第26話ーーおっさんやっと成長する

 ざわめきは収まらない。

 涙を流し喜び礼を言う者、仲間通しで肩を叩き合い歓声を上げる者、生きていると笑う者が多数だったが、逆におっさん達を疑わし気な目で見つめる者や、あからさまに睨み付ける者も少なからずいもいた。


 だがそんな嫌な視線には、神と呼ばれてドヤ顔の2人は気付かない。「いい事をした」と満足気である。


「ダンジョン探索攻略班隊長の桂木一尉です。ご助力感謝致します」


 どうやら先程おっさん達に話しかけて来た者はこの班の隊長だったらしい、身を正して敬礼をしながら感謝の意を述べた。


「いえいえ」


 気楽な返事をするおっさん。


「それで申し訳ございませんが、現在対価としてお渡しできる物がございませんので、もし地上へと生還出来たなら……出来たなら、国と掛け合いしっかりと致しますので、それでお願い出来ませんでしょうか?」

「いえ、別にいらないですよ」

「そんな訳には……」

「いや、本当に」


 事の重大性を認識している者と、認識していない者の差である。

 そして隊長さんはとても真面目な人間であった――おっさんとの会話でそれがただ際立っているだけかもしれないが……


「そ、そうだ!では現在の収穫物を持ってってくれないか?」

「本当にいらないんだけどなぁ……わかりました、それで納得して頂けるなら」


 既に隠蔽スキルもゲットした今はもうさして興味を持てる物もないだろうと思われるが、どうしても返礼品を渡す事から引く意志のなさそうな隊長を見て、しぶしぶ了承の意を示したおっさん。


「そうか!ありがたいっ!おい、誰か収穫品を全部ここに持ってきてくれっ」


 受け入れられた事に顔を緩めた隊長、近くで待機していた隊員に指示して集めさせたのは、大量の魔晶石、武器防具、スキル玉……


「欲しいのをいくらでも持って行ってくれ!」

「隊長っ!いくらなんでも全てを勝手に渡す事はならないと思いますが……」

「バカヤロウ!命あっての物種だぞっ、この方達がみえなかったら、俺達はここで全員とは言わないが数人は命を潰えさせていたかもしれないんだ」

「ですが……」


 何やら争い始めた自衛官達。

 おっさんと新木はそれを横目に、もしかしたらという感じでスキル玉を分担して鑑定していた。


「なんかいいのあった?」

「特には……」

「だよね」


 部屋付きダンジョンがあるだけに、武器防具は論外であるし、スキル玉も特に欲しい物が見あたるわけもなかった。


「どうします?隊長さんのあの様子だと、何か貰わないと話が終わりそうにないんで、いくつかの宝石でも貰います?」

「うん、そうしよっか」


 5、6個あった直径3cmほどある宝石を手に取り、立ち上がった。


「おいお前ら、隊長が名乗ってるのにお前らはなんで名乗りもしないんだよっ!」

「えっと……」

「そうだ、だいたい2人でデートだと?巫山戯るなっ」

「どんな特殊スキルを持っているんだ?協会に報告もせずに使用したんだろうっ!?」

「お前達止めないか!失礼だろうっ」


 報酬を貰う事を受け入れたせいなのか、それともただ単に不満が抑えられなくなったのか、どちらかはわからないがおっさん達2人に詰め寄るように声を上げ始めた自衛官数人。


 さすがに浮かれあがって、褒められて気を良くしていたおっさんも、悪意感じる言葉を突きつけられてはさすがに眉を顰める事となる。


「えっと……通りがかりの人です。これいらないんで、もう行ってもいいですか?」

「はっ?通りがかりの人だと?ヒーロー気分か?巫山戯るなよっ」

「だったらもっと早く来いよ!そしたら、そしたら大前も命を落とす事はなかったのに……」


 気持ちはわかるが、偶然による善意に恨み言をぶつけるのは間違いとしか言いようがない……

 ――その言葉は、これまでに彼らが救助に赴いた際に一般市民からぶつけられた事のある恨み言であったが、頭に血が上っている彼らは気づきもしていなかった。


「それは申し訳ないけど、ここに来たのは偶然なんで……ではもう行っていいですか?」

「てめぇ!名乗らない気かっ!?」

「申し訳ないが、報告書も作成しなければならないのと、地上に帰還したら礼状を送らせて頂きたいので教えて頂けると有難いのですが」


 悪意をぶつけられる前だったら、浮かれ気分のおっさん達は気軽に名前を言っていただろうが、現在はさすがに名乗る気にはならない。


「いや、もう本当に勘弁して下さい。報告書には適当に書いておいて貰えれば」

「そういう訳には……」

「じゃあ代わりにスキルを言えっ!それで許してやる」


 どこからどう見ても冴えない肥満体の中年と、その横でぼーっとしているだけに見える女が、異常な回復を行えるのは特殊なスキルを持っているに違いないと思い込む者が数名居るようだ。


「特殊なスキルはないですよ、鍛錬の賜物です」

「そんな訳あるかっ」


 おっさんの言い分には無理があるだろう……それがいくら真実だろうとも、贅肉の塊の中年が言っても説得力は一切ない。

 そして彼らは国の推す最前線の攻略班なのだ、トップクラスの情報を所持している。それは探索者情報もあった、誰がどんなスキル玉や武器防具を持ち帰ったか、最到達階層などだ。だがその中におっさん達の情報の欠片もなかった、つまり未知の存在、ぽっと出のバカップル探索者という事だ。


「もう行こうか」

「はい」


 埒があかないと判断した2人は歩き出す。

 これまでのおっさんであれば、ここで癇癪を起こして更なる揉め事に発展していただろう、だが初恋人が出来たおっさんはひと味違う、サラっとスルーしてその場を去るという選択を選ぶ事が出来るようになっていた――待望のおっさん成長である。


「待って下さいっ」

「待て!待たんかっ!」


 頼み込むような声、怒鳴るような声を無視して軽く走り出した2人。追いかけようとする者もいたが、圧倒的ステータス差がある為に追いつけるはずもない。


「うわあああっ」

「引け引け引けっ」


 騒いだ事が原因で、どこからともなくモンスターが陣地へと向かってくるのを察知した自衛官たち、一転して怒声を悲鳴へと変える。


 そんな様子を振り返ることも無く、迫り来るモンスターを気楽な様子で一刀の元に伏せながら並び歩く2人……


「あれはなんだ……」

「化け物か……」


 その2人の背を腰を地に落としたまま、呆然と呟く自衛官たちの姿がそこにはあった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る