第19話――おっさん気付かれる
出現した宝箱は、先日新木と一緒に見た宝箱と変わりない木と鉄で出来た物だった。場所を動かさないようにそっと蓋を開けると、中には金銀の装飾豊かな短剣が一振入っているだけだった。それをそっと持ち上げ、担いでいるリュックへと仕舞っていると、宝箱がまるでモンスターを倒した後のように隅から光へと変わり消えていった。そしてそこに先程の宝箱と同程度の大きさの青い魔晶石……いや、ローガスは の言う所のクリスタルが不思議にも宙に浮いていた。
「おおっ!これはまるで飛行石!!」
青く光りながら宙に浮く様は、まるで子供から大人までいつまでも色褪せず夢を与える名作アニメの石のようにおっさんには見えた。 ――もしあのアニメだとしたら、おっさんは主人公の少年少女や、王となろうとする憐れな男でもなく、欲にまみれた挙句に無残にも足場を無くして落ちていくムウロ将軍がいいところだろう……
「これって壊さなきゃダメなんだよね……」
おっさんは迷っていた、このクリスタルを中心にしてドールハウス的な物を作れば、リアル天空の城(縮小版)が出来るのでは!?などと夢を見たりしていた――自分が悲しいほど芸術的センスの欠片もない挙句、不器用な事を忘れていた。
「よし、持って帰ろう」
夢を現実へと変えるために、クリスタルを手元へと引き寄せた瞬間だった……それは光の粒子へと姿を変え消えていった。
「ああっ!?」
宝箱からクリスタル出現までの経緯を考えればわかる事である、欲をかけばダメだという事を……
事前に聞いていたにも関わらず、欲にまみれて失う中年男……憐れである。
「ええっ……ここまで来て……天空の城が……得たのは短剣だけかよ」
短剣を得る事が出来ただけでもありがたいと思えない、ケチを付ける欲望まみれのクズ中年男がそこにいた。
「今日はもう帰るか……」
トボトボと入ってきた扉へと向かうおっさん……その小さな脳は、もうすっかり先日の事など忘れ去られていた。
バタンッ
「えっ……あっ……」
「うおっ」
「えっええっ!?」
扉を出た瞬間、その巨体は光に包まれダンジョン前に転移したのだった……しかもそこはダンジョン前で取材を未だ続けていたカメラマンの横、レポーターの視線がある場所だった。
「い、今あなたどこから現れましたか!?」
「えっと……」
「突然現れたように見えたんですけど、なんか光と一緒に」
「ちょっ!撮らないで下さい!」
目を見開き驚きの表情を見せながらも、マイクをおっさんに突きつけるように迫るリポーターと、慌て必死に顔を背ける横顔を映し続けるカメラマン。
その異様な状況にざわめきがその場に徐々に広がっていた。
「えっ?芸能人かなんか来てるの?」
「GODじゃなくて?」
「なんか突然現れたらしいよ」
「あのデブ邪魔で見えないんだけど!」
勘違いする人達まで出始めている始末だ。邪魔なデブこそが今の主役などと誰が思うだろうか……
「罠を踏んだらしくて、気がついたらここに出てたんです」
「何階のどんな罠ですか?1人ですか?GODの皆さんは見なかったですか?」
「……GOD?」
「20人ほどの男女グループで、最前線攻略している方達なんですけど……予定時刻を過ぎてもまだ帰還されてないんですよ」
「……」
怒涛の質問の中の一言、GODに小さな違和感を覚えたおっさん、つい聞き返しその答えに無言になった。頭の隅に出来た小さな傷……それが答えによって次第に大きな傷となり始めていたのだ。そう、消えていた記憶の断片が、まるで雪が薄らと少しづつ積もるように……形になりつつあったのだ。
「……見てないです」
「何階まで行かれたんですか?探索で何をゲット出来ましたか?」
「……疲れているんで帰らせてください」
感じたことの無い嫌な汗が、旋毛から背中からと溢れ出すのを必死に無視しながらも、吐き出すようにその場を去る事を伝えたが、それは許されなかった。
「インタビュー中申し訳ございません。私探索者協会、探索支援班の桂木と申します。罠にハマったという事ですが、どちらの階のどの場所でというのを教えて頂きたいのでこちらに起こし頂けますか?」
スーツにネクタイを締めた、サラリーマン然としたおっさんより少し歳下の男が声を掛けてきたのだ。
「そのお話、私達もご一緒してよろしいですか?」
「いえ、それは御遠慮頂けますか?」
「どうしてですか?それは探索者の攻略情報を隠すという事でしょうか?我々には知る権利が……」
協会の男とリポーターが揉めている中、当事者たるおっさんは今すぐにこの場を去りたかった。だが衆人環視の上テレビカメラまである中、いつものように転移して帰る事も出来ない。
そして頭の中では記憶の欠片が未だしんしんと降り続けていた……
「ですからぁ〜我々マスコミは〜……」
「まずは探索者の皆様の安全等を考えまして、我々としては……」
決着が付きそうもない会話の中、何故か協会とレポーターのやり取りではなくおっさんを映し続けるカメラの前に手を出し隠れるようにしながらおっさんは声をかけた。
「申し訳ございませんが、体調が悪いので後日改めてこちらに来る形でよろしいでしょうか?」
「大丈夫ですかぁ〜?」
「申し訳ございません、お顔が真っ青ですね……救護室がございますのでそちらでどうぞお休みください」
「いえ、家に帰りたいので」
「ですが、罠の情報は緊急と致しますので……」
「そういうのって〜伝えるの義務じゃないんですかぁ〜」
「罠はダンジョン前に跳んでくるだけみたいなので、危険はないと思います……ほんと、帰らせてください」
先程まで協会の男に食ってかかっていた時とは違い、甘ったるい鼻に抜けるような声を出しながら、一応心配している体をとるリポーター。なんとしても帰さまいとプレハブを手のひらで示しながら誘導しようとする協会の男。カメラを回し続ける男と、顔を青くしながらもそれから隠れるように帰りたいと言い続けるおっさん。
ざわめきと共に4人を囲むように見守る探索者と思われる人達……
――カオスである。
資格のカードを協会男にだけ見せ、体調が良くなり次第後日訪れるという事で話が着いたのは、おっさんがダンジョンからトラップ転移してきてから30分ほど経ってからだった。その際リポーターの女が「名刺を……」「電話番号が……」等と上目遣いで媚びる事で情報を何とか得ようとする姿があったが、おっさんはそれを振り切り足早にその場を去る事となった――いつものおっさんであったならば、鼻の下を伸ばしてドヤ顔で質問に答えたり、連絡先を交換しただろうが、今は断片的ではあるが最悪の記憶が甦りつつある為に、それどころではなかったのだ。
スキルを使い周辺を気にしながら小走りで近くの人通りのない小路に入ると、一気に自宅へと転移した。
ダンジョン前では幾重にも出来ていた輪は解け、何も事件が起きなかった事にそれぞれが首を傾げながら去って行った。
冴えない中年男に自分の魅力が通じなかった事に少々呆然としたリポーターの女も、アレは特殊性癖なのだと自分自身を納得させる事で何とか立ち直り、協会男から情報を聞き出そうと追いかけて行った。
その場に残されたのはカメラマン1人。
「あの男は……やはり間違いない、マラソン大会のあいつだ」
彼はおっさんを嫌々ながら延々と映し続けていた、先頭中継車に乗り込んでいたカメラマンだったのだ。
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