第10話ーーおっさん安心する
記憶消失事件から20日ほどおっさんのやる気が出ずに部屋付きダンジョンには潜っていない。本人は忘れているが、2回目なので傷が深いようだ……
だが一般ダンジョンには潜っている。
ここにはオークはいないとでも思っているのだろうか……いや、いつものように何も考えていないだけだった。
「楽しいですね」
一緒に潜る新木はとても楽しそうである。
何故ならおっさんの体重と見た目が以前に戻ったのだ、動く度にたぷんたぷんと揺れるお腹を幸せそうな目で見つめている。
因みに彼女の好みはただのデブでは無い、動けるデブの方がより好ましいらしい。ではラガーマンなどの筋肉質なのがいいのか?といえば、筋肉質=硬いので椅子に向いてないのでダメだという事だ……好みとは難しい。
「次は19階層ですね」
「うん、他の人全く見なくなったね」
基本的に一般ダンジョンでの戦いの殆どは新木主体で行っている為に、攻略スピードはゆっくりである――公表されている世界のダンジョン到達階層は未だ22階層である事を考えると、2人で19階層というのは驚異的なのだが、おっさんのステータスを考えたらとの話である。
「でもここまでずっとボス部屋前にいる自衛官に何も言われなかったけど、どうしたんだろ……楽でいいけど」
以前ポーター扱いしてきた自衛官でさえも、何か言いたげな顔をするだけで順番の整理のみしていたのだ。
「あぁ〜それはクレームの嵐だったみたいですよ。何様だとかふざけるなとかセクハラだとか色々」
「へーそうなんだ」
「はい、私も言いましたし」
新木の返答に一瞬ぎょっとしたおっさんだったが、すぐにざまぁとなった。まぁレベルが低いと思っている者をボス部屋へ1人放り込んだのだ、もしおっさんでなかったら死んでいたかもしれないのだから当然の結果と言えるだろう。いや、まだ職務に就いている事を考えると処分は甘い。山程ダンジョンが出来たせいで人員不足という事だ。
土壁で出来た通路の先から走り向かってくるミノタウロス3匹、その2匹を氷魔法で足元を固め動けなくし1匹を新木へと任せる。新木はそれを受け、魔法と鉄斧で敵を倒す。ポーターに徹するのではなく、ちゃんとサポートもするおっさん。少しは成長しているようだ――女性の前だからとカッコつけている部分も少なくはないが……まぁ新木はその姿をカッコイイとか思っているのでいいのだろう……
カッコつけはしているが、その相手からの好意には一切気付いていない。
それどころか、以前新木が喫茶店にてどこぞの年上男性を好きと言っていたと思い込み、未だ結婚をしていないのはきっと不倫関係か何かだと思っている。だがその事には一切触れようとはしない……なぜならセクハラ案件として訴えられるのが怖いから。
だいたい一回りも下の若くて綺麗な女の子が中年の自分に興味があるとは、どうしても思えないのだ。もしそこに夢でも見たら最期……哀しい思いになるに決まっていると信じている。
だがそのくせいつか幸せな結婚生活を送る事を夢見る中年だった。
2人淡々と敵を見つけては屠る作業を繰り返す。既に約40kgほどの肉塊や、武器防具などを拾っており、既におっさんのリュックはパンパンである。
「そろそろ帰ろうか」
「そうですね、すみません荷物持たせてしまって」
未だこのダンジョンでは転移魔法陣は発見されていない為、帰るのもモンスターを倒しながらの徒歩である。ただ帰りはボス部屋を経由しない登り専用階段があるので、少々の面倒は省かれているが……。早くどこかで転移スキル玉が発見される事を切に願うおっさんだった。
「おいおい、俺達だけじゃないのかよここまで来てるの」
「マジかよ」
「いい女発見」
18階層への階段を上り始めた所だった、正面から20代前半と見られる男性6人と鉢合わせしたのは。
「ジャンケンだな」
行く手を阻むように階段に広がり立ち、ニヤつきながら突然ジャンケンをわいわいと始めた6人組。
「通りたいんですけど」
「あーちょっと待ってて〜じゃんけんほい……ほいっ」
「うぇーい!俺1番」「2番目〜」「チッ」「またかよ」「今のやり直しだ」「早くしてくれよー?」
新木を見る目に嫌な雰囲気を感じ、おっさんはそっと庇うように前に出る。
「おっさんその荷物結構あるねー肉とか出た?」
「えっ、あ、はい……そ、それなりに」
1人前に出てきてにこやかに話しかけてきた為に、思わず素直に答えるおっさん――ビビりながらだが。
「そうなんだ、ありがと俺たちの為に」
「えっ、どういう意味でございましょうか?」
遥かに年下に対してビビりすぎて変な敬語になるおっさん。
「ここで女と荷物を俺達にくれるために死んで……っねっ!」
後ろから他の男が飛び出して来て、剣を横凪に振るった。
