第11話ーーおっさんギャルになる

「どう!?」

「ぐっ……とても優雅でいらっしゃいます」

「ぶふっ……カッコイ……イにゃ」

「あは……い、いいと思います」


 ここは部屋付きダンジョン21階層、今や無人の街である。

 アルとローガス、そして初めてここを訪れる新木も一緒に上空にいるおっさんを引き攣った笑顔と、笑いを堪えながら褒めていた。

 その視線の的であるおっさんはというと、満面の笑みとドヤ顔でダンジョン天井スレスレを飛んでいる。


 なぜ空飛ぶおっさんを21階層で見つめているかというと、リビングでおっさんとアルとローガス、それに新木がお茶をしていた時に、アルが突然質問した事からである。


「保のスキルにってあったけど、なんで飛ばにゃいにゃ?」

「んっ?そんなのあったっけ……おお、マジだ」

「そんなスキル玉出た覚えにゃいから、進化で得たのかにゃ?」


 戦闘で得たスキル玉は勝手に服用を禁じている、拾い集めた後に確認しあい、必要と思えるものを必要とするだろう者が……という3人の取り決め事だ。そこから考えるに進化しかないのだ――本人はヌケているので進化直後どころか現在まで存在を知らなかったのだが……


 そこで、お試し飛翔してみる事となったのだが、最初から上手く出来るとは限らない……それどころか不器用に定評のあるおっさんの事を考えると、失敗する事が濃厚なので、広い場所兼敵が居ない所を考えた結果、21階層の無人の街と決まった。


「じゃあ飛んでみるね、飛翔!」


 おっさんがスキル名を高らかに告げた。

 3人はそれを15メートル程離れたところで見守っている。


「イタタタタタタタッ」


 何故かおっさんの悲鳴が響く。


「「「えっ!?」」」


 おっさんが痛みを覚え、見守る3人が驚きの声を上げのにはもちろん理由がある。

 何故ならスキル名を告げた直後に、背中が盛り上がったと思ったら、着ていたくたびれた犬が描かれたグレーのTシャツを破り翼が出てきたのだ。


 それは一対の白い翼だった。


 …………片翼約30cmの。


 そしてそれはパタパタと羽ばたきだし、おっさんの身体を宙空へと押し上げたのだ。下から見ると、大きな肉に隠されてチラチラと脇の横から白いものが旗めいているようにしか見えなかった……


 そして冒頭へと戻る。

 3人は笑いを堪えていた……確かに飛翔は飛翔なのだ空を翔んでいるのには違いない。だがどう見ても滑稽、しかしおっさんはコツを掴んできたのかドヤ顔満開であった。


 ドラゴンがあの巨体をどうやって飛ばしているのか?それは魔法に拠ってである……という事はよく論じられる話だが、おっさんのそれも同じ仕組みなのだろう。しかもドラゴンの翼は方向転換や着陸時のパラシュート的なもの等に使用されるが、おっさんに到ってはただの飾りである……痛みを覚えてまで飛び出た翼は、機能的に全く必要としない飾りにしか見えなかった。


 本人的には翼美しく滑空しているつもりだった。

 だが現実は重力によって垂れ下がった顎下な腹の肉が、方向転換するに連れてあっちに寄ったりこっちに寄ったり……上下左右にたぷんたぷん。


「そろそろ降りるね」


 滑空状態からの着地、地上5メートル程のところで上体を起こし、まるでスカイダイビングをしてきたかのようにスッと足から軽く降り立った……訳が無い、それはおっさんのイメージである。2段の跳び箱でさえ怪しいおっさんにそんな器用な真似が出来るはずもなく、頭から盛大にスライディングした……いや、ただのスライディングでもない、有り余るお腹の贅肉をクッションとして時折ぽよんぽよんと跳ねてもいた……約20メートルに渡って砂埃を上げながら。


