第27話ーーおっさん安堵する

 バカップルは上機嫌でダンジョンを行く。


 背に自衛隊の見送る声や喜びの礼をを聞きながら……と、おっさん達2人は思い込んでいた。

 真実は違う、彼らは見送る歓声などひとつも上げていないどころか、怒声悲鳴の阿鼻叫喚である。


 なぜそんな事になっているか……

 2人は自衛隊の陣から抜け出し、迫り来るモンスターを狩っていた。当初は2人どちらもが自衛隊の面々に苛立ちを隠せず、愚痴を言い合っていたのだが、それでも歩みを止めることなく、人間の背丈ほどもある虎や狼が群れで襲いくるのを簡単に臥して行く。おっさんはモンスターの四肢を切り落とし、新木はそれにトドメを刺しドロップを拾うという単純作業の繰り返しである。

 モンスターもバカではないようで、迫ってきたはいいが適わないと判断するや否や2人から逃げ出すモノも多く見受けられるようになった。しかもここは阻む物など無い草原である為に……そしておっさん達も全てを追い掛けて討伐する気はなかった、2人の行く手を阻むモノだけが敵であるのだ。

 では逃げたモンスターはどこへ行くか?そう、騒ぐ自衛隊の元へと向かうのだ。

 更に自衛隊の面々は運が悪かった、何故ならおっさん達バカップルの頭は現在満開のお花畑である。「少しは彼らに敵を残さないと悪いよね」とか「レベルアップに必要だよね」「きっと喜んでくれている」なんて思っていた……重傷者を抱えて悲壮な顔をして居たのを、全員回復させた事によって起きた問題の事など、もうすっかり忘れていた――まるで数歩進むと忘れてしまう鳥か、それとも数秒で全てを忘れて前しか進む事を知らないダチョウである。


 そして自衛隊が助かったと安堵した直後に襲いきたモンスターに逃げ惑い、泣き叫び、また悲壮な表情で武器を手にしている事など全く気付くことも無く、おっさん達は39階層へと階段を降りた。


 そこは先程までと同じような草原に見えた、少々違うのは池らしきものが見受けられる事だろう。そしてその畔には白や黒の馬の背に羽根が生えているモノが多数いた。

 <ユニコーン Lv41 スキル:飛翔・噛み付き・突進・風魔法(中級)>や<バイコーン Lv41 スキル:飛翔・噛み付き・突進・風魔法(中級)>だ。ユニコーンは白く頭に角が1本、バイコーンは黒く頭に角が2本。


 それを見た2人のテンションは爆上がりである。ダンジョン自体がファンタジーであるのだが、そんな事はすっかり忘れての大盛り上がりだ――2人の頭の中は夢色に染め上がっているので仕方ないのかもしれない……ここで中世の城でも出てきたら、2人は迷わず住むだろう……

 ちなみにおっさんはまるで初めて見たかのように新木と共に喜んでいるが、実はそうでもなかったりする。部屋付きダンジョンにて以前遭遇している。その時は召喚スキル玉などなかったのもあるが、を守っていない者は乗れないとかそんな伝説を思い出し、まるで中年チェリーなのを揶揄されているようで腹立たしく無言で殲滅し尽くしていたのだ――そして記憶から消し去っていた、いつものように。

 そして今また目の前に現れた訳であるが、やはり云々は気になっていた、気になってはいるがそれを素直に新木に聞けるはずもない。セクハラ訴訟という前に、もし違ったらショックを受けそうである……という思いからである――20代後半の女性がそうである可能性の方が低く、おっさんのように40過ぎまで純潔を守り通している者の方が稀少なのだが……プライドか、希望なのか……


「新木さん、ユニコーンを召喚モンスターにしたら?」

「えっ?」

「うん、スキル玉ならあるからさ。そしたら空を飛べるようになるんじゃない?」

「あっそれだったら一緒に飛べますね!」

「うん、ユニコーンだったら俺と羽根お揃いだしね」

「お揃い……ぐふっ……ソウデスネ」


 確かにおっさんの背から出る羽根と、ユニコーンの持つ羽根は色こそは同じである……あくまでも色だけは。空飛ぶユニコーンの羽根は優雅に羽ばたいているが、おっさんのソレは小鳥の羽ばたきのように細かく小さくだった。そして新木はその様子を思い出し、込み上げる笑いを押し殺すのに必死であった。

 だが、いくら恋による夢気分になっていても、おっさんの飛行光景と背中のタトゥーは、それを超える衝撃だった模様。


「それじゃあ捕らえようか」


 以前ローガスに聞いた説明を新木にそのまま伝え、召喚のスキル玉を舐め尽くしたのを確認すると動き出した。


「私自分でやってみたいです!」

「そっか、じゃあ言った通りにやってみて」

「ユニコーン……バンシィ……」


 池へ向かって走り出した新木、その瞳は先程までおっさんと共にのほほんと微笑んでいた柔らかなものではなくギラついていた。それはボソボソと呟いた言葉が全てを物語っている……彼女のガノタ魂にまた火を付けていた。


 一気にユニコーンの目前まで走り寄ると、首を抱え込み角を握り地へと押し付ける。そして数秒後には2人を魔法陣が包み込み……ユニコーンは消えた。


「おめでとう!」

「はいっ!早速呼んでもいいですか?」

「どうぞ」

「では……召喚!!ユニコーンッ!」


 おっさんはどこかほっとした顔をしていたが、新木が気付くことはない。


 叫びと同時に魔法陣が現れ、真っ黒なソレが地面よりゆっくりと浮かび上がってくる。


「「おおっ」」


 それはおっさんの時と違い、襲い来ることも無く静かにそこに佇んでいた。


「カッコイイっ!」


 おっさんが歓声を上げるほどに確かにかっこよかったが、新木はじっとソレを見つめながら首を捻っていた。


「大磯さん、召喚獣ってペンキで塗っても送還したら元に戻っちゃうんですかね?」

「ん?ペンキ?」

「赤色の線をいれたいなと思いまして……」

「さ、さぁ……」


 召喚獣にペンキで色を塗るなど意味不明の事を言い出した新木に、おっさんは若干引いていた……ロボットがいない事にほんの少しの安堵も覚えていたが。


「大磯さんもバイコーンを召喚しましょうよ」

「いや、俺はいいよ自力で飛べるしね」


 おっさんは遠慮しているのでは無い、契約したオスキマイラに純潔を奪われそうになった事が響いているだけだ。


「バイコーンと一緒に飛びたいな」

「契約したら?」

「魔力量的に無理です。大磯さんと一緒に飛びたいな」

「……うん」


 可愛い彼女のお願いとやらに負けた模様。

 恐る恐るバイコーンに近付くおっさん、その様子に逃げようとするモノ達。その様子に安心を覚えると一気に押さえ込み契約を済ませる。


「呼んで下さい!」

「召喚バイコーン」


 迫り上がるソレに対し、あの時の事を思い出し身構えるおっさん。だが今回は無事普通の性癖のようで、襲って来る事はなかった。


「カッコイイ!乗りましょうよ」


 弾む声で自ら契約したユニコーンの背に跨る新木、その様子を微笑ましい表情で見ていたおっさんもバイコーンに飛び乗る。


 グシャ


 飛び乗った瞬間にバイコーンは脚を折り曲げ、地へとひれ伏し、その身体を光へと変えた……

 そう、おっさんの重みに耐えきれなかったようである。


「非力な馬ですね……」

「……うん」

「「…………」」


 そっとユニコーンから降り送還した新木と、どこか遠くを見つめるおっさんの2人は黙って歩き出した。



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