ガギンッ
「えっ?」
「はっ?」
「きゃあっ!」
無防備のおっさんの豊かな腹に当たった剣は無残にも半ばでポッキリと折れた……
その光景に男達もおっさんもマヌケな声を出して呆然としていた。
「やれっ、やっちまえ」
先に我に返った男が声をあげた。
さすがのおっさんも危険意識を感じ身構えた……が、その剣速はとても遅く見えた。
どうやら意識して見なければ、動体視力はよくならないようである。普段の部屋付きダンジョン探索ではずっと戦闘モードの為だったし、相手もとてつもなく強い為にこういった事を体感する事はなかった。このダンジョンではずっと余裕かましてた為に意識して見ていなかったのだ。
そこでおっさんはアニメや漫画でよくやっているやつを試みる事にしてみた、そう真剣白刃取りや指で刃を掴むというものだ。
パンッ……サラサラサラ……「あれっ?」
「ほいっ」……パキンッ……「よっと」……ガギンッ……
両手でやれば剣を粉にし、摘もうとすれば折ってしまう、掴もうとすれば割れてしまった――おっさんは不器用なのだ、そんな事を突然上手く出来る筈もない。
「ジジイッ!てめぇ何のスキル使いやがった」
「ご、ごめん壊れちゃった」
全く謝る必要などないのだが、物を壊すと弁償の文字が頭にチラついてしまうのだ……
「ど、どけっ!ファイヤーアロー!」
「ま、魔法っ!?」
相変わらず一切人物を鑑定していない為に、魔法スキルを持っている事を予期していなかったおっさんは焦る。避ける事は簡単だが、後ろには新木がいるのだ。
「アイスバード!!」
ドゴンッ
おっさんは慌てた、慌てまくっていた為にここ記憶消失事件前まで練習していた、その名の通り鳥の形をした氷を放った――ただおっさんには芸術的センスは皆無の為に、ただの不格好な手裏剣かヒトデである。そしてそれは何の効果も持たないただの氷の塊だが、かなりの魔力が込められていた為に炎を打ち消した上に、集団全てを吹っ飛ばした。聞こえてはいけない音をたてながら……
「あっ、やべっ」
慌てて近寄るとそれぞれ頭から血を流していたり、腕や足が曲がってはいけない方向に曲がっていたり、革鎧が大きく凹み破れていたりはするが、気絶しているだけで生きてはいるようだ。
「ど、どうしよう」
襲われたので守っただけの正当防衛なのだが、荒事に慣れていないおっさんは動揺しまくりである。
「悲しいけど、これ、戦争なのよね」
救いを求めるように新木を振り返って見たけれど、ドヤ顔で訳の分からない事を言っていた……
「このままここに放っておくのはまずいよね……」
新木はその様子を見て、襲ってきた相手を心配するなんて優しい……なんて思っているが違う、その証拠におっさんは回復魔法を掛けてはいない。殺人犯になってしまうのが怖いだけである。
「とりあえずアイテムボックスに入れて、上の階の方でどっかに放っておけば誰かが拾うんじゃないですか?」
「うーん、でも警察に突き出した方が良くない?」
「でも、自衛隊の人がいるボス部屋前とかでしょうけど、ここからだと20階ですけど、いるかどうか怪しいですし、15階だと沢山人いますし……」
答えは簡単に出ない。
自衛隊員なりを呼んで来る事が出来ればいいのだが、新木を1人にする訳にはいかないのだ。
「あっ!助けてロガエモーン」
悩んだ結果思い出した、最近ちょっと残念になりつつある元出来る執事ローガスだ。丁度いい事にアイテムボックス内にいる。
「どうされましたかな?」
ローガスに状況と考えを伝えると、直ぐに理解しおっさんがまずは20階に人を呼びに行く事になった。
15分後1人で走って戻ってきたおっさん、20階には自衛隊員はいなかったのだ。
だが急いで戻ってきたというのに、6人組は居なくなっており、何故か新木は通路に座り込み寝ているようだ。
「あれ?どうしたの?」
「ヒロコ様は疲れからかお眠りになったようです、6人組は回復薬を与えたところ逃げるように去って行ってしまいました、申し訳ございません」
よく考えればローガスが新木を守りながらの1人とはいえ、低レベルのたった6人を逃がす事はありえないのだが、焦りや殺人犯にならなかったという安心感から信じてしまっていた。
「帰る途中また先程の者に会うのも面倒でしょうし、ヒロコ様もお眠りですので今日の所は転移で帰られたら如何でしょうか?」
「そだね、じゃあ転移」
ローガスの進言に従い、一気に部屋へと跳んだ。
3人が去ったそこには、地面や壁に赤黒いシミが点々と付いていたり、周りに何かが燃え尽きたような黒い灰が散っている事になど、全く気付きもしないおっさんだった……
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