第5話ーーおっさんは泥棒
「よし、行くぞー」
「参りましょう」
「はいっ」
「にゃ」
「ニャー」
「ニャー?」
アルの声の後に聞こえてきた、猫そのものの鳴き声。
アルを見てみると、めちゃくちゃ目が泳いでいる。
「アルさん今のは何かな?」
「にゃ?にゃんの事かわからにゃいにゃ」
「では、なぜ道具袋の他にリュックなんてものを背負っているのかな?」
「こ、これはトレーニングにゃ」
明らかにリュックの中に子猫がいるのだろう。
その証拠に、底の方が何やら蠢いている。
「正直に言お、アルちゃん」
「……わかったにゃ」
優しく新木に諭された結果、アルがリュックから取り出したのは成猫と子猫の間ほどの大きさの個体だった……尾が2つに別れている。
「猫又?」
「進化したにゃ」
やはり出てきたのは猫だったが、それが妖怪だった事に理解が追いつかないおっさん。
だがここである事には気がついた。
ローガスと新木が驚いていない事に。
「もしかして2人とも知っていた?」
「先日お会いしておりますので」
「私の修行に付き合ってくれたし、誰かさんと違って」
新木の修行の際、最初の2日ほどはおっさんもお付き合いしてその場にいたが、出番がない為に1人で狩りをしたり、食料品を買い漁ったりしていた。どうやらその間に2人は知ったようである。
そして新木はその事に不満を抱いているようである……以前ならそんな事はなかったが、どうやら恋愛感情による目の曇りが取れてきたのか……拗ねているだけなのか。
新木の態度に、さすがのおっさんも若干の焦りを覚えた。女性経験が全くないおっさんに、対処のベストアンサーが導き出されるわけがない……そして選んだのは貢物である。
「こ、これ似合うと思って」
アイテムボックスから取り出したのは、馬具で有名な海外のブランドバッグである。
女性はブランド物が好き、という安直な思い込みからのプレゼントである。
相変わらずの短慮……浅はかさが滲み出ている。
「……ありがとうございます」
一応礼は言うものの、大して興味を惹けなかったようである、すぐに道具袋にしまい込んだ。
「あっ、これも好きかと思って」
さらに取り出したのは、機動戦士のフィギュア、その数10。
ガノタさんなら喜ぶだろうという、これもまた単純な思考からである。
いくら好きだからといって、女性にフィギュアを贈るなどどうなのだろうか……
アルもローガスもその光景を見て、肩を竦めて苦笑いしている。
その新木といえば、肩と眉をビクリと動かした……
「ありがとうございます」
……が、効果は薄いようである。
機動戦士でもダメとなると、おっさんにはお手上げである。
だが40年超でやっと出来た、初めての……そして年下で人に自慢出来るような美人の彼女を逃すわけにはいかない。
アイテムボックスから次々と気に入りそうな物を必死に出し続けるおっさん。
――物で釣る事しか思いつかないおっさん……ダメな中年である。
「ヒ、ヒロコごめんね」
「……何がですか?」
「修行、一緒にいなくて」
付き合う事になってから、初めての名前呼びである。
おっさんの頭はかつてなく回転していた、過去に見たり読んだりした架空の物語から、同じようなシュチュエーションを思い出そうとしていた。
そして辿り着いたのが、名前呼び。おっさんが知っている物語の中では、これでみんなキュンっとなっていた。
だが反応は芳しくないようだ……
現実の女性はそんなに甘くない。
それでも後がない中年男は諦めない。
おずおずと新木に近寄ると、恐る恐るぎゅっと抱きしめた。
顔は真っ赤である……そして裁判沙汰になるのも覚悟しての賭けでもあった。
そして新木の手もゆっくりとおっさんの背に……回らなかった、いや回そうとしたが手が届かなかったのだ。腕で挟み込む形で止まっている。
真っ赤な2人の抱き合い……抱き合い?
ともかく、おっさんの賭けは成功したようだ。
新木は目の曇りは未だかかっているようだ。
離れるタイミングがつかめず、不格好に抱き合ったまま動かない2人……
――これが中学生男女なら、微笑ましいかもしれないが……肥満中年男性とアラサーの女である、微笑ましさの欠片も存在していなかった。
「ゴホンッ……アル様が密かに鍛えたところ、進化して猫又となったそうです」
「名前はウルフにゃ、更なる進化を目指して連れていくにゃ」
固まったままの2人を見かねたローガスが、無理矢理話を元に戻した事で、ようやく真っ赤な塊は2つに分離した。
「ウルフ……猫なのに?」
「カッコイイからウルフにゃ。最初から名前付いてたにゃ」
「そっか……」
おっさんが再起動して質問したのは、分離してから10分後の事だった。
猫なのにウルフ……理解できないが、とりあえず頷いたのは、おっさんにしては珍しく正解だろう。
他人の名付けセンスなど、問い掛けても無駄である。黄熊と書いてプウだとか、
アルによると、これまではデート時にミルカの探索カードを借りその姿に化ける事で、普通ダンジョンの片隅で経験値を与えてみたり、家に誰もいない時を見計らって部屋付きダンジョンでゴブリンさんを鴨にして、トドメをささせまくっていたらLv100に達し、進化したらしい。
だが、更なる進化をさせるため……ケット・シーにならないかと考え、新木の修行にも参加させていたとの事だ。
猫又になってしまったので外に出す事も出来なくなり、ガインミルカの家にて一緒に暮らしていたのが、夜食として持ち帰っていた事の真相だった。
「そっか……よく見せて?……んっ?」
新しい仲間として受け入れるしかないと思い、アルの手の中にいる猫をよく見たおっさんは、ある事に気がついてしまった……それは首元が不自然に凹んでいる事に。
「ね、ねぇ……も、もしかして首輪とかしてた?」
「出会った時してたけど、苦しそうだったから外したにゃ」
「そ、それって……」
やはりアルはやらかしていた。
「名前は付いていた」事と首輪……明らかに飼い猫である。完全に猫泥棒の泥棒猫である。
慌てておっさんがローガスと新木を見ると……2人とも目を逸らした。知っていたようである。
だが全てはもう遅い。
妖怪猫又になってしまったのを返しに行けるはずもないのである。
「行こうか……」
「行くにゃー「ニャー!」」
猫泥棒一家はダンジョンへと潜って行った……
誰も謝罪に行くとか、返却と言い出さない一行……揃って最悪である。
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