第18話ーーおっさん大人になる

 おっさんが気絶から目覚めたのは数時間後だった。ローガスによってその体は湿地帯から引き上げられ、階段へと寝かされていたが、全体的にしっとりと濡れていた。


「うーん……あれ?なんで俺ここで寝てるの?」

「覚えておいでにならないので?」

「金髪のギャルに絡まれて……そこまでしか覚えてないな」


 いつものように記憶がとんでいるようである。そして何故か男は忘れて女しか覚えていなかった。きっと男には恐怖を覚えていたせいだろう……


「……何があった?」

「お知りになられたいですかな?」


 真剣な眼差しのローガスに、おっさんはゴクリと喉を鳴らす。


「うん……ってか最近も記憶を無くした覚えがあるし」

「かしこまりました、では……まずいいお話と悪いお話がありますがどちらがよろしいですかな?」

「うーん、わる……いい方で」


 おっさんは好きな物は最後まで残してゆっくり味わうタイプなので、悪い方からと言おうとしたが、怯えからいい方を選んだ――さすか安定のヘタレである。


「かしこまりました。ここまで来る間に珍しいスキルを2つ手に入れました。1つは転移、もう1つは待望の偽装スキルで御座います」

「マジで!?」

「マジで御座います」


 実は両方ともGODの面々の持っていた荷物から出てきたものだった。人数が多い為にその場で使うなどせず、後ほど使用者を決める予定だったのだろう、スキル玉ばかり入っている袋の中に眠っていたのだ。希少なスキル玉を2つも所持しているなんて、さすが神の名を騙るだけはある。


「じゃあローガス2つとも使っちゃって」

「ありがたいお言葉ですが、こればかりは以前の取り決め通り3人で話し合ってからがよろしいかと……」

「いや、うん、そうなんだけどさ……ヴァンパイアって地球だとモンスター扱いだから危険だと思うんだよ。対してケット・シーならまだペット枠でいけると思うんだよね。あと転移もさ、アルに渡したらしょっちゅう猫島とかに飛んでいきそうじゃない?」


 アルがここに居ないからと言いたい放題である。ペット扱いなどもし本人が聞いたら、またその丸い顔を爪研ぎ代わりにされて小さくされるのは想像に難くない。猫島は……まぁ動物愛護法とやらに引っ掛からない事を祈るばかりである。


「転移については我らはテイムスキルで繋がっております故にそうそう遠くに勝手に跳ぶわけにも参りませんので、使う事は止めましょう」


 ローガスは冷静だった。おっさんが話している時に小声で「マロンちゃんにすぐ会える……すぐ行ける」等と呟いていたのは気のせいだろう……きっと。


「さて、悪い方のお話ですが……」

「……うん」

「保様は大人として1つ階段を登られました」

「えっ?登っちゃったの?」

「ええ、そうでございます」

「お、俺が初体験だって知ってたんだ……」

「はい、それは見ていてわかりますとも」

「ア、アルや新木さんもわかってた?」

「さあ?アル様の心のうちは分かりませんので何とも……ヒロコ様はおわかりになってないと思われますが」


 異世界で生きてきたローガスは、同種族の者を殺すという事を言ったつもりだった。事実その世界の冒険者が大人と言われるようになるのは、盗賊や罪人をその手で殺す事によってだった。ただそれは冒険者の中では良しとされても、他の者から見たらあまり良しとはされない事から、悪い話としたのだ。

 だがおっさんは勘違いしてしまっていた……モジモジしていた。40にして大人の階段を登っちゃったと感動していた。


「ちゃんと出来てた?」

「ええ、それは見事に」

「相手は声とか出していた?」

「それは出す人もいれば、出さぬ人もとしか」


 少ししょんぼりするおっさん。女性が悦ぶ時は声を出すものだと信じてた為だ……もちろん参考はアダルトなビデオからである。

 だが直ぐに言葉の意味に気付いて声を上げた。


「えっ?複数人?」

「ええ、そうでございます」


 頭に浮かぶ金髪ギャル数名……他に何名かいた気がするがモヤが掛かって思い出せなかった。そのモヤは男である……思い出したらそれはそれで大変な事になっただろうが、記憶は未だにしっかりと戻っていない。


「き、聞にくいんだけど……ちゃんとイカせられたかな?」

「ええ、しっかりと全ての皆様を(冥途へと)逝かせていらっしゃいました」


 精神に変調を来さぬようにと、決定的な言葉を告げないローガスの思い遣りは、完全におっさんの勘違いを加速させていた。若干の違和感を覚えていたが、それが何をかはわからない事に少々の不安を感じ始めていた。


「そっか……それなら良かった……責任取らなきゃだよね」

「後始末はしっかりと済ませたので大丈夫でございます」


 おっさんの言う責任とは結婚。だがローガスは埋めたり供養したりだと受け取り、笑みを浮かべ頷いて見せた。


「えっ?それでいいの?」

「ええ、大丈夫でございます」

「申し訳ない……じゃあこれで足りるかな?」


 どうやらおっさんはローガスがお金でカタをつけたと思ったようだ、アイテムボックスから100万円の束を幾つか取り出しローガスに押し付けた。ここでようやく考えている事に致命的な違いがある事に気がついたが、もう遅い。


「ぐふふふふ……遂に大人への階段を登っちゃったのか……しかも最初から複数人ととか」

「あ、あの保様?」

「最初は恋愛から始まるとか思ってたけど、こういうのもありか……ぐふふふふ」

「えっと保様……」

「覚えてないほど夢中になって気絶とか情けないな……次は理性を保たなきゃな」

「保様お聞き下さいっ!」

「えっ?あっ……足りなかった?じゃあこれで」


 おっさん、妄想の世界へと旅立っていた。ローガスの戸惑いながらの問い掛けなど聞こえるはずもなかった。そしてようやく聞こえたと思ったら、お金が足りなかったのだと勘違いして更に数束を押し付けた――金でカタをつけようとする最低の中年オヤジだった。


「いえ……」


 ローガスは諦めてしまった。

 何を勘違いしているのかはわからないが、おっさんの顔はだらしなく弛んでいるし嬉しそうだから、もうそれでいいかと……




「さてじゃあ踏破してくるよ」


 ピンク色の旅路から帰還したおっさん、リュックを背負い直した。


「お供させて頂きます」

「いやいいよ、大人になったからね1人で行くよ」


 初体験と踏破がどう関係しているかはわからないが、おっさんの中ではどうやら何かが変わったらしい。


「かしこまりました」


 何やら疲れた顔をしているローガスに少々の疑問は感じたものの、深くは考える事もなくアイテムボックスへとしまい、満面の笑みで走り出した。



 そして2時間後、ダンジョンボスを倒し宝箱を出現させたのだった。



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