんは思い出してしまった、前回自分が進化する時に「痛みを伴うが短い日数で進化を済ませるか、時間はかかるが痛みのない進化のどちらがいいか」と聞かれ、迷うことなく痛みのない進化を選んだ事を。

 みんなを心配させた1年間の眠りが、ただのヘタレ案件などと知られるわけにはいかないと、神様を急かしたのだ。

 ――龍神を笑えないヘタレぶりである。


「じゃあ静かになった所で、色々話そうか」


 神の言葉と共にその場は光に包まれ……気が付くと高そうな革張りのソファーが設置された部屋にいた。


「まぁ座ってよ、コーヒーでいいかな?」

「はい」

「じゃあ持ってくるから待っててね」


 扉から出ていき、しばらくしてまた扉が開くと、黒いモヤとトレイの上に湯気のたったコーヒー2つ。

 それがゆっくりと動いてくる……


 とても不思議で気味の悪い光景だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る