「どうだったかな?」


 軽く身についた砂を払いながら、何事もなかったように立ち上がったおっさん。相変わらずのドヤ顔で3人に感想を求める。


「せ、戦術も……ぶ……広がりますな」

「飛んでたにゃ」

「天使?みたいでした」


 ますますドヤ顔になるおっさん。

 よく聞いて意味を考えろ、誰も褒めちゃいない。


「そういえば背中痛かったんだけど、なんだったんだろ?」

「翼が生えておりました」


 本人は翼には気付いていなかったようだ、まぁ見える場所にはなかったので仕方がない。


「えっ翼!?」

「はい、今は収納されてしまったようで見えませんが」


 収納されたのか、消えたのか?Tシャツは膨らんでいないので、そこに翼がないのは確かである。


「どんなの?」

「天使の翼みたいでしたよ」


 新木の言は間違っていない、確かに宗教画にある天使の翼のようであった……大きさも。

 純白の白い翼を想像して、おっさんは嬉しそうに笑う。

 だが見てみたくても飛翔状態でないと、翼は出てこない……ジレンマである――まぁもし通常時に出ていたとしても、おっさんの元へと帰ってきた親友である贅肉が邪魔をして見えないだろう事は想像に難くないのだが。


「もしかして飛ぶ度に痛いのかな?」


 もし痛いのであれば、早々使用出来るものでもない。そこで再度スキルを使用してみると、痛みなく翼は出てきた。

 そうなると、今度は翼は普段どこに存在するのかが気になる所である。そこでおっさんは上半身裸となり、アルとローガスに背中に穴が開いていないか見てもらう事にした。3人いるのに、何故新木を外したか……それは訴訟案件阻止と共に、おっさんが恥ずかしい為である。背中を見せているにも関わらず、何故か胸を隠すようしてもいる。じゃあ海やプールはどうするのか?おっさん、学生時代以外でプールなど行ったことなどない……1人で行くのは辛いからね……うん。


 おっさんの悲しい青春時代や人生はさておき、脱いだ背中に穴は開いてなかった。ただ先程まで翼がはためいていたであろう場所、肩甲骨の間に片翼約15cm程の青色のタトゥーが刻まれていた。

 日に焼けていない、真っ白で絹のような肌に青色の翼を象ったタトゥー、よく見ると若干線に沿ってラメが散っているようにも見える。

 そこだけ見ればまるでギャル……だが現実は顔を真っ赤にして胸を隠し内股になっている40のおっさんである。


「ゴフッ……すみません、お、お腹痛いので帰りたいです」


 お腹を抱えて蹲る新木。

 そう、彼女は見てしまったのだ、輝くタトゥーを。興味本位ではなく、純粋におっさんの身を心配して覗き見たのだったが、耐えきれなかった……いくらそれが恋する相手だとしても無理だった。


 アルは涙目だった、笑いを堪えるために自らの髭を抜いていた。ローガスは必死に自分の脇腹を抓っている。


「大丈夫!?帰ろう!」


 慌ててTシャツを着つつ心配するおっさん。


「ぐふっ」

「うっ」

「ぶふっ」


 慌てているために、サッと着る事が出来ずに肉が揺れ、それと共にタトゥーの翼がはためくように動く……

 それを直視してしまっている3人は、更にくぐもった笑いを漏らす。


「転移!」

「ぐ……き、今日はも、もう……えに帰りま……ぐぅ……ね」

「お、送ってくにゃ」

「わ、私めも……」


 部屋へと戻ると、逃げるように玄関へと向かう新木と、それを追いかけるアルとローガス。


「俺も送ってくよ」

「た、保は砂まみれにゃ……ふ、風呂入るにゃ」

「あー確かに、じゃあ新木さんをよろしくね」


 一緒に来られたらたまったもんじゃないと、おっさんを押し留め風呂へと促すと、3人は急いで玄関を出て走り出した。


「ぐふふふふふふふはははははっ」

「にゃ、にゃんにゃあれは!ぶふふふふふっ」

「も、もうムリっ!ラ、ラメとかひいっひっひっひっひっひっひっ」


 満天の星空の元、近くの公園で腹を抱え蹲りながら奇妙な笑い声を漏らし続ける3人組。近隣住民が警察へ通報を迷うほど、大きな笑い声を響かせ続けていた。


 その頃おっさんは風呂場で必死に背中を見ようと首を捻っていた……